06話
「おはようございます」
「……心臓に悪いよ」
母とはいえ、いつもは他に誰もいないこの場所に寝ている間に来られていたら怖い。
しかし、母からすればどうでもいいことだったのか「おはよう」と先程と変わらない様子で再度挨拶をしてきただけだった。
「最近、淳ちゃんとはどうなの?」
「この前、振られて駄目になった」
「あらま、うーん……やっぱり余計に考えて進めないのかなぁ」
「でも、同性の先輩と仲良くできているから大丈夫だよ」
結局、泊まることは無理だったけど。
あの後、結構粘ったのに頑なに受け入れてもらえなくて駄目だった、抱きしめた後に先輩の中でなにかが変わったという想像は残念ながら間違っていなかったということになる。
「みかは相手が女の子でも大丈夫なの?」
「うん、関係ない」
「そっか、その子がちゃんとみかのことを見てくれるということなら私達的には問題ないよ」
「どうなるのかはわからないけど、うん、いま一番仲良くなりたい人だよ」
「おお、相手が同性でもそこまで言うみかは初めて見たよ」
母はこちらの頭を撫でると「学校での話もしてくれるけどお友達を作ることにはあんまり興味を持っていなかったからね」と言ってきた。
本当のところはそうではない、お友達関連のことでいい話がなかったから出していなかったというだけの話だ。
「それでお母さんはなんで来たの? お仕事は大丈夫なの?」
「みかさん、大丈夫じゃないなら私はここにいないよ、それになんで来たってそんなのお母さんだからだよ」
「私なら大丈夫だよ、特に問題とかも起きていないよ」
「私、ちょーっとその女の子とお話ししてみたいんだけど、どう?」
「ならメッセージを送ってみるね、駄目だったら諦めて」
まだ時間は早いけどいきなり突撃をするよりはマシだと片付けてメッセージを送らせてもらった、すると意外……ではないものの、すぐに大丈夫という内容のものが返ってきた。
いまからでもいいということだったので必要なことを済ませて外に出る、もう二月というところだから相変わらず寒かった。
「外で待ってくれていたんですね、すみません、ありがとうございます」
「ええ」
こちらに近づいてくると「初めまして、梶川響子といいます」と母に挨拶をする先輩、母も変な態度を装ったりすることもなく同じように自己紹介をしていた。
そしていいのかどうかはわからないけどこうなるとすぐに自分以外の存在が盛り上がり始めるという繰り返しだ、そのため、出しゃばることもできないから他のところに意識を向けて過ごしているしかなかった。
いまここだけを見ている人がいたなら母の方が先輩のお友達に見えたはずだ、最初から見ていてもいつき先輩なら笑いながらそう言ってくるかもしれない。
「朝からごめんね」
「いえ、気にしないでください」
「じゃあみか、お母さんは淳ちゃんのところに行ってくるから」
「わかった、気を付けてね」
「うん、みかもどこかに行くなら気を付けてね」
すぐに興味を持ってすぐに失う……というわけではないものの、母はこういうところが多い。
申し訳ない気持ちになって再度謝ると「ふふ、謝ってばかりね」と余裕の態度に負けた。
「昨日、梶川先輩のお家でお泊まりをしたかったです」
「かと思えば急に甘えん坊になるから面白いわ、なにが起きても平気ですみたいな感じでいるのにね」
「私なんてこんなものですよ」
「別に責めているわけではないから勘違いしないでよ? ただ、これからどうするの?」
「どうしましょうか」
ここに来たのは、というか、今日も会えたのは母が興味を持ったからでしかない。
先輩からすれば連日、お家に来られて微妙だろう、お泊まりをしたかったなどと言っておきながら矛盾しているけどこれ以上のわがままは言えない。
解散にしたいということなら遠慮をしないではっきり言ってくれればよかった、逆にここでこちらに合わせたら私はまたやらかしてしまうから本当にそうしてほしい。
「みそラーメン――」
「大丈夫です、流石に一日も経過しないところで約束を破ったりはしませんよ」
一応、一か月ぐらいは自分が決めたことを守れるような人間のつもりだった、他者からすればあくまでつもりということで本当かよと言いたくなってしまうかもしれないだろうけどね。
「いえ、私が食べたくなったの、だから、付き合ってくれる?」
「梶川先輩が行きたいということなら付いて行きますよ」
でも、まだ開店していないということでとりあえず私のお家に移動することになった。
