05話

「いらっしゃ……みかか」

「うん」


 遠回りをしても仕方がないからこの前はごめんと注文する前に謝った。

 お店的には始まったばかりだから私達以外には誰もいない、まあ、それを狙ってここに来たのだから当たり前とも言える。


「じゃあもやしラーメンを一つお願いします」

「じゃあ……って切り替えるの早すぎないか?」

「だって続けてほしくないでしょ? だからこそおじさんだって私をあのとき止めたわけだし」


 短期間で同じような失敗を繰り返す人間ではないから安心してほしい。

 適切な距離感に戻せばお互いに気持ちよく過ごせる、おじさんはラーメンを注文してもらえるし、私は大好きなもやしラーメンを食べられるのだ。

 

「まあ……それはそれとして、三人に増えていたから驚いたぞ」

「ああ、行ってみたいってことだったからね」

「しかも普通に話しかけてくるしな、コミュニケーション能力に自信がある人間ならそんなものかね……っと、いま作るから」

「うん、早く食べたい」


 食べたら……どうしようか? 今日は特に約束もしていないし、どこか行きたいところなんかもないから外をうろちょろしておくというのも微妙だ。

 仲直り的なことができたからってずっとここにいるわけにもいかない、家で大人しくしておけということなのだろうけどそれもうーんという感じで……。

 流石に食べているときは切り替えて向き合っていたものの、お会計を済ませて出ることになった途端に寂しくなってしまった。


「あれ、珍しいこともあるものだね」

「いつき先輩」

「おっと、どうしたどうした、そんなに僕に会えて嬉しかったのかい?」


 おっと、勢いよく近づきすぎたか。

 少しだけ距離を作ってから挨拶をしたら「おはよう」と返してくれた。


「響子と約束なんかはないの? 連絡先を交換できていないとか?」

「はい」

「なら僕が教えてあげよう、大丈夫、相手が才木ちゃんなら許してくれるさ」


 渡した方がすぐに終わるだろうからと渡すと「わかった」と受け取ってくれた。

 少し待っていると「できたよ」と、一応確認をしてみるといつき先輩のアカウントも登録してあってつい本人を見てしまう。


「響子が興味を持った子に僕も興味があるからね」

「そうですか、なら連絡がくるのを待っていますね」

「えーそこは才木ちゃんの方から送ってきてくれよー」

「いいんですか?」

「いいんですかって、自ら登録しているぐらいなのに駄目とか言ったらアホじゃない?」


 アホとは思わないけど確かになんのためにしたのだろうかと考えてしまう件ではある。

 あ、ただ、勝手に先輩のアカウントを知ってしまったことになるのがこの先、どう影響を与えるのかが気になり始めてしまった。


「今更ですけどこれ、大丈夫なんですかね? 梶川先輩に怒られたりとか……」

「他の女の子に教えたことがあったんだけどそのときは怒られたよ、でも、今回は才木ちゃんだから大丈夫――」

「謝ってきます」

「なら僕も行こう」


 インターホンを鳴らしてから出てきてくれるまでの間が心臓に悪かった、どちらかと言えば冷たいように見える本人の顔を見られたときには余計に悪くなったけど。

 実際にソレを見せながら謝る、するとにこりと笑みを浮かべて「気にしなくていいわよ」と返してくれたものの、更に駄目になった。

 二人が会話をしている最中、冬の冷たさとは別の理由でぷるぷると震えていた。


「ん? もしかしてあそこに行ってきたの?」

「はい、だって謝る約束をしましたからね。結局、送った後に、は無理でしたが」


 あの日、先輩を送ってからお店に行ってみたらお客さんが沢山いて話せるような余裕がなかったのだ。

 土曜日までの平日も色々と悪いことが重なって無理になったから時間がかかってしまったことになる。

