04話

「学校だー」

「あなた、たまに子どもみたいになるわね」

「梶川先輩に比べたら子どもですよ」


 冬休みは終わってしまったけど嫌というわけではなかった。

 やらなければならないことがある方がいいのと、先輩と会えるのも現段階では学校限定であった方がいい気がするからだ。

 教室に安定して話せる子がいないということは気になるものの、まあ……卒業までにはそれっぽい存在ができると信じている。


「お昼だー」


 今日は教室で食べたい気分だったから袋から取り出してお弁当箱を机に広げていく。

 彩を求めるのはもうやめていた、だからここには好きな食べ物しか存在していない。

 多分、私が頑張るようになるのは特別な存在が現れたときだけだ、ということはおじさんに対してはそこまでではなかった? ……いや、向こう的にありえないという話だから勘違いをしてはいけないか。


「失礼するわ」

「後輩の教室とはいえ、よく入ってこられますね」


 用があれば他クラス、他学年のところにだって行けるけどなにもなければ流石に私でも無理な行為だと言える、というか、そんなに必死にあの人から逃げてどうするのかという話だろう。

 いま先輩がしなければいけないのはあの人とちゃんと話し合うことだ、話し合えば疲れることをしないで済むようになる、あれを聞いても先輩に対してなにもないという風な考えにはなれなかったものの、あの人だって勘違いで逃げられていたら困ってしまうはずだ。


「そんなの余裕よ」

「ならあの人のところに行きましょう」

「意地悪ね……」

「梶川先輩のことをほとんど知りませんけどなんからしくない感じがするんです、こう……苦手な相手がやって来ても笑みを浮かべて対応できるのが梶川先輩らしいんです」

「それは才木さんが高く評価してくれているというだけよ」


 この人は〇〇であってくれるという願望の押し付けにしかなっていないということか。

 どちらにしろご飯を食べ終えるまでは移動はしたくないから少しの間、黙って食べていた。

 でも、そこまで間違っているとは思えなかった、理由はこうして全く知らないと言ってもいいぐらいの私にも普通に対応することができることからだ。


「さて、食べ終えたところで行きましょうか」

「はい――あ、ごめん」

「別に」


 そんなに狭くない場所でどんな偶然なのか、ただ、いつでもなにかがある、誰かがいるつもりで動かなければならないということですぐに謝罪をしておいた。

 上階に移動して先輩のクラスに着くとでろーんとなっているあの人が――早く自己紹介をしてくれないだろうかとは思いつつも、うん、休んでいた。


「はぁ……なにをしているのよ」

「あ、おかえり。ちなみにこれは疲れたからこうしているだけだよ、心配をしてくれてありがとう響子ちゅあん」

「他の子に迷惑がかかるからやめて、やるにしても空き教室でやりなさい」

「はーい」


 空き教室に移動すると今度は贅沢に椅子を三つも使用して即席のベッドを作っていた。

 少し厳しいように見えても先輩も近くに座って意識を向けている、ツンデレとまではいかなくても素直になれないだけで面倒くさいことになるのだぞと教えられているような気がする。


「才木くんちょっと来て」

「はい」


 そういえばこの前からそうだけど何気に男の子扱いをされているのだろうか? それとも才木と呼び捨てにするのも微妙だから無理やりくっつけているだけなのだろうか? 後者なら悪くはないものの、色々なところが成長していなくて男の子扱いをされているのだとしたら普通に悲しい結果だった。


「いい? 僕の名前はいつきだからね? うん、ひらがなだから覚えやすいね」

「わかりました。それでいきなりで悪いんですけどいつき先輩にはしてもらいたいことがあるんです、それは梶川先輩の逃げ癖をなくす、ということですね」

「あー確かに最近は響子、僕から逃げているよね」


 相手にわかられてしまっているぐらいに露骨というのはよくないだろう。

 仲良くなれるかどうかはここが上手くいくかどうかで変わってくる、と言うよりも、私と過ごしたくて来てほしいから頑張れなければならないのだ。


「べ、別にそういうわけではないのよ? 私はただ才木さんとも仲良くしたいだけで」

「それなら尚更、いまの状態を変えなければ――い!?」

「大声を出してどうしたの?」

「い、いえ……」


 ま、まさか物理攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかったから二つの意味で驚いた。


「ふぅ、休憩はできたから私はもう行くよ。あ、困ったらいつでも言ってね」

「え、まだいてください」

「うーん……ちょっとやりたいことができたから無理かな、ごめん」

「そうですか、それならなにかがあったらお願いします」


「あいよー」と残していつき先輩は歩いていった。

 意識を向けてみるとどこか不満気な顔の先輩の顔、逆にいつき先輩と仲良くさせてもらうことで内にあるなにかを煽れたりはしないだろうかとわくわくし始める。


「はぁ、まさかこんなに早いタイミングで裏切られるとは思っていなかったわ」

「でも、いまのままだと嫌です、だって逃げるために私のところに来ているということじゃないですか」

「別にそれだけのためじゃないわよ……」

「信じられません、だから普通に仲良くしてもらいたかったんです」


 お互いのためにならないからと言っても届くことはなかった、ここがなんとかならない限りは誰にとってもデメリットしかない時間を過ごすことになるというのに。


「そもそもなに名前で呼んでいるのよ」

「呼べって言われたら呼びますよ」

「はぁ、心配になるわ」


 む、八つ当たりはやめてもらいたい。

 が、その後も同じようなテンションで早速いつき先輩になんとかしてもらいたくなってしまったのだった。




「なるほどね、だけど頼まれて受け入れたなら才木くんは響子の求める通りに動いておいた方がいいと思うよ」

「でも、それだといつき先輩は逃げられ続けるんですよ? 大好きな梶川先輩と距離ができてもいいんですか?」

「少し悲しいけど無理やり一緒に過ごさせるようなものじゃないよ」


 好きだからこそやりたいことをやらせてあげたいという考えなのだろうか? どんな理由からであれ、いつき先輩がこのスタンスでいるなら私にできることはいま言われた通り、先輩に協力をすることだけだ。