違う場所で済んでいるから当たり前だとしても最近は両親よりも先輩の方が多くここにいてくれている、これまでのことを考えればよく頑張れているということになる。
もっとも、やはり私が先輩にできたことなんてほとんどないけど。
「終わった後も言っただろうけどクリスマスの件、私は本当に悔しかったのよ?」
「急ですね」
先程も考えたようにもう二月になろうとしているところなのにクリスマスのことを出してくるとは面白い、が、表に出すぎてしまっていたのか「ちゃんと聞いて」と言葉で刺されてしまった。
「そのときだけではないわ、その後もいきなり帰ったりしたわよね」
「それは事実ですね、別に嫌だからというわけではなかったですけど」
他のメンバーとだけ盛り上がっているようなら私でなくても同じようにするだろう。
適当ににこにこ笑みを浮かべながら付き合えるようなメンタルの強さは私にはない、もし求めているのだとしたらやめた方がいいと言わせてもらう。
「なら今度からはやめなさい、帰られてしまった側は気になるものなのよ?」
「それなら昨日、露骨に受け入れてもらえなくて悲しかったですけどね」
「だって冷静ではなかったもの」
「冷静でした、それにあのまま梶川先輩に触れていたかった、なのに本当のところがわかってしまったみたいに駄目だと言われてしまって傷つきました」
んー触れていたかったなどと口にしている時点で相手からしたら冷静ではないように見えてしまうのだろうかと一瞬だけ考えてしまった。
ただ、本当のことを隠して嘘ばかりを重ねても不利になっていくだけだ、それなら本当のところを吐き続けた方が上手くいく気がする。
そもそも人間性というのもあって隠そうとしても隠せないというか、うん、そんな感じだ。
「とても傷ついているような顔には見えないけれど……」
「そういうところだけは無意識的に抑え込んでしまうというだけのことですよ」
「適当に言っているように見えてしまうわ……」
それは……まだ一緒に過ごせた時間が少ないからだ。
「いいですか?」
「駄目」
「なら帰ります、母に会ってくれてありがとうございました」
なんて、ここは私のお家だから帰るではなく逃げるが正しいけど。
今日は先輩がいても気にせずに床に寝転んで違う方を向いた、おじさんに拒絶されたときと同じぐらいとまではいかなくても微妙なそれが内を染めていてどうしようもないのだ。
正直、先輩的にラーメンなんてどうでもいいだろうから嫌だということなら帰った方がいい、その方が有意義な時間を過ごせるというものだろう。
「帰りますってここはあなたの家じゃない」
「……梶川先輩は意地悪です」
「なにが意地悪よ、普通の対応をしているだけよ」
その普通の対応とやらでこちらにどれだけ影響を与えるのかなんて――わかるわけがないか。
結局、受け入れてくれないのに何故かお家にいたままだったから最近で言えば一番、困った時間となったのだった。
「いつき先輩っ」
「おっとと、今日はどうしたんだい?」
「いえ、最近は少しだけ年上の人に甘えたいというだけです」
待った、やってから考えるのもあれだけど先輩が相手のときみたいにするのは危険ではないだろうか? その先輩にだって拒絶され続けているというのにいつき先輩からすればこんなことはない方がいいわけで、すぐに後悔をすることになった。
そのため、先輩が来てからは少し距離を作って二人を見ていた、相変わらず仲良さげで入り込めない感じすらする。
「よかったわね、とにかく一緒にいられる時間を増やすのが大切だと思うから」
「うん、でも、相手をしてもらっている側だから少し気になるのも確かだけどね」
「嫌なら嫌だと言うはずよ、それがないということは大丈夫よ」
「きょ、響子が僕に甘い……だと? これは今日の放課後には土砂降りだろうなー」
「素直に受け取りなさいよ……」
するではなくて事実そうか、でも、先輩も私と同じ立場なのだ。
届くことのないそれをどうやって片付ければいいのかを探しているはずだ。
ただ、私と先輩の違いはそこで出てくるわけで、足を止めてうろうろするしかない私とは違ってあっという間に片付けて前に進んでいくところが容易に想像できた。
おじさんも駄目、いつき先輩も駄目、先輩も駄目となったらもう誰もいない、理想とは真逆のことしか起きないまま一生を終えるのだ。
「露骨に黙るわね」
「仕方がないよ、後輩ということで中々難しいでしょ」
「でも、私もあなたも才木さんからすれば知っている人間なのよ?」
「それでもだよ」
