3 to the place ある場所へ

バイトには週3日のペースで働いた。最初は不安なことばかりだったが、和也を含め、パートさんや厨房の人とも仲良くなり、バイトに行くのが心から楽しく感じ始めた。勇気を出して新しいことに挑戦した私を褒めた。勤務は、昼営業だけでなく、夕方の時間帯も任されるようになった。

ある日。私はいつも通り仕事に取り組んでいた。今日は和也も出勤している。まだまだ和也ほど仕事を覚えられてはいないので、バイトに入れば和也に分からないことを尋ねなければならない。今日もお客様の対応や道具の場所などを教わった。すると珍しく、和也が私の元に来た。

「何かあった?」

私はその質問の意味が分からなかった。頭で答えを探していると、

「元気なさそうに見えたから。いらない気遣いだったらごめん。」

私はビクッとした。図星だ。実は、頭の中でずっと悩み事がちらついていた。その事がバレないようにしていたはずなのに・・・。

「・・・バレちゃったかー。ちょっと悩み事がね。」

私はあえて元気に振る舞った。バイト中だし、気持ちを落としたくはなかった。しかし、その振る舞いは無駄だった。和也を見ると、納得していない様子だ。和也は私をじっと見付めて、ようやく口を開いた。

「バイト終わりって時間空いてる?」

和也から誘いがあるとは・・・。私は驚いた。

「空いてるけど。」

仕事終わり、私はいつも帰るだけだ。

「じゃあ、バイト終わったら連絡する。グループラインから連絡先探させてもらうね。じゃあ、残り一時間頑張ろう。」


「お疲れ様でした。」

厨房の人へ挨拶をして、更衣室に入った。私はスマホを握ったまま、和也からの連絡を待っている。

和也はどうして私の気持ちに気付いたのだろう。そんなに見て分かるほど、私の表情は良くなかっただろうか・・・。

スマホの画面が光り、ラインの通知が映り出す。名前は、Kazuyaと表示されている。

『和也です。一緒に行きたい場所がある。駐輪場で待ってて。』

今は十九時過ぎ。今から行きたい場所って、飲食店にでも行くつもりなのか?

『分かった!今から向かうね。』

と返事を打ち、急いでお店を出た。駐輪場には、すでに和也が待っていた。

「お疲れ様。よし、行こうか。」

そう告げると、そそくさと歩き出してしまった。私は横に並ぶように、歩を進めた。

「どこに行くの?」

私が一番気になっていたことを尋ねた。何しろ、私も女だ。高校生になり、一層気を付けるように両親から言われていた。和也に限ってそれはないだろうが、一応聞いておく必要があった。

「うーん、あんまり言いたくはないんだけど、心配だよね?」

「そうだね。だってちょっと暗くなってきたし。」

和也はしばらく口を閉じたまま、歩いている足元を眺めたままだった。顔を上げると、ある看板を指差した。

「ここ。」

「え?今から?」

そこは、この地域にある城へ続く入り口だった。その城は小高い山の上にあり、観光地として有名だ。山と言ってもそれほど高いわけでなく、歩いて十五分ほどで山頂まで登ることができる。近隣校の部活動生はここの坂道を使ってトレーニングをよくしている。私は一度だけ、登ったことがあるが、それは昼間だった。夜に登ることは初めてだ。

「さあ、ちょっと頑張ろう。」

和也はそう私を励まして、始めの階段に足を掛けた。スタートは和也の横に並んで進んでいたが、徐々に遅れて行き、和也の後ろをついていくようになった。バイト終わりということで、疲れていた。『正直・・・帰りたい。』と思った。よし。伝えよう。そう決心して顔を上げ、和也の背中を追った。

「しんどいよね?ごめんよ。でも、あともう少しで着くから。後ちょっとだけ辛抱して。」

私が顔を上げるのを知っていたかのように、こちらを振り返って和也が言った。すると、城に入るための門が見えた。その門を潜る時には、和也は私の歩く速度に合わせて横に並び、ゆっくりと進んでくれた。そして、・・・私は言葉が出なくなった。


夜景。

目の前に、この町を一望できる夜景が広がっていた。


「すごく綺麗。」

私がやっと発した言葉は、そんなありきたりな言葉だった。和也はこちらを向き、微笑んで頷いた。

「いいところでしょ?ちょっと来るまでがしんどいけど。それを乗り越えたら、これがあると思ったら、バランス取れてるって思ってるんだ。」

和也はゆっくりとこの町を見渡している。私も同じように、もう一度、ゆっくりと夜景を眺めた。商店街、あれは駅、あっちは学校・・・。景色に写る街並みの位置関係が分かってくると、普段見ていた景色がこんなにも美しく変わって見えることに感動した。さっきまでの心の状態がゆっくりと、落ち着く方向に動いている。

「和也くん。ありがとう。こんな素敵な場所教えてくれて。」

和也は私を見て、もう一度微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る