消えゆく町の子らと滅びの国

ねむるこ

第1話 

「人類が滅びる時ってこんな感じなのかな?」

 錆びついた線路の上を歩く少女、春日井明かすがいめいが呟いた。

 ここはもう使われていない小さな駅の跡地だった。取り壊す費用も無く、線路と駅のホームがそのまま残されているのだ。

 澄み切った青空に、木や草の鮮やかな緑の色彩。生命力溢れたものたちの中に今はもう使われていない、死んだように立つ駅舎が不釣り合いに見えた。そのコントラストが激しくて、明は目の前に広がる光景が現実のものではないように思えた。

(SF映画みたい)

 この光景を見ているとSF映画の主人公のような、希望と絶望が入り混じった気持ちになる。

「そうかもなー」

 ホームのふちに座って足をぶらぶらさせている少年、宮本蒼斗みやもとあおとが適当な答えを返した。体格が良く、日に焼けた肌から外を駆け回るような元気なタイプだとすぐに分かる。

「ちょっと、それどういうこと?明」

 ホームの上から腰に手を当てて声を荒げている少女は佐々木華凛ささきかりんだ。ロングヘアにシャツワンピースというお嬢様風の装いからは考えられない、よく通る大きな声で問いかけてくる。

現世町うつしよちょうって空き家ばっかだしさびれてるからさ。人類が滅んでいくのと似てる気がして」

 明が線路の上に両足を乗せ、両腕を伸ばしてバランスを取りながら言った。線路の周りからは雑草が生え放題でとても電車が走れそうもない。

「はあ?なに大袈裟おおげさなこと言ってんのよ。滅びるのは人類じゃなくて現世町!近いうちに緑市みどりし合併がっぺいされるんでしょう?」

 華凛がきつい口調で明に反論する。明は「うるさいな」というように顔をしかめると自身の耳を両手でふさぐ。その様子を見て、また華凛がえる。

「ちょっと!何、耳塞いでんのよ!」

 明はそのまま華凛の言葉を無視して少し遠くにある煉瓦調のトンネルをぼんやりと眺めた。

「明の言うことも一理あるかもだぜ。現世町は地図から消えそうだし、日本の人口も減ってるし……。実は俺達、人類が滅びていく過程を先行体験してるんじゃね?」

 そう言って蒼斗はそのままホームに寝ころびながら呑気のんきに言った。一人、会話についていけない華凛はため息を吐く。

「だったらどうしてあんた達はそんなに平気でいられんのよ。人類が滅びるなんて大事おおごとでしょうが」

 蒼斗がにやりと笑いながら答えた。

「だって……面白くね?人類滅亡を目の当たりにするなんて滅多にできない経験だぜ?」

「面白いって……あんたねえ」

 華凛がまばたきを繰り返す。蒼斗の言葉に続いて明も答えた。

「私は面白いとか関係なく……興味があるな。どんなふうに人類が滅んでいくのか気になる」

「ほんっとあんたら訳分かんないんだから!」

 華凛はそのままそっぽをむいてしまう。そんな華凛に構うことなく蒼斗は立ち上がるとホーム下の線路を歩く明に声を掛けた。

「そろそろここも飽きたし。次、元駄菓子屋に行こうぜ!」

「えー。私、元神社に行きたい」

「あんたらねえ……。そろそろ塾の時間でしょうが!鷹野先生に怒られるわよ!」

 華凛の言葉に2人は「えー」と嫌そうな声を上げる。華凛は2人の腕を掴むと、引きずるようにして元駅舎を後にした。

 細い腕なのに、どこからこんな力が出るのか。明は不思議に思いながら華凛に大人しく引きずられていた。

「あんた達、滅びていくのが面白いとか言ってるけど寂しくないの?私達で現世小学校の卒業生は最後なのよ」

 所々コンクリートの舗装が剥がれたデコボコ道を歩きながら、華凛が声を潜めて言う。いつも強い口調の華凛が小さ声で話すのは何だか変な感じがした。

「……分かんない」

 明は通り過ぎる、がらんどうとした家々を覗き込みながら答えた。

「12年も現世町に居たんだぜ。そろそろ移動し時なんじゃねえの?」

 誰も通り過ぎない道を3人で歩く。まるでこの世界には3人しかいないみたいだ。道に並ぶ家の殆どが空き家であり、明達の遊び場でもあった。

「皆、来年には緑市に引っ越すんでしょう?私も中学受験するし。もう3人で会えないかもしれないのよ……」

 少しだけ華凛の声が小さくなって、明も思わず黙り込む。そんな華凛の背を蒼斗が軽く押した。反動で明の体も揺れる。

「んなこと知らねーよ!ほら、急がねえと鷹野先生に怒られるぞー」

 先を走りながら蒼斗がお道化どけてみせた。

「ちょっと!遅れたのはあんた達が元駅舎で遊んだせいでしょうが!待ちなさい!」

 華凛は明の腕を離すと蒼斗を追いかけるように豪快に走った。シャツワンピースとロングヘアが似合わない走り方に明は思わず声を上げて笑う。


「お。やっと6年生組が来たか」

 古めかしい日本家屋の縁側から顔を出したのは30代ぐらいの男性だった。丸縁眼鏡にパーマを当てた短い髪が良く似合う。無精ひげを生やしながらもどこかおしゃれな雰囲気を醸し出しているのは都会で働いていたからだろうか。ダサい半纏はんてんを雑誌のモデルのように着こなしているから不思議だ。町の中ではイケメン塾講師として有名だった。