 それでもちゃんと約束を守ったというところを評価してもらいたかった。


「なので梶川先輩はいつき先輩から逃げないでくださいね」

「すぐにこれ……」

「仕方がないですよ、だって私の問題は解決したんですからね」


 自分だけ相手の言った通りに動くことになって嫌というわけではない、本当に後は先輩のことだけだから口にしているのだ。


「そもそも最近はいつきから逃げていないじゃない」

「本当ですか?」「ほんとぉ?」

「本当よ、いつきもからかわないで」

「はは、ごめんよ」


 そのまま上がらせてもらうことになったものの、今日は諦めるつもりはなかった。

 この件が解決すれば特になにもない限りは仲良くできるのだ、それならチャンスを無駄にするわけにはいかない。


「梶川先――」

「おっと、僕はそろそろ行かなければならないところがあるから失礼するよ」

「いつき先輩はすぐに帰ろうとしないでください」


 二人きりでなければできないということもないし、先輩のお友達だからこそわかっていることも多くて支えになるわけで、その人が早々にいなくなってしまっては困るのだ。


「はは、理由もなく外に出ているわけがないだろう? 元々、僕はこことは違う場所に行こうとしていたのさ」

「え、それはすみません」

「いやいや、ここに行くことを選んだのは僕だからね、才木ちゃんが悪いわけではないさ」


 そう言われてしまえば止めることもできなくて出ていく背中を見送ることになった。


「才木さんはプリンって好き?」

「好きですけど凄く急なので驚きました」

「暇だったから作ってみたの、食べてくれる?」

「はい、いただきます」


 おお、お店の物ともあまり変わらない感じ、色々と作れるのはすごいな。

 私は新しい料理を作ってみようという考えにはならないから見習いたいところだ。


「どう? カラメルは苦くない?」

「はい、お店で売っているプリンみたいで美味しいです」

「それは言い過ぎよ、でも、ありがとう」

「ただ、もやしラーメンを食べてきた後なので少し心配になります」

「大丈夫よ、あなたは十分細いわ」


 一応、意識をして動いているからで、もし食べてすぐにぐうたらするような人間だったらと思うとまた震えてきた。

 でも、美味しい食べ物を美味しいと喜びつつ食べるためにも一生涯、これを繰り返さなければならない、頑張らなければならない。


「んん」

「どうしたんですか?」


 ぴったりとまではいかなくても横に座ってきて近い感じ、いつき先輩もそうだから影響を受けてしまったのか、与えてしまったのか、というところだろうか。


「いえその、見ていい?」

「え?」

「だ、だってあなたは何回もあのお店に足を運んでいるのよね? それなのに細いままってずるいじゃない」

「いえあの、だからってなんでそこから見ることになるのかがわからないで――あー」


 何故私は同性にお腹を見せているのか、そして先輩のその顔は真剣すぎた。

 そのままの状態で「細いわね」と、少ししてから「奇麗ね」と重ねてきたけど、前者はともかく奇麗という方には同意できなかった。

 これは汚いからというわけではなくてただの普通のお腹だからだ。


「ただ、下着が気に入らないわ」

「安価の物で十分ですよ」

「いまから買いに行きましょう、大丈夫よ、お金なら出してあげるから」

「いや、別に必要としていないので――あー」


 なにが先輩をそうさせるのか。

 お家というか屋内に移動できて温かったのにまた冷える結果となった。

 ちなみに下着を選んでいる間もやたらと真剣な顔で声をかけることもできずにただ隣に突っ立つことになって微妙な時間となった。


「これがいいわね」