内が暗い感情に侵される前に予鈴が鳴って離れることができた。
なんてそんなことはないけど、こちらが線を引かなくても相手の方が引いてくるからどうしようもないというのが現実だった。
だから拒絶してきたわけではないことを母にはわかってもらいたい、知りたいということなら全部吐くから勘違いをしないでもらいたい。
「待ちなさい」
「今日は大人しく帰ります、課題も出ているのでやらなければならないんですよ」
苦手な教科というわけではなくても得意ではないから早めに終わらせて安心したい、ぎりぎりまで頑張ると鞄にしまい忘れた! などということになるかもしれないから避けたいのだ。
幸い、もやしラーメンへの欲は落ち着いているから変な症状が出るわけでもない、たまには一人でゆっくりするというのも悪くはないだろう。
「また露骨ね」
「違います、ちょっと疲れたのもあるのでささっと終わらせて休みたいんですよ」
体育で動き続けたことで半分以上のスタミナが持っていかれた、その後に授業があったものだから物理的にも精神的にもやられた日となる。
そりゃ、誰かといられれば楽しいというのはわかっているけど、疲れているときに無理をすればお互いのためにならないからこうするのだ。
「それでは――なんですか?」
「待ちなさいと言っているでしょう?」
「別に不満があって避けているとかではありませんから」
なにを気にしているのか。
というか、最速で出てきたはずなのにこうして当たり前のようにいられるというのもそれはそれで複雑だった。
なので今度からはもっと早く移動しよう、などという無駄なそれが出てきてしまっている。
意外と負けず嫌い……? なのかもしれない。
「信じられないわ、だから付いて行ってもいい?」
「え、やめておいた方がいいかと、あそこにはなにもありませんから」
「はぁ、言うと思ったけどあなたがその態度でいる限りは付いて行くわ」
えぇ、本当に先輩は関係ないというのにどうしてこうなってしまったのか。
しかも帰路についている間、一言も発しなかったから初めて気まずいと感じた。
お家に着いてからもそう、ちくちく言葉で刺されるよりはマシだと言えるけど黙られてばかりなのも……。
「課題をやって」
「あ、はい」
まあ、先輩がいようとやらなければならないことには変わらないからやらせてもらおう。
集中しようと集中することで課題はすぐに終わった、やったのに忘れてしまったなどということにならないようにしまったうえにいつもの指差し確認をした。
「ご飯を作ります」
「ええ」
二十時には寝たいから早めでいい、先輩をお家まで送っても余裕があるのがいい。
ささっと寝て、回復させて学校に行くを繰り返せば三年間なんてあっという間に終わる。
「……嫌というわけではないのよ?」
「わ、包丁を持っていますから危ないですよ」
あれだけ拒絶してきていたのに急にこれ、それも後ろからなんてなにかイケない関係のように見えてしまう。
「調子に乗ってしまわないように気を付けているのよ」
「仮にその状態になってしまったとしても私よりは大丈夫なので気にしなくていいと思います」
「はぁ、才木さんは何故か私に甘いわよね」
とりあえず離してもらってご飯作りを終わらせた。
もちろん、この状態で自分だけ~とはならずに先輩の分も作ったから一緒に食べてもらった。
「ありがとう、けど、そろそろ帰らないといけないわね」
「泊まってください」
「あなた、変なところでスイッチが入るわよね」
「抱きしめてきたのは梶川先輩ですよ」
「なら……服を持ってこないと」
付いて行くと「少し待っていてちょうだい」とお家の中へ、寒いけどそこまでではないから薄暗くなった空に意識を向けていた。
風が少し吹いているのもあって余計な雲なんかがなくて月や星がはっきりと見える、が、本の中に広がっていた奇麗なそれとは違っていて少し寂しくもある。
一面に星、などといった感じなら、更に冬ということならテンションが上がっていたというのにね。
「お待たせ」
「いえ、帰りましょうか」
「ふふ、私はいま帰ってきたばかりなのにおかしいわね」
あ、考え事をしている間にどれぐらい時間が経過したのかはわからないものの、お風呂に入ってきたということがすぐにわかった。
泊まってもらえればそれでいいから特に拘りというのはないとしてもなんだかなぁと引っかかってしまいそうになることではある。
嫌なのかそうではないのかがわからない、調子に乗らないように気をつけているということだったけど本当にそこからきているのだろうか?