 『心星塾しんぼしじゅく』と書かれた看板が、表札の横にひっそりかかげられている。

(イケメンでも塾講師としてはどうかと思うけどね)

 明はそっと心の中で皮肉を言う。

 鷹野は塾講師と名乗りながらも授業をするでもなく、子供達を有名な学校に入学させようとしているわけでもなかった。

 勿論、分からない問題があれば分かりやすく教えてくれる。鷹野が頭の良い人物であることは確かだが、「その問題なら6年生組が分かるよ」とか言って、教えることも子供達に丸投げしたりするから驚きだ。子供の自主性を尊重した塾スタイルらしい。

 いい加減な塾かと思いきや、生徒達の成績は悪くなかった。悔しいことに、明も現世塾のお陰で学校の勉強に追いつけている。

 塾代も隣接する緑市の塾とは比べ物にならないくらい安いので生徒数はそれなりにいた。そもそも現世町に学習塾はここしかないので、学校に通う生徒達の殆どが集合している。今も、畳の部屋から低学年の子供達が難しい顔をして問題集に向かっていた。

「さてはまたどっかで遊んでたな?元駅舎の方とか行ってないよな?あそこは危ないから立ち入っちゃ駄目って言われてるだろう」

 鷹野の言葉に明たちは口を噤んで顔を見合わせる。学校で空き家や元駅舎で遊ぶことは禁じられていたからだ。

「さーて勉強、勉強っと!」

 蒼斗は話題を逸らすように縁側えんがわに座りながら靴を脱いだ。

「鷹野先生、算数の問題で分からないのがあったので教えてください」

 明も蒼斗同様、誤魔化すようにきりっとした表情で鷹野の方を見る。

 あからさまに態度が変わった明と蒼斗を見て、鷹野がため息を吐いた。華凛はひたいを押さえて首を振っている。

「まったく……。あんまり危ないことはするんじゃないぞ。ほら、早く上がりなさい」

 鷹野が子供達に怒ることは滅多になかった。学習塾ということもあって学校よりも私生活に対する指導がゆるい。だから現世町の子供達は塾の日でなくてもよくここに集まった。

 ゲームや騒ぐような遊びは禁じられていたが、本やボードゲーム、トランプが揃えられ児童館のような役割も果たしている。ちゃんと襖を隔てて、遊ぶ空間と勉強する空間に分かれていた。

 時々、プログラミングや学校で配られたタブレットの操作方法なども鷹野が教えてくれたりもして……とにかく何でもありの塾だった。

 明と華凛も蒼斗に続いて鷹野の家である日本家屋……心星塾に足を踏み入れた。

 畳の部屋に横に長い机が並べられている。色んな年齢の子供達が勉強しているその光景は、歴史の教科書で見かけた「寺小屋てらごや」のようだった。

(こんな時代に寺小屋ね。やっぱりこの町って現代日本の文明から切り離されてるのかも)

 明は自分の名前が書かれたカラーボックスから問題集を取り出すと、頬杖をついて問題集を開く。同じように蒼斗と華凛も問題集を手にすると、同じ机に横並びに腰を下ろした。別に誰がどの席だと決まっているわけではないが子供達の中で自然と座る場所が決まっていた。

「そういえば、あの元駅舎のこわーい噂。知ってるか?僕が子供のころからあったんだけど」

 そう言って鷹野が明達の机に近づいて来た。半纏の袖に両腕を隠して、口の両端を上げた表情は悪戯をしかける前の子供のようだった。

「怖い話ですか?私、そーいうの信じるタイプじゃないので……」

 明がじっとりとした目で鷹野を見上げる。

「え?何、何?おもしれ―話?」

 反対に蒼斗は体を乗り出して興味津々だ。

「2人とも静かにしなさいよ!鷹野先生の話、聞こえないじゃない」

 華凛も気になっているようだった。

「あの元駅舎な。夕方になると……幽霊列車が走って来てな……。その列車に乗ってしまった者は別世界に連れていかれてしまうそうだ」

 鷹野がわざと声を低くして、明達を驚かせるように話す。それを聞いて、明は呆れた。すぐに明たちをあの駅舎へ近づけないようにするための嘘だと見抜いて驚きもしなかったが2人は違った。

「まじで?何それ!面白そうじゃん」

「嘘……あそこって心霊スポットだったの?」

 蒼斗は目を輝かせ、華凛は顔を青ざめさせていた。

 2人の新鮮な反応を見て満足した鷹野は、無表情の明の頭に軽く手を乗せて満足そうに笑った。

「さあ、分かったら大人しく勉強したまえ。英雄ヒーロー諸君しょくん

(まーた私達で遊んでるな。この人)

 明はじっとりとした目を鷹野に向けると、3人が座る机から立ち去って行った。


 




 

 

 

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