第4話 体育大会での結束

 担任の守野先生が、黒板に体育大会の自由種目を書き出して言った。


「今から自己推薦か、この人なら合いそうな種目に推薦してください」


 早い者勝ちとばかりに、さっそく自己推薦が続く途中で、はやしから爆弾発言が落とされた。


「長距離リレーにひじりくんを推薦するよ」


 クラス中から「えぇ〜!?」と驚きの声が上がる。

 聖に小声で種目の説明をしていた莉愛りあもびっくりした。


(長距離リレーはいつも俊足しゅんそくの林くんが出てるのに?)


「皆さん静かに! では、林君、聖君を推薦した理由を教えてください」


「速そうだから?」


 「はぁあ?」と今度は男子からブーイングの声が上がった。


 男子は、すっかり女子の小犬位置におさまった聖を嫌っていた。


 まず、アイドル顔負けの可愛さが気にくわない。

 でも嫌われ者の川澄かわすみ莉愛りあをお世話係に押しつけられて、内心(ざまぁ)と思っていた。


 それがいつの間にやら、高嶺たかねの花である華岡はなおかみやびまでお世話係になっていて、気づけば女子全員からちやほやされているのだ。面白いはずがない。


 だから男子は、林が聖を推薦した瞬間は驚いたけど、こう思った。


(学年のエースである林が聖を推薦したのは、体育大会という舞台でカッコ悪い姿をさらしてやろうってことだよな!)

 

 ところが林が純粋に聖を推薦したように話すから、男子は混乱した。


「はいはい。先生にも皆さんが勝ちたい気持ちはよくわかりました。次の体育の時間にみんなでリレーの距離を走ってみて、それから決めるのはどうですか?」


 なるほど。それなら聖のカッコ悪い姿が見られるし、体育大会本番じゃないから点数にも響かない。


 男子は本番さながらに燃えあがった。


 結果的に、颯爽さっそうとゴールを駆け抜けたのは林と聖だった。


「聖くん、きみ、普段からけっこう走り込んでるよね。そんな筋肉のつき方だ」


 うっとりとした目つきで、林は聖(の筋肉)を見た。


「美しい筋肉は彫刻と同じ。聖くんの筋肉のつき方は無駄がなくてキレイだから、初めて見たときからずっと気になってたんだ」


「ハハ。ボク走るのスキでよく走ってるカラ」


「それにしても、よくここまで仕上げられたね」


「……ボクの可愛さは期間限定だから」


「皆さん、これで体育大会の種目は決められそうですか?」


 男子はハッとした。

 期待してなかった聖がエース級の俊足だったのだ。エース級がクラスに二人もそろう幸運はめったにない。

 どうせなら勝ちたい男子は、真剣に話し合った。


「聖くん、これからは一成いっせいと呼んでほしい。ぜひ一緒に筋トレの話をしたいな」


「ハハ。イッセイ、おてやわらかにネ」


 男女別の体育授業中、莉愛は心配し通しだった。

 それが終わってみれば、聖はすっかり男子に馴染んでいるではないか。


「聖、こぶしで語り合った?」


「ぶふっ。んー、どっちかって言うと、筋肉? そうだ。リアは案内係だよね? 体育大会でボクの家族を見ても驚かないでね」


(そっか。四月の参観の頃はまだ聖はいなかったから、聖にとって六月初めの体育大会が初めてのイベントなんだ。芸能人みたいにキラキラした両親を見ても騒がないでねってこと?)


   ※


 体育大会当日、案内係の莉愛が聖の父親を前にして、聖の言いたかったことを正しく理解した。


くま!?)


 莉愛は聖が可愛い系なので、親もカッコイイ可愛い系なんだと思い込んでいた。まさかのワイルドムキムキ系だったとは。


 しかし無表情な莉愛は、地図を指しながら、生徒の待機場所、観客ゾーンやトイレの位置を英語で淡々と説明した。


 満面の笑顔を残すと、息子の出る種目にチェックを入れたプログラムを手に、ウキウキ嬉しそうな様子で席を探しに行くフォワード氏。


 莉愛は見送りながら、(楽しそうな雰囲気が聖にそっくり)と思った。


 大柄なMr.フォワードは待機している生徒からもよく見えた。


「今すぐきみの父上様と語り合いたい!」


「ハハ。イッセイ、ボクらはまず、目の前の種目をこなさないト」


「そうだったね。今日は最速を出せそうだよ!」


「林のやる気スイッチ入りましたー」


 林は宣言した通り、出る種目すべてぶっちぎりの一位をかっさらっていった。聖やみんなも奮闘し、応援席も盛り上がるが、聖の父親の周囲だけちょっと大人しかった。


「アレはビビるよなぁ」

「まさに芸術作品だよ!」

「あの人、本当に聖のお父さんなのか?」


「ハハ。間違いなく血のつながった父親デ、ボクは父さんの小さい頃に瓜二うりふたつなんだっテ」


「いやいやいや。今のお前があそこまで育つには、特殊な進化の実とか食べないとムリじゃね?」


「成長期がきたラ、タケノコみたいに伸びるっテいわれテル」


「ああ。それで以前きみは『可愛いのは期間限定』だと言ってたのか」


「カワイイよりカッコイイのが良くない?」


「ボクは可愛くないとダメなんだヨ」


「ふーん。なんだか不特定多数にモテたいというよりも、かなり限定的に聞こえるね。もしかして相手は」


 聖は林の口をふさごうとしたが、その手をかわして林は言った。


「きみの気にしている子がこっちを見ているよ?」


 あわてて聖が見た案内所に莉愛の姿はなかった。

 

「ふふ。やっぱりきみの気になる相手は川澄さんなんだね」


「イッセイ。リアにバラしたり邪魔したりしたら、父さんは紹介しない!」


「的確なおどしだ」


「聖、落ち着け。安心しろ。俺らは誰も川澄のこと狙ってないから」


「みんな一回はあるもんな」


「ツッこまれたくないデリケートな部分を、川澄さんに無表情でズバッと言われると、ヘコんでしまうんだよ」


「んんー。反論したい。けど、しないほうがいいのか。え、これどっちだ?」


「ふはっ。聖って見た目と違って面白いヤツだったんだな」

「日本語も堪能そうだしね」

「そんな女子ウケする姿なんだし、あせることないだろ」

「だから、ボクの可愛さはあと何年ももたないんだってば」


「よしわかった! オレたち、お前のこと応援してやるよ!」

「いいの?」

「そのかわり、華岡さんとか女子となに話したか教えてくれ!」

「それは無理」

「え〜?」


「そこの男子! 仲がいいのはわかるけど、今は体育大会中だからな!」


 注意されたけれど、みんな笑ってしまった。

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