「はあ、え、買いませんよね?」

「買わないのに選んでいたらアホみたいじゃない、買うわよ」


 え、困る。

 が、お金を払えないからと何度も言っても言うことを聞いてもらえることはなかった。




「さっきも見たけど完璧ね」

「……そういう趣味を見せるのは仲がいい人が相手のときだけにしておくべきだと思います」

「なにが趣味よ、もったいないからよ」


 場所は梶川家、ではなくて才木家となっている。

 ただ、ここに来た途端に脱がされて困っているというのが現状だった。


「あの子と身長もそう変わらないのにまた違った魅力があるのよね、どこが影響を与えているのかしら……」

「あの、服を着ていいですか?」

「待って、細いからというわけではないわよね……」


 なんの時間だ、そういう趣味はなくてもこちらも見ることがなければ不公平ではないか? とおかしくなっていく。

 ぶつぶつ呟きながら油断している様子だったので両肩を掴んでこちらに意識を向けさせる……ことができなかった、どれだけ真剣なのかと呆れてしまう。


「ああ、単純に私が才木さんのことを気にしているからね」

「自己解決したのはいいんですけど、私はここからどうすればいいんですか?」

「なにがしたかったの?」

「……普通に聞き返されても困ります」

「いいから言ってみなさい、内容によってはその通りに動いてあげるわ」


 馬鹿らしいけど、もうどうでもよくなっているけど反対を向いてから同じように見せてもらいたかった、そうしないと不公平だということを吐いておく。

 うん、改めて考えてみなくても馬鹿だ、ただ、先輩が変なことをしてくるからこちらも影響を受けてしまったということで私だけが悪いわけではないと思うと勝手に人のせいにしていた。


「仕方がないわね」

「い、いいですいいです、ちょっとおかしくなっていただけなので」

「そう? ならやめておくわ、意味もなく見せつけるような趣味もないもの」


 よかった、仮にそのような趣味があったのだとしたら痴女扱いをしなければならなくなる。

 これから仲良くなりたいと考えている相手がそういう存在だったら嫌だろう。


「で、こっちが解決したのはいいけどあなたは油断ならない存在ね、気づけばあの人のところに行っているんだもの」

「仲直り的なことができればこんなものですよ」

「ご両親のお友達さんなのよね? それだったらあの人の才木さんに対する態度もおかしなものではないし……複雑だわ」

「そういうことに関してはありえないので大丈夫ですよ、はっきりと迷惑そうな顔をされましたからね」

「それって未成年と成人した人間ということを気にしているだけじゃない、その壁がなければ才木さんのことを彼女として迎え入れているわよ」


 壁がなければ尚更、私は選ばれない。

 だってそうだろう、若い子でも問題ないということなら今日で言えば先輩やいつき先輩を、それ以外で言えば街中ですれ違う子を選んでいる。

 魅力がゼロと自分を下げるわけではないものの、多くの魅力的な要素を備えている子達に比べたら選ばれる可能性は、うん、というところで……。


「そもそもこの子も困ったものね、『付き合いたい』なんて簡単に言うべきではないわよ」

「実際、おじさんが相手なら楽しく過ごせると思っていたので」


 もやしラーメンをただで食べられるようになるかもしれないなどという汚い考えは微塵も存在していなかった、受け入れてもらえないから意地になっていたというわけでもない。

 全く知らない年上の人ならあれだけどよく知っている人で優しくしてくれるからこそよかったのだ、まあ、学校で友達的存在とあまりいられていないというのも影響しているかもしれないものの、なにもそれだけではないから問題もないだろう。


