07話
「おはよう」
「……おはようございます」
少し薄暗いけど真っ暗というわけでもない、あれだけ早く寝たのに結構寝られたらしい。
体を起こすと結構寒くて体を震わせる、すぐに戻りたくなったものの、なんとか我慢をして立ち上がった。
「さっき淳さんが来たわ」
「え、早すぎませんか?」
「なんか新作のラーメンを開発したそうなのよ、それをあなたに食べてほしいみたいね」
「おお……って、駄目ですよ、梶川先輩との約束がありますからね」
「行ってあげなさい、結局、あの日だって行かなかったんだからいいじゃない」
私がわがままを言いすぎたからではなく先輩の方が「やっぱりやめましょう」と言ってきたことによって行かないことになった。
正直、開店の時間が近づいていたのもあって頭がもやしラーメンを欲しがっていたところだったから厳しかった、だけど自分の発言を思い出してなんとか踏ん張れたことになる。
「ぐ、まだ平日なのが微妙ですね」
駄目だ、なんにもない時間が続くとそっちに傾いてしまう。
一か月も経過しない内に破ることになってしまうのは嫌だ、でも、抑えようとすればするほどラーメンを頼んできたときのそれが浮かんできてやばくなる。
抑え込めている内はまだいい、が、露骨に表に出始めたときなんかには他の人からやべーやつ扱いをされてしまうから――なんて言い訳を探していく。
「学生だから仕方がないわよ、それに放課後に行けばいいじゃない」
「か、梶川先輩も付いてきてくれますか?」
「行くわ」
「ありがとうございます、それならなんとか放課後まで耐えられそうです」
「とにかく無理をしないこと、いい?」
頷いてやることをやる時間にした。
心配だったから出る前にもう一回だけ課題の存在を確認してからお家をあとにした。
学校が近くなってくると私と違ってお友達が多いということがよくわかるようになる、だから一緒にはいられなかった。
そもそもの話として学年の違いも大きい、邪魔……とまではいかなくても一つ一つの間にいちいち壁があって突破するのに時間がかかってしまう。
「ん――」
「しっ、ちょっと付いてきて」
声音ですぐにいつき先輩だということがわかって一安心、とはならなかった。
口から手を離すと今度は腕を掴んで教室を出て行こうとするいつき先輩、掴まれたままのこちらとしては付いて行くしかない。
「ふぅ、いきなりごめんね」
「いえ」
「ちょっと後輩の教室って苦手だから出てもらっただけなんだよ」
「ならなにもトラブルとかはなかったということですか、それならよかったです」
「そう、よくも悪くもなにもないんだよねぇ」
前の話していた内容的に気になる人がいるみたいだけど上手くいっていないのだろうか? それでも私よりはマシだろうからこうはならないようにしながら頑張ってほしいと思う。
なにかでリセットしたいということならおじさん作のラーメンがおすすめだ、もやしラーメンとは言わないから食べてみるといい方に働く。
落ち着かせてからまた小さいことを頑張っていけばいい……って、全部自分がやるべきことだから今回も役に立てなさそうだった。
「今日、またあそこに行くって話を響子から聞いたよ、僕も行っていい?」
「はい、梶川先輩も喜ぶと思います」
それでも今月はこれが本当にラストだ、体のことを考えれば尚更そういうことになる。
だからおじさんが止めてくれていたのは本当はありがたいことだったのだと今更気づくことになってアホみたいだった、言われたときはまた言っているよとか、お金を貰えるのだからいいでしょという考えでいたけどね。
「才木ちゃんは?」
「いつき先輩のことが好きですからね」
「ありゃ、告白をされちゃった」
告白か、そんなことになる前に人生が終わってしまいそうだけど。
魅力がなければ普通にしているだけでは人に興味を持たれたりはしないということをこれまでただ生きているだけで何度も教えられてきた、で、それをわかっているに変えようとしていないのだから現在も続いているわけで、その状態で期待をする方が間違っているというものだ。
だというのに先輩が目の前にいると優しさに甘えようとしてしまう自分がすぐに出てきてしまう、だけどこれはただ依存してしまっているというだけのことだろう。
「ふぅ、朝から疲れたわ」
「聞いてよ響子、いま才木ちゃんから告白をされちゃったよ」
「そうなの?」
「まあ、告白ではないけど好きだとは言ってくれたからね」
腕を組んで「嫌われるよりも遥かにいいよね」と重ねて二回頷くいつき先輩、先輩は「それはそうよ」と普通に返していた。
「正直に言うとね、響子が才木ちゃんと仲良くしたあたりからつまらなくなったんだ」
だからこそこの急な変化には付いていけなくて一瞬、固まることになる。
「それは冗談……よね?」
「ううん、冗談じゃないよ、あっちもそっちもどっちも欲しくなるのが僕なんだよ」
「わかったわ、上手くいっていないからでしょう? それがあなたの悪い癖よね」
「うわーん! そうなんだよー!」
よかった……のだろうか?
