3.
「こっちが図書室だ」
「ありがとうございます」
放課後優心を連れて校内を歩く。チラリと横を見下ろすと学校指定紺色ブレザーを着た小さな彼女がそこにいた。
事前準備は万端なのか、覗く白いシャツも学校で販売されているもの。
その白いシャツと紺色のブレザーを僅かに押し上げているものに少しドキリとし、顔を逸らす。
「何か不純な事を考えていませんか? 」
「……そんなことはない」
「本当に? 」
「本当だ。にしても驚いたよ。あの優心がこんな変貌を遂げていたなんて」
「あの、というのが気になりますが私も成長するのです。お淑やかになったでしょ? 」
「別人に思えるほどにな」
清楚系美少女に育った彼女に照れくさくなり頬を掻く。
くすりと笑う声が聞こえたが振り向かない。
成長した優心と未だに成長しない俺。
それが急激に恥ずかしくなり、気を紛らわすように校内を案内していく。
案内した校舎内が終わると玄関まで行き靴箱を開ける。
靴を履き替え、運動場をなぞるように移動する。
その時チラリと優心が運動場を見て、すぐに俺の方に向き直した。
「……三年生は別校舎」
「一二年生とは別れているのですね」
「特に進学校じゃないけど、騒がしい一二年生と一緒にすると受験勉強の邪魔になるとかなんとか」
別校舎の前まで行きある時教員から漏れ出た愚痴で補足した。
なるほど、と優心は頷き柔らかい表情で気怠い俺を見る。
「快清君は……」
「ん? 」
「変わりませんね」
「……まぁな」
「小学校の時の様に動き回る感じではないようですが、その気怠そうな垂れ目はあの時のままです」
「喧嘩売ってんのか? 」
「ふふっ。冗談ですよ。さ、帰りましょう」
そう言いながら優心は校舎に駆けて行き、俺もそれについて行った。
校舎に戻り鞄を持つ。
荷物の置忘れが無いか確認し、寂しくなった教室を後にする。
正門を出て、家に向かう。
そしてふと思う。
「そう言えばどこに住んでるんだ? 」
「気になりますか? 」
「気になるというか、俺はともかく優心の帰る方向はこっちで良いのかと」
それを聞くと理解したかのように頷いて俺を見上げる。
丸く大きな瞳を向けるとぷりっとした唇をゆっくりと開けた。
「私の家はお父さんの実家になります」
「あ~、だからこの方向か」
優心の父の実家、つまり俺の近所というわけだ。
優心は小さな頃からの付き合いだった。親の仕事の関係で離ればなれになった時の寂しさは今も忘れない。
どこか喪失感を覚えながらの中学、そして高校だったから彼女が戻って来て少し安心感を覚えている自分がいる。
「またご近所よろしく」
「こちらこそ」
そう言いながら彼女は長く黒い髪を少し弄った。
クルクルさせているが、これは……。
「何か無理してない? 」
「! 」
俺の言葉に優心はピタリと立ち止まる。
優心が何か誤魔化す時や緊張している時、無理をしている時こうしてよく髪を弄っていたのを覚えている。
まぁ当時髪は短かったが。
「……どうしてそう思うのですか? 」
「いや癖」
俺の言葉に優心ははっとし、すぐに髪から手を放した。
図星か。
俺がジト目を送っていると少し顔を赤くして目を右に左にキョロキョロさせる。
何を無理しているのかわからない。
指摘したは良いもののこれ以上踏み込んで良いものかと俺は少し悩む。
これからまたご近所さん。出来ればストレスの無い関係を築きたい。
俺の前で何か無理を強いるのは、俺にとって本意ではない。
考えているとふと気付いた。
「もしかして清楚系ムーブ、あれ作ってる? 」
グサリ、という音が聞こえた気がする。
優心は胸を抑えて下を向いた。
まるで大ダメージを負ったかのように、パンストで覆われた黒い足はプルプルと震えていた。
「ど、どうしてわかったのですか」
「いや昔を知っている側からすれば不自然この上ないから」
俺が言うと「ふぅ」と大きく深呼吸して優心は背筋を伸ばした。
一回、そしてもう一回口をパクパクさせ、閉じ、そして言い放った。
