2 first work 初出勤
バイトが決まった。周囲の子は賛否両論だった。反対の意見としては、勉強がおろそかになるのではないか、だった。さすが人気高校に入学する人たちだ。将来のことを考えて、学習に重きを置いている人が多いと感じた。
「おはようございます。よろしくお願いします。」
私は厨房に入って、大きな声で言った。
「ああ、今日から入ってくれる子だね。面接の時も会ったけど、改めまして。店長をしている清水です。」
髪をオールバックにセットし、カフェで働くよりも、闇会社の方が似合いそう。しかし、ちょっと体格が丸っこいところが、うまくそのイメージのズレを修正している。
「今日は色々教えてください!」
「ああ、そのことなんだけど、実は私、別の店舗に行かないといけないなくなってね。接客とかについては、彼に教えてもらって。」
店長は食器洗いをしている男性の方を向いた。名前を呼ぶ。返事と共に、こちらに向かってくる。
「和也くんだ。君と同じ高校一年生。実は春休みから働きに来ていてね。もう店のことは大体叩き込んだから安心していろいろ聞いてね。」
「和也と言います。よろしくお願いします。昨日の面接の時に居た人です。」
居た人です。なんとも言えない表現に少々笑い出しそうになった。急いで心を落ち着かせて、私は紹介し返した。
「夏菜です。ご迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
私は和也を見つめた。眼鏡を掛け、その先の目は大きい。少し癖がかかった髪。身長は、決して高くない。私よりは少し高いだろうか。同い年と言われたが、どこか落ち着いた雰囲気が感じられ、見た目は若いけど・・・歳上のように見える。つまり、年齢が測れない不思議な人だ。
「よし。じゃあ、俺は行ってくる。二人ともあとは任せた。」
「僕たち高校生二人に任せたら大変なことになりますよ。」
「まあ、そうだな。でも、気持ちの持ちようは大事だぞ。何かあったらまずは厨房の人に聞いて。それでも無理そうだったら、私の携帯にかけてくれ。」
二人のやり取りを私はただただ聞いていた。清水店長と和也くん。私のアルバイトを支えてくれる大切な人だ。
しかし・・・どうしてだろう。和也を見る。和也には、初めまして。という感覚にならない。どこかで会ったことがあるような・・・。
「じゃあ、始めましょうか?・・・夏菜さん、聞いてますか?」
「・・・あ、すいません。はい!よろしくお願いします!」
彼の言葉で意識を戻し、改めて頭を下げた。和也は、同級生なんだから、と敬語やそのような態度はやめてほしいと提案してきた。私としても、同じ年齢の人がいるのは心強い。そのことを了承すると、和也は早速仕事内容を説明し始めた。お客様の案内、注文の取り方、厨房への伝え方、ドリンク・料理の運び方、レジの処理、テーブルの番号、大まかな対応の仕方、を的確に教えてもらった。驚いたのは、ドリンクを作ることだ。全メニューではないが、簡単なソフトドリンクは、私たちアルバイトが担当する。そのことについては、後々教えると和也は言った。そして、オープンの時間を迎えた。
「いらっしゃいませ!」
不思議な感覚が体を巡る。『いらっしゃいませ』はこれまでの人生で何度も聞いてきた。何か遊びで言ったこともある。だが、今、人生で初めて、本来の意味として使った。
私の目の前に、お客様が居る。この店はカフェであり、お客様が来店するのは当たり前のことだ。しかし、その関係性に私が入り込んだことに、違和感ではない、慣れない、言い表し難い感触があった。
来店される客数はそこまで多い日ではなかったようだが、私にとって目まぐるしい時間だった。今日の目標はお客様を安定してテーブルに案内すること、と和也から言われていたので、そのことに集中して取り組んだ。席の希望があったり、人数が後から増えたり、着席後すぐに注文があったりと、マニュアル通りではないことが起きたが、和也がすかさず間を取り持ってくれた。回数を重ねる毎に、案内のセリフが教科書を音読するような調子ではなく、自分の口から出る本当の言葉として発せられていた。その成長が自分でも分かり、数時間の勤務で、私はこの仕事に引き込まれていた。
「初勤務、お疲れ様。どうだった?」
営業が終わり、私が片付けをしている最中、和也が尋ねてきた。
「大変だったよ!お客様が連続で来た時なんて、心の中でやめて!って思ってた。」
仕事を終えた達成感で、私の語気はから興奮が滲み出ていたかもしれない。
「今日はまだマシだよ。じゃあ、これからもっと大変な経験ができるね。」
和也が意地悪な顔をする。そういった表情をするとは驚いた。
「敬語も無くなったね。」
はっとした。本当だ。一緒に、一つのこと、仕事をやり遂げたことが、関係性を近づけたのだろうか。学校行事でも、話したことがない人と種目や係を通じて一気に仲良くなることがあった。それと近い。そのまま片付けを終わらせ、私は和也と一緒に退勤することになった。次の出勤は、二日後となった。和也も出勤するようだ。
私は今後も新たな経験ができると期待を込めて、スケジュール帳に予定を入れた。
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