私からすれば、というか、先輩的にもいつき先輩がこっちに戻ってきてくれるのが一番だった気がする。
「よしよし、あなたなら大丈夫よ」
「やば、こんなところを才木ちゃんに見られちゃったら刺されちゃうかもしれない」
「そこにいるけれど」
「なら……逃げる! ばいばい!」
なんか勝手に勘違いをしてどこかに行ってしまったけど、私の方がいつもみたいに離れるべきだったのかもしれない。
私はあと一歩が足りないな、そして仮に早く動けたとしても逆効果にしかなっていないから微妙だ。
「才木さん」
「はい」
「大丈夫? やっぱりもやしラーメンの影響は大きいみたいね」
「え、特にそういうわけでは。ただ、これでよかったのかどうかと考えていたんです」
私の頭で考えたところで〇〇をすればいいという答えが出てくるわけではないけど。
とにかく、今回も隠しても意味がないということで全部吐いておいた、するとこちらの額を突いてから「悪く考えるのはやめなさい、それにあの子には好きな人がいるんだから頑張るのは無理よ」と。
「というか、それこそ露骨な態度でいるのにまだいつきに興味を持っていると思っていたのね」
「諦めるしかなかったんじゃないですか?」
「そういうのではないわよ。そもそもあの子、あの人に恋をする前も他の女の子に意識を向けていたからね。私のところに来るのなんて失敗をしてどうしようもなくなったときだけなのよ? 最近は……少し変わってきているみたいだけれどね」
「そうですか」
今回は自分のことを考えたうえでの発言というわけではないため、どういう答えが返ってこようとマイナス方向には傾かないからそこはいい。
だけど今度は相手のことを考えすぎてしまって足を進めずにいるという面倒くさいところを晒しているところだった。
いつき先輩が既にお付き合いをしている、その状態であればどうあっても片付けて前に進めなければならないから楽だったけど、残念ながらそうではないからだ。
「とりあえず放課後まで頑張ります、放課後はよろしくお願いします」
「ええ、お互いに頑張りましょう」
そうか、いつき先輩も参加するということはまた同じような状態になってしまうかもしれないということか。
でも、誰が悪いのかを出すとしたら私が悪いとしか言えないからなにも起きないように願うことがいまの私にできることだった。
「これを見てくれ」
「もやしがいっぱいだね?」
「山盛りラーメン、どうだ?」
「うーん……そもそもここに来てくれる人じゃないとその存在にすら気づけないと思う」
「多く食べられる人ばかりでもないか、残されても嫌だからな、つまり駄目だな」
結局、これはサービスだということで全部くれたので分けて食べることにした。
うん、しゃきしゃきしていて美味しい、スープもいつも通りだ。
ただ、だからこそ頑張って我慢をしなければならないという考えが強くなる、ここは最終的な逃げ場所として存在していてほしいからだ。
何回も足を運べばそれだけおじさんと会話をする機会も多くなるわけで、最近の私なら失敗をしてしまいそうだから避けたかった。
「それでどうなんだ? 仲良くできているのか?」
少し離れた場所に座っている二人の方を見てから聞いてきた、そこまで広いわけではないけどテレビが点いていて常に音が出ているからこれでも届いた感じはしなかった。
「一緒にいられるからこその問題もあるんだよね」
「まあ、そうだな」
「だからお母さん達はすごいよ――あ、そういえばおじさんはなんで恋をしなかったの?」
「別にしなかったわけじゃないけどな、ただ受け入れてくれるような相手がいなかったというだけだよ」
やばい、おじさんはもしかしたら教科書かもしれない……は失礼か。
「お父さんよりも早くお母さんに出会えていたらなにかが変わっていたりしたかな?」
「んー……どうだろうな、俺はみか父が大好きなみか母しか知らないからな」
「そもそもどうしてラーメン屋さんを……って、お父さんがやっていたからなんだよね」
