第7話 聖の目的

 ひじりが学校から帰宅する頃、ようやく小雨こさめになった。

 頭を整理したかった聖は、ストレッチをして、すっかり走り慣れた道を軽い足取りで駆け出した。


 聖の母方の祖母が住んでいるので、この街には何度も来ていた。

 でも聖がはっきりと覚えているのは、三歳の花火大会だ。


 その頃の聖は天使か妖精かという可愛らしさで、その日はせっかくだからと浴衣ドレスを着せられた。

 近くの公園には出店が並び、花火を待つ人と出店を楽しむ人、たくさんの人でにぎわっていた。


 珍しい出店に夢中だった聖が顔を上げると、一緒にいたはずの母親も祖母もいない。

 自分が一人きりだと気づくと、さっきまで楽しかった人混みはみな見知らぬ人たちだと実感した。まるでオバケ屋敷に置き去りにされたかのようで、だんだんこわくなり、息苦しくなってきたところで。


「まいご?」


 聖と似た浴衣ドレスを着た、同じ背格好の女の子が、涼しげな眼差しで聖に声をかけた。


「だいじょうぶ。むかえにきてくれるから。それまでいっしょにあそぼう?」


 無表情で淡々と話す女の子、莉愛りあは、聖にはとても大人びて見えて。聖は、莉愛が差し出した手をにぎった。


「おかあさん、このこ……あれ、いない。わたしもまいごだ。いっしょだね」


「ぶふっ」


 驚いた様子もなく話す莉愛が面白くて、聖はついふき出してしまった。


「……かわいいはさいきょう」


 莉愛は聖の手を引いて、出店の少ない公園へと案内した。


「これ、おすすめ。ターザンになれる。え、こわい? かわいい。じゃあわたしがみほんみせるから。やりたくなったらゆって」


 聖は、莉愛が一人でびゅーんと行って帰ってくるのを見ているだけで楽しかった。


「つぎはこれ。へんなジャングルジム。のぼれない? かわいい。だいじょうぶ。かわいいからきっとできるよ」


 聖が途中までのぼるだけでも、莉愛は「すごい、かわいい」とほめてくれた。


(今思うとかなり変なのに、あの時のボクは感動したんだよね。自分と同じくらいの女の子が、ボクにはコワイものを平気な顔してこなしていくんだから)


カッコイイねクール!』


「さむい? なら、タコヤキたべよう」


 莉愛は小さなポシェットから小銭をとりだして「このぶんだけつくってください」と頼んだ。


「は? え、親はいない? これ食べさせて大丈夫なのか? アレルギーはない? うーん。なら一個だけ特別なの作ってやるから、そこで待ってな」


(タコがふたつ入った特製たこ焼きを二人で半分こして食べた)


 たこ焼き屋から案内所に、小さな女の子が二人だけでいると知らされ、すぐに親が駆けつけた。

 別れ際、莉愛が聖に言った。


「またあそぼうね」


 たったそれだけの、一時間あるかないかの思い出。それが聖を大きく変えた。

 

 父親が強大すぎて敬遠していた体を動かすことに、挑戦するようになった。


 人に囲まれるとパニックを起こすようになってしまったけれど、莉愛が口にしていた、「可愛いから大丈夫」「可愛いは最強」と言い聞かせて切り抜けた。


(父さんは一緒に走ってくれたし、母さんは一緒に『可愛い』を研究してくれた)


 ただ、莉愛との再会だけが叶わなかった。

 会えない間に、聖の中での莉愛は、どんどんヒーローへと進化していった。


(会えたらきっと、「おぉ、きみはあの時の!」ってなるはず!)


 実際はそんなこと起きなかったけれど。


(これで良かったんだ。今度は、色々できるようになった今のボクを、リアに可愛いって言ってもらうんだ。でも、クラスの雰囲気が悪過ぎるのはいただけない)


 聖は莉愛の魅力をクラスメイトに正しく伝えようと决めた。


(それが即パニック起こして、またリアに助けてもらうなんて……ぶふっ。はぁ、思い返しても、真顔でトイレ紹介とか、リアらしいよ)


 莉愛は表情に出ないだけで、いつもまっすぐ相手のことを考えていることを聖は知っている。


(昨日、お弁当を食べたあと、本当は一緒に遊具をリベンジしたかった。遊べばボクのこと思い出してくれるかもって、期待してもいた。思い出さなくても帰る間際には、「ボクが日本に来たのは、リアにもう一度会いたかったからだよ」って伝えるはずだったのに)


「リア!? どうしてそこにいるの?」


 ちょうど思い出の公園の前に莉愛が立っていた。

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