「お布団はないので梶川先輩は私のベッドで寝てください」
「あなたは?」
「掛け布団だけはあるのでこれを掛けて寝ます」
「風邪を引いてしまうわ、それなら一緒に寝ればいいじゃない」
「いえ、やめておきます、とにかくお客さんである梶川先輩はそこで寝てください」
枕カバーやベッドシーツなんかは洗えるときに洗っているから大丈夫だ、つまりお休みの日から数日は経過しているけど大丈夫……だ。
「あ、本を持ってきたんですね、いいですね、ゆっくり読んでください」
「あなたは?」
「私はもう寝転んでゆっくりしようかな、と」
歯も磨いてしまえばそのまま寝てしまっても問題はなくなる、それどころかいきなり寝ようとするのではなくて徐々に眠たくなった方が気持ちよくねられるというものだろう。
早すぎる時間に寝ることで早すぎる時間に起きてしまうということでも構わない、その場合でもごろごろとしていればあっという間に動く時間はやってくる。
「それなら私もそうするわ」
「え、まだ十九時にもなっていないんですよ?」
「そのままあなたにお返しするわ」
「本を読んでください、それかもしくはやりたいことをやってください」
私はそんなところを見ながら夢の世界へと旅立つのだ。
多分、最近で言えば一番幸せな時間となる、これは私だけが得をするというわけではないのだからそうしてほしかった。
「ほら、電気を消すわよ」
「お婆ちゃんなんですか?」
「それは私にもご老人の方にも失礼な発言ね」
「というか、どうして床に寝転ぼうとしているんですか?」
ベッドは横にあるのにおかしい。
「え、そもそもあなたは本気でここで寝ようとしていたの?」
「え、はい」
「はぁ、それなら同じようにするしかないじゃない」
「よくわかりません、それと歯を磨いてきます」
「私はもう磨いてきたからすぐに寝られるわ」
そうか、意地を張りたいときが今更きたのだ。
それに上手くいかない現実を前にどうしても吐き出しくなるときというのは誰にだってあるわけで、これはそういうところを見せてくれているのだと考えてしまえばいい。
なら悪いことばかりでもないなといい気持ちで歯を磨いてお部屋に戻る。
「え、うつ伏せで寝転んでどうしたんですか? 苦しくなりますよ?」
「寝る前は必ずこうするの、特になにがあるというわけではないけれど」
ならと少しだけ真似をしてみたら意外と落ち着けたので続けた結果、腰が痛くなるという微妙なそれで終わってしまった。
もう二十歳が近いのもあって段々と衰えていることがわかって更に微妙な気持ちになった。
あとは冬ということと、そもそもの考えとして運動を積極的にやりたくないという二つが合わさって体力が落ちてきているというのも問題なのだ。
……温かくなったら運動をしようと珍しく動くことにしたのだった。
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