「ああ、終わらせたくなかったからな」
他県に住んでいるということと激務ということであまり食べられないけど両親からすればありがたいことだろうな、作る人は変わってもきっと味は同じままだ。
「結婚しないとこのお店がなくなっちゃう」
「俺が死んだときがこの店が終わる日だな。だけどそれはいいんだ、俺はただ見て見ぬふりをしたくなかったというだけだよ」
「やだな、おじさんにはずっと生きていてほしいし、ずっと続いてほしい」
「はは、ずっとは無理だ、どうしたって限界というのはくるからな」
いやそんな笑みを浮かべながら言われても困るけど……。
伸びてしまわないように意識を切り替えて食べていたものの、全てとはならずにどこかすっきりしない時間となった。
「美味しかったです」
「ありがとうございました」
いらないだろうけど我慢をするということをおじさんに言ってから店外へ、寒いことが影響してすぐに先輩のお家に移動することに。
今日もいつき先輩は自宅のように寛ぎ始めた、私は入口近くの床に座ってそれを見ている……というところだ。
「才木ちゃん――いや、ここはみかちゃんと呼ばせてもらおうかな」
「はい、どうしました?」
「こっちに来て、ささ、横に座って」
「はい」
遠慮をしていたとかではなくてやはりまだ他の人のお家に慣れていないというだけのことだったけど、そういうことならソファに座らせてもらおう。
「ここはもう自宅だと思って休めばいいよ」
「それは無理ですけど、それよりよく私の名前を覚えていましたね?」
「人の名字や名前を覚えるのは得意なんだ、友達となれば尚更だよ」
「ありがとうございます、いつき先輩がいてくれてよかったです」
「きゃはーそう言われて悪い気にはならないねー」
そういえばと現在は家主である先輩の方に意識を向けてみると椅子に座って違うところを見ていた、いつもならすぐにいつき先輩と盛り上がるところだから違和感しかない。
やはり一緒にいればいるほどなにかが出てきてしまうのだろうか?
「おいおい、やけに静かじゃないか」
「もやしが増えた分、ちょっと余裕がなくなってしまったのよ……」
「え、大丈夫?」
「じっとしていれば大丈夫よ、気にせずにゆっくりしてちょうだい」
そうか、いつもお弁当なんかも小さくて食べる量が少ないから無理をさせてしまったのか。
一人では無理だからということで二人にも食べてもらった私、ただ、それのせいでこんなことになるとは考えていなかった。
で、こうなってくるとまた学校でのときのそれが復活してきてしまうわけで、なんとか片付けるために体力を使うことになって無駄に疲れてしまった。
「ん……? おお、あの人からだ、ちょっと出てくるね」
「はい」「ええ」
この流れは……。
あっちならともかくここで先輩と二人きりになるのは避けたいところだ。
なにかを食べた後だというのも大きい、もう少し前までとは違うのだ。
「ごめん、呼ばれたから行くよ」
「わかったわ、気を付けて」
「ありがとう、みかちゃんも帰るときは気を付けてね」
「ありがとうございます、いつき先輩も気を付けてください」
があ、結局すぐにこうなってしまうのか。
先輩が、ではなく、私が避けられているようにしか考えられなくなってきてしまう。
最近はマイナス方向に傾きがちだから不安になってしまうようなことはやめてもらいたいところだけど、向こうにもしたいことがあるから仕方がないという見方もできてしまうのが難しいところだった。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
「あの、今日は帰ります、私も私でご飯を食べたのもあってじっとしていると寝てしまいそうなので」
これは事実だ、意外とすぐに眠たくなってしまう側だ。
それでもお昼ご飯を食べないとそれはそれで眠たくなってしまうという面倒くさいそれがあって忘れていなかった。
「待って、大丈夫だからまだいてちょうだい」