「バレてしまったかぁ~。せっかく取り繕っていたのにぃ」
「やっぱりそっちが素か」
「カイ君にはいつかバレるかと思ってたけど、まさか初日でバレるとは」
「演技下手すぎ」
「でもクラスの皆はわからなかったでしょ? 」
少しどやりながら優心はスカートのポケットに手を突っ込んだ。
取り出した髪留めを使って髪を結って、所謂ポニーテールに仕上げた。
「ポニーテールの意味」
「これはボクなりの切り替え術だよ」
「口調変わり過ぎ。てか一人称」
「良いじゃん。カイ君の前だし、カイ君の前でしかこれで話すつもりないし」
「さよか」
ぷいっと前を向き優心は前を向き歩き出す。それに遅れて俺も歩き出す。
雰囲気に口調に髪型に、色々と変化したが特に何も感じなかった。
彼女からすれば大変身なのかもしれないが、俺からすれば小学校の頃に戻った感じがし懐かしい。
しかし逆に腑に落ちない。
彼女の隣まで足を進めて聞いてみる。
「なんでそんなめんどくさいことしてるんだ? 」
「大人っぽく見えるでしょ? 」
「本当にそれだけか? 」
身長のわりに長いポニーテールを揺らしながら俺の方を見る。
さっきまでとはうって変わってどこか暗い。
俺は「何か地雷踏んだか? 」と内心冷や汗を出しながら彼女の黒い瞳を見つめ返した。
「……ボクはね。これ以上お父さんとお母さんに心配させたくないんだよ」
そう言いくるりと前を向き、家の方へ足を進める。
何を言っているのかわからない。
しかし優心が転校した先で何かあったのは確かだろう。
僅かに無言の時間が流れる。
狭い歩幅に合わせながら俺はしっかりと彼女に耳を傾けた。
「向こうの学校に行ってさ。足怪我しちゃって」
言うと、ピンと前に脚を伸ばして俺に見せる。
外からみると怪我をしていないように見えるそれをすぐに戻して足を進める。
「それが原因で陸上辞めて。その時にさ。お父さんとお母さんが物凄くショックを受けちゃって」
「走るの好きだったもんな」
小学校の頃運動場はもちろんの事山に河川敷にと一緒に走ったのを思い出す。
運動神経が良くない俺は優心について行くのが精いっぱいだったが、輝く笑顔は今でも思い出す。
「その時はボクも塞ぎ込んで、二人も「自分達が引っ越したせいで怪我をした」って思い込んじゃって」
そう言う優心の顔は暗い。
だけどすぐに否定の言葉を口にした。
「あ、怪我をしたって言っても完全に走れなくなったわけじゃないからね? 普通に走る程度なら大丈夫だから」
俺が誤解していると感じ取ったのだろう。優心は回り込み俺の正面で両手をバタバタさせて走れることを強調した。
だけど走る事が好きだった優心が全力で走る事が出来なくなった。元気な様子を見せるが本当はつらいのではと考えてしまう。
何事も全力全開で楽しむ。
これが俺の優心に対する印象だったから。
少し俯くと優心が「はい! もう過ぎたことだから! 」と言って俺の暗い雰囲気を取り払う。
「カイ君が辛い顔をするとボクも辛くなるからやめてよね」
「何で? 」
「察しろバカ」
理不尽な罵倒をされた気がする。
「で二人が心配しないよう、運動の代わり勉強に覚醒した清楚系美少女を演じているって訳」
「……なるほどね」
頷き、角を曲がり、先に進む。
彼女の「両親を心配させないために」という意気込みはよくわかった。
残念ながら両親にバレているだろうが、「優心が頑張るなら」ということで何も言わずに見守っているのかもしれない。
これは何も言わずにやり過ごすのが一番と考えながら家に就いた。
「では快清君。これで」
「なんだそれ」
「……馬鹿にしていると痛い目を見ますよ? 」
ポニーテールを解き淑女モードに入った優心が笑みを浮かべて別れの挨拶をする。
笑いそうになるのを言葉濁してやり過ごそうと思ったが、どうやら言葉の選択を間違えたらしい。
背筋に冷たいものが走るのを感じながら「また明日」と言い俺達は分かれた。
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