第5話 近づいたり離れたり

 体育大会が終わってから、ひじりは男子と行動することが多くなった。

 莉愛りあと話すこともあるけれど、以前のように、あざとい涙目で呼ばれることはもうない。


 莉愛はみやびたちと一緒にいることが増えた。


「莉愛って案外おっとりさんだよね」

「最初はァ、『あァまた怒ってるゥ』って思ってたけどォ」

「それたぶん、ぼんやりしてただけ」


「だね。聖クンと一緒に話してた時に、莉愛はテンポがゆっくりなんだってわかったよ」

「あァ聖キュンいなくてさみしィ。癒やしだったのにィ」

「もう説明することもないから、聖に話しかけづらい」


「学校で話しにくいんなら、遊びに誘ったら?」

「近所を案内しよっかーって、公園にでも行けばー?」


 莉愛は単純に、聖と前みたいに話したかった。

 それと、聖が転校してきた初日に話してくれた『日本に来た目的』がどうなったのか、ずっと気になっていたのだ。


(協力するって約束したのに、なにもできてない。もしかして、もう達成したのかな)


「リアと一緒に近所の公園でピクニックしたい!」


 莉愛が思い切って誘うと、聖はぶんぶん振られる尻尾が見えるくらい喜んでくれた。


 しかし無情にも梅雨入りした。

 やっと晴れた週末、莉愛は早起きしてお弁当を作った。


 雨の間に、「まずは胃袋をつかまないと!」と、なぜかノリノリの母親から特訓を受けたのだ。


 一人でも作れるようになったお弁当は、聖がフタを開けた瞬間「すごい! 大好物ばっかりだ!」と大興奮された。


「どれもすごく美味しいよ! リア、ありがとう! 嬉しい!」


 キラキラした瞳で大絶賛されながら、あっと言う間に全部食べてもらえた。莉愛は、ほこらしいようなくすぐったいような気持ちになった。


 軽くなった弁当箱を片付けて、食休みがてら話す。


「この公園、走るときにいつも見てたんだ」


 聖は毎朝カナダにいる頃から、大雨じゃなければ走っているという。


「朝雨でも夕方晴れれば、夕方に走るんだ。走らないのは落ち着かなくて」


 日本に来たのは、母親の里帰り出産のため。父親はカナダに残るから、聖はどうするか選べたらしい。


(里帰り出産なら、聖が日本にいられるのは一年間もないかも。短い期間なのに、わざわざ聖が日本に来た目的はなんだろう?)


「聖が日本に来た目的って」


 そこまで話して(しまった)と莉愛は思った。聖の表情が固まったからだ。


「……話したくないなら無理に言わないで。どうなったか気になって聞いただけだから」


(良かった。みやびたちと話してたから、とっさにでも、ちゃんと言えるようになった)


「あ、違う。違うよ。今のは違うから。リア」


「本当に気にしないで!」


 思っていたよりも大きな声になって、莉愛も驚いた。

 でも、ダメだった。

 なんでか涙がこぼれそうなのだ。もう顔も上げられない。


「私、用事を思い出したから、帰るね」


「……わかった。これ、一緒に食べたかったけど、持って帰って」


 そっと手渡された手提げ袋には、手作りらしいクッキーが入っていた。


(誰が作ってくれたんだろう?)


 聞きたかったけれど、いま口を開いたら違うことを言ってしまいそうだ。お礼だけ口にして、背を向けた。


 さっきまであんなにふくらんでいた気もちが、今はぺしゃんこだ。


(私が話せば場が固まるのなんて、よくあることなのに。聖は普通の反応しただけなのに)


 からっぽのお弁当箱が入った鞄がやけに重く感じた。

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