「梶川先輩がそう頼む時点で大丈夫じゃない気がするんですけど」
「大丈夫よ、でも、気になるでしょうからあなたの家に行きたいの、いい?」
「それなら、はい」
まあ、ここと向こうとでは露骨に変わるからそれならありだと片付けて私のお家へ移動、遠慮をする意味もないから必要なことを済ませて床に寝転んだ。
「私はまだ寝転ぶのはやめておくわ、本を読ませてもらうわね」
「はい、ゆっくりしてください」
いや駄目だ、今日はまだお風呂にも入っていないからまずはそれを済ませなければならない。
冬でも入らずに寝るのは無理だった、例え他の人的に気にならないレベルだったとしてもだ。
決して潔癖症というわけではし、そうではなくてよかったと心の底からそう思っている、自分のせいで疲れてしまうのはアホだろう、そして先程の私はつまりアホだったということだ。
「お風呂に入ってきますね」
お……っと、物凄く集中していて反応をしてもらえなかった。
でも、だからこそ気にせずにゆっくり入ってこられるということでわーなどと吐きながらゆっくりつかってきた、温かった。
「あれ……?」
だというのに何故かソファに押し付けられているというのが現状だ。
電気は点いたままだから先輩がどんな顔をしているのかはよくわかる、が、何故こんなに悲しそうな顔をしているのかというところはわからなかった。
「……ちゃんと言ってからにしなさいよ」
「言いましたよ? でも、本を真剣な顔で読んでいたので邪魔をしたくなかったんです」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいですよ」
そのまま頭を抱きしめてきたからこちらも返して背中を撫でる。
歪な関係……というわけではなくても健全ではない気がした。
「……今日は二つも心臓に悪いことがあったわ、しかもどちらもいつきがいるときにね」
「いきなり帰ってしまいますもんね」
自由だとわかっていても残っていてほしいと考えてしまうのをやめられない、それは先輩も同じだったということで少し安心することができた。
「はぁ、告白をされたとか言うから……しかも名前で呼び始めるし……」
「あ、私も関係しているんですね」
「当たり前でしょうっ!?」
「お、落ち着いてください」
耳の近くで大声を出されるとこんな感じなのか、結構……いや、かなり影響を受けることになるな。
少し落ち着いてから意識を先輩に戻したけどこちらにくっついたままなにも言ってこなかったから留まる時間となった。
「ふぅ、私のことも名前で呼んでほしいの」
これを言ってくれたのは十分が経過したときだ、壁にかけてある時計があるから時間を把握するのには苦労しなかった。
「響子先輩」
「あなたのことはみかって呼ぶわ」
「はい」
「あと……少し気持ちが悪くなったからトイレを貸してもらってもいい?」
「どうぞ」
えぇ、固まっていた理由はそういうことだったのか。
だけどそうか、少し下を向くような体勢をお腹がいっぱいのときに続けていたらそうなってしまうか。
「あの、大丈夫ですか?」
「え、ええ、吐いたりはしていないから安心してちょうだい」
「無理をしないでくださいね、気持ちが悪いならそれでもいいですから」
「大丈夫よ」
それなら歯を磨いてリビングで待っていることにしよう。
先輩はそれからも結構格闘していたようだけど出てきてまた読書を始めた。
一つ気になるのは泊まるわけでもないのに一度も帰ろうとしないことだ。
「お風呂に入らせてもらってもいい?」
「え、だけど着替えが――持ってきていたんですね」
「当たり前よ、帰ることなんてできないわよ」
「わかりました、ゆっくり入ってきてください」
入浴後に外に出たくなかったからありがたかった。
問題だったのはその安心感からすぐに眠たくなってきてしまったことで、なんとかするためにまた体力を消費してしまったことだった。
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