「確かに年上というのはよく見えるものよね、自分をよく知ってくれている相手だというのも大きいと思うわ。でも……」

「とにかく、その件なら心配をする必要はないです」

「というか、さっきから当たり前のようにスルー……ではないけど気にならないみたいな言い方ね、あなた、相手が同性でもいいの?」

「その人のことを好きになったら同性とか異性とか関係ないと思います」


 その程度かと言われてしまうかもしれないけどおじさんが無理なら他を探すしかない。

 これでも一応、女で乙女だ、恋に興味がある、誰ともお付き合いをできないまま死を迎えたくない。

 だから先輩が私が相手でも頑張れるということなら、仲良くなりたい気持ちがあるこちらとしてはありがたいというか、うん。


「へえ、大丈夫なのね」

「一度も恋をしたことがないですがそういうつもりでいます」

「なるほどね」


 先輩もいますぐになにかが変わることではないとわかっているのか「お菓子でも食べましょうか」とこの話を終わらせた。

 私はラーメン及びプリンを食べているということで流石に今回は食べないでおいた。


「さてと」

「あの、この下着のお金はどうすればいいんでしょうか」


 お金はある、だけど本当に好みとかそういうのがないから払いたくないというそれがある。


「プレゼントよ」

「でも、私は梶川先輩になにもできていません」

「それなら、とはならないわ、一緒にいてほしいと頼むのも違うし」

「あ、もやしラーメンを――」

「みそラーメンね、奢ってもらうことはしないけれど」


 先輩なら素直に求めなさそうだと考えていたものの、いざ実際にそうなってしまうとどうにもならない感が凄くなって駄目になってしまう。

 そもそもの話としてできることが少ないというのも影響していた


「なら無理そうです……」

「きょ、極端ね」

「梶川先輩もいつき先輩もそういうところでは意地悪です」

「求めすぎる人間よりもいいじゃない」


 いやそれよりもだ、同性からとはいえ買ってもらった下着を着用しているということを考えたら恥ずかしくなってきた。

 そういうのが表に出すぎていたのか「気にしすぎよ、十分似合っていたわ」と変な勘違いをされてしまう。

 お店で売っているぐらいなのだから、いつもの安価なそれと違っていいお値段がする商品なのだから価値が高いのはわかっている、でも、それを私が貰うことになったことと、私に合うかどうかは別なのだ。


「あの、やっぱり送った際に置いて帰ってもいいですか? いやほら、梶川先輩が買ってくれたということはこれは梶川先輩の物でもあるという――」

「もしあなたの言う通りにしたら変態みたいになってしまうわ」

「なら……今日ここでなにかを求めてください、そうしないとここから梶川先輩を帰せなくなってしまいます」


 こちらが攻め攻めな状態でいるのが理想だったのに真逆の結果となってしまっていた。

 確かに私は先輩の言うように断れない人間なのかもしれない、まあ、その心配をしてくれていた先輩が原因でもあるから余計に難しい状態になってしまっているということだ。


「あら、それなら才木さんといられるということで私としたら得よね」

「抱きしめるとかどうですか?」

「大丈夫? だいぶ混乱しているようね」

「……ちょっと誰かに触れて落ち着きたいというのもあるんです」


 拘束ではないけどぎゅっと抱きしめられていたら余計なことを考えなくて済むというのが大きいと思う。


「わかったわ、はい、きなさい」

「え、梶川先輩からしてくれるんじゃないんですか?」

「あら、甘えん坊さんなの? いいわ、ほら」


 お、おお、お家から帰る前に母がしてくれたときのような温かさがそこにあった。

 下手をすれば何回も求めてしまいそうになる感じ、だけどできれば一方通行であってほしくないというそれ、相手にも同じようなことを考えてほしい。


「淳さんと仲良くしないでほしいの」


 おじさんの前ではなくてよかったと心の底からそう思った。

 だって名前で呼ばれたら一気に変わってしまいそうだし、迷惑をかけるだけだからと諦めたいまとなっても楽しそうにされていたら面白くないからだ。


「それなら毎回梶川先輩が付き合ってくれるんですか?」

「こそこそされるぐらいならその方がマシね、ただ、一か月の間に何度も……というのは少し厳しいわ。大学に通うためにお金を貯めなければならないから」

「なら一か月に一回だけにします、頑張ります」

「それは無理でしょう? また弱ってしまうからやめておきなさい」

「お礼……というわけではないですけどいま仲良くなりたいのは梶川先輩なので」


 残ってもらえるかどうかは私次第だから頑張らなければならない。

 幸いなのはいつき先輩との件が解決してもこうしていてくれているということだ、いまは興味を持ってくれたままでいるからチャンスはまだまだ貰えていることになる。

 活かせるかではなく活かさなければならない、先輩との繋がりがなくなってしまえばいつき先輩ともいられなくなってしまう。

 ただあのお店に通い続ける三年間というのも悪くはないけど学校で出会った存在といられた方がいいのは確かだから。


「駄目ね、ずっとこうしていたくなってしまうわ」

「両親が帰ってくるわけではないのでそれでもいいんじゃないですか?」

「駄目よ」

「ならお泊まり……とか」

「それにしたってずっとくっついているわけにはいかないでしょう?」


 こちらを離してから「だからここでやめておくわ」と。

 これだと触れてみたら本当のところがわかって嫌になったみたいに見えてしまうからやめてほしかった。

 でも、口にしていないだけで相手に求めてばかりだったため、無理やり内側に抑え込むしかなかったのだった。

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