4 relationship 人間関係

「大したことじゃないよ。バイト終わりで疲れてる人を、こんな頂上に連れてきただけだから。」

近くに灯りはあるが、こちらに顔が向いていないと表情から心情を読み取ることは難しい。ただ声色から、和也は少し恥ずかしそうに感じられた。

「それより、・・・悩み事は、大丈夫なの?」

和也の温かい声が、さらに私の心を落ち着かせる。

「大丈夫。すぐ解決ってわけにはいかない事かもしれないけど、大人になるために大切なことを学んでる気はするんだ。」

「それは、・・・友達関係の事とか?」

「え・・・。なんで分かったの?」

「いや、・・・特に理由はないけど、高校生が悩むことってそれが多い気がして。」

和也が表情が、一瞬焦っているように見えた。が、すぐに言葉を続けたので、私はそんなことを気にする間が無くなった。

「それで、その友達関係の悩みは、解決できそうなの?僕で良かったら、話聞かせて。」

私は悩んだ。和也は同級生であり親しい仲になりつつも、同じ高校ではない。私の悩みに出てくる人々は全く知らない。悩みを打ち明けたところで、どういった人達なのか想像できないだろうし、それは返って和也を困らせることになるかもしれない。けど、聞いてほしい自分がいる。

「実は、クラスの友達と上手くいってなくて。普段の会話は楽しいんだ。でも、・・・。」

私は友達の状況を説明した。私は、いつも仲良しの五人組でいる。休み時間はその五人で楽しく過ごしている。しかし、体育や他の教科でペアを作っての活動をする際、いつもAさんが一人になってしまう。私はAさんともペアを組みたいと思っているが、私がいつもペアを組むBさんが一人になるのが嫌だと言う。『じゃあ、Aさんとペアになったら?私は別の人探して見るから。』と提案した。しかし、BさんとしてはAさんと二人になることは苦手だと言う。残りのCさんとDさんにも相談してみたが、二人とも了承してくれることはなかった。そんな状態が続き、ついにAさんの態度が変わり始めた。テンションが高くノリが良い時は気にならないのだが、機嫌が悪いと場の空気を壊すような発言をする。私としてはなんとかしたいと思っているが・・・。

和也に悩み事を打ち明けながら、私は自分自身の心の弱さにも失望した。私は自分自身を、心が強い人間だと評価していた。こう言った悩みなど、これまで誰かに対して滅多に打ち明けてこなかった。家族にも相談した覚えはなかった。それが、簡単に異性である和也に打ち明けてしまうなんて・・・。それだけ、人間関係について悩んでいるのだろう。私は客観的に自己分析した。

悩みの種を伝え終わると、和也は黙り込んだ。それはそのはずだ。急に見ず知らずの友人関係の問題など、和也にとって関係ないことだ。・・・聞いてくれただけでいい。それだけで心が軽くなった。

「和也くん、あり・・」

私が感謝を伝えようと思った時、和也がこちらを見た。

「僕の考えが、夏菜さんにとって納得できるものか分からないけど。」

和也はゆっくりと優しい声で続けた。

「夏菜さんの考えや行動は素晴らしいと思う。Aさんの立場に立って考えてることが分かるし、そこから実際にBさん、Cさん、Dさんに対して働きかけている。これは誰でもできることじゃない。ただ、あくまで僕の考えだと思って欲しいんだけど・・・。」

次の言葉に私は衝撃を受けた。


「僕は友達を変えることはできないって思ってる。」


耳を疑った。友達を変えることができない?それは私の人生の経験上あり得ないことだった。友達とは様々な経験を通して、一緒に成長し、変化していく。お互いに切磋琢磨し、影響し合うことで、大人へと成長するのではないか。なのに、・・・和也はそれは不可能だという。私は、彼のことを正しく見えていなかったのかもしれない。私はなるべく落ち着いた声を意識し、和也に物申した。

「それって、何か理由があって言ってるんだよね?ちょっと・・・私としては、その考えは納得できないし、受け入れられないな。友達に対して、いろいろなことをお互い影響を与え合うから、成長して変化していくんじゃないのかな?その変化は良い時も悪いときもあるだろうけどさ。やっぱり、友達の力があっての変化だと思う。」

和也も私と同じように、言葉を探し、そこから丁寧に言葉を選んでいる様子だった。

「夏菜さんの気持ちを悪くしたならごめん。もちろん、僕なりの理由がある。例えば、友達が夏菜さんに向かって、喉が渇いたって言ってきたとするよ。夏菜さんは、その人に飲み物を渡すことはできる。けど、実際にそれを飲むかどうかはその人にしか決められない。つまり、僕が言いたいことは、相手が結局どうするか。成長しようと変化するかどうかは相手が決めることで、自分にはどうすることもできないと思ってる。」

和也の言いたいことの輪郭が掴めてきたように感じた。

「相手が変わるかどうかは、その人が決めること。変われるのはいつだって自分自身しかないと思うんだ。だから、相手を変えようとするんじゃなくて、自分の見方を変えることが大切だと思う。そうやって考えていく中で、もしかしたら、相手が自分自身で変わってみようかな?と思ってくれるかもしれない。そしたら、相手が変わる瞬間がやってくる。」

初めは強い抵抗を感じた和也の考えが、すっと喉を通っていったような感覚があった。私は夜景を眺めながら、もう一度ゆっくり和也の言葉を思い出した。

和也が間を取って、改めて口を開いた。

「もう一度言うけど、これは僕の考えであって、夏菜さんに強制しようとしているわけじゃないんだ。だって、僕の考えを聞いて、考えを変えるかどうかは夏菜さん次第だからね。ただ、・・・こういった考えもあるんじゃないかなって、知って欲しくて。」

私は・・・足元を見つめて、和也の考えに対して答えないでいた。いや、正しくは、答えることができなかった。私の考えを覆すような考えで、一瞬腹が立った。しかし、何も言い返すことができないくらい、納得感もあった。私が思っていた友達関係とは、真逆の考えのように感じた。

私は、「友達がいるからこそ、影響を与え合い、変化があり、成長ができる。」と考えている。

和也は、「友達がいようとも、変わるのは相手次第で何も自分にはできない。」と考えている。

なんと消極的な考えだろうか。しかし、その事実を分かった上で、友達への思いを止めることなく見方を変えて関わり続けよ、という。消極的だけど、なぜか温かさも感じる。私は顔を上げて、深呼吸した。

「和也くん、ありがとう。ちょっとまだ和也くんの考えが完璧に分かったわけじゃないけど・・・。でも、Aさんだけでなく、Bさん、Cさん、Dさんに対して、もう一回声を掛けたいって前向きに思えた。」

私の心は明るかった。和也の言葉が、私を変えてくれた確かな瞬間だった。

「よかった。」

和也は続けた。

「夏菜さんが良かったら・・・また、何かあったらここに来ない?」

私は迷わず答えた。

「もちろん!」

そして、ここが、二人のいつもの場所になる。

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