「それより響子から才木君に連れられて美味しいラーメン屋さんに行ったって聞いたんだけど、私にも教えてもらえるのかな?」

「わ、わかりました」

「ん? なんでそんな顔をするんだい? あ、はは、響子と二人で行った場所だから他の人間には知られたくないんだね?」

「違いますよ、それなら今日の放課後に行きましょうか」

「ありがとう、大丈夫、絶対に響子を連れてきてあげるから安心してよ」


 いや、別にそこは重要ではない、と言うよりもいまの先輩だと……。


「やっぱりあなたは心配になるわ、頼まれたらなんでも受け入れるの?」


 いつき先輩がトイレで離脱している最中に言われたことだ。


「そういうわけでは。でも、あそこに行きたがっていましたし、勘違いをしてほしくなかったんです」

「そう、とにかく無理をしないこと、いい?」

「はい」


 なにも難しいことをするというわけではないのだ、ただお店に行ってなにかを注文をして食べるだけ、もの凄く緊張してしまうタイプの人だったら難しいかもしれないけど私には当てはまらない。


「お待たせ、結構格闘することになっちゃったよ」

「行きましょうか」

「行こう」


 学校からそう距離もない、すぐに寒い外から店内に移動することができた。

 中途半端な時間にお店を開いてくれているのはいいものの、その分、疲労が溜まりそうで心配になる。

 まあ、大人ということで上手く管理できているだろうから余計なお世話というやつだけど。


「響子おすすめって――」

「みそラーメンね」

「お、おう、えらく食い気味だね」


 とりあえずなんでもいいから注文をして食べるターンにしたかった。

 それでもすぐに決まったらしいので今回は注文を任せた、運ばれてくるまでは適当に違うところを見ていた。

 よく考えて見なくてもおじさんだけでやっているということは混んでしまったら物凄く大変になって体を壊してしまうかもしれないからこれでよかったのだ。

 お店を続けられているならいちいちこちらが余計なことを言う方が間違っていたことになる。


「静かだね」

「才木さんは元々、こんな感じよ」

「おっと、才木くんのことをよく知っているんだねぇ」

「知らないことも多いけどわかっていることはあるわ」


 というか先輩、逆にいつき先輩がいるところではらしい感じになるな。

 料理が運ばれてきてからは尚更、いつものお姉さんみたいになった、この先輩が好きだからいつき先輩にはずっといてもらいたい。


「それより才木さん、あれは……」

「いつものおじさんですね」

「なんか元気がないように見えるけど……気のせいかしら?」

「普通ですよ、真面目なだけです」


 後ろ姿を見られただけで元気がないなどと判断をされてしまったら可哀想だ。

 色々とやることがあるというだけ、私達が来たから中断することになっただけで必要なことを終えたらまたお客さんが来たときのために準備をするというだけのことだ。


「あのーちょっといいですか?」

「美味しくなかった……とか?」

「いえ、響子から聞いたんですけど才木くんと仲がいいんですよね?」


 ここでもくん呼び、なんでもっと育たなかったのだろうか……。


「えっと、まあ……そうなるかな」

「そうなんですね、いやー全く話していなかったのでものすごい徹底ぶりだなーと思いまして」


 ではなく、こちらのことで動いてほしいわけではないからやめてほしかった、が、都合が悪くなったときだけ動いてほしいと考える性格の悪さが出てきて止められなかった。


「こら、邪魔をしないの」

「僕だったら話せる相手がいればお店で働いていようと話しかけるけどなーって話だよ、忙しそうなら挨拶だけに留めるかもしれないけどそうじゃないのに挨拶すらなかったからさ」

「じゃ、邪魔をしたくなかったのよ、ねえ?」

「はい」

「そういうものなのかー」


 先輩も巻き込まれることになって面倒くさいだろうな。

 ただ、きっかけを作ったのは私だから誰が悪いのかがはっきりしているのはいいはずだった。




「あれはなにかがあったね、響子はどう思う?」

「詮索しようとしないの、あなただってズカズカ踏み込まれたくはないでしょう?」

「特にないけどねー。というか、結構響子の方が下手くそだったよね、あれじゃあなにかがありますよと言っていたようなものだよ」

「ふぅ、別になにもないわよ」


 ま、知っている身としてはペラペラ話すわけにもいかないか、響子がそういう人間であってほしくないと思っているから悪くない結果ではある。

 でも、一応関わっている身としては気になってしまうわけだ、これなら本人に直接聞いた方がすぐになんとかなりそうだった。


「ま、それはまた明日にして、ふっふっふ、今日も響子成分を補充しないとね」

「なにを……って、あなた、才木さんにあんなことを言っておきながらこんなことをするのね」

「やだなーただ抱きしめているだけでしょー?」

「中途半端な態度はやめて、というかあの人とはどうなったのよ?」

「そっちは全然だよ」


 こちらにやりたいことがあるように向こうにもあるから仕方がない、また、なにもなくてもコントロールをできるわけではないからこれが普通だ。


「さて、流石にこれ以上はやめておくよ」

「ええ、そうした方がいいわ」

「ちょっと公園に寄ろうよ」

「いいわよ」


 この公園は響子との思い出がある場所ではない、件の人ともない。

 そもそも僕は途中からこの県に引っ越してきたばかりだからまだまだ知らない場所ばかりだ、この公園も大雑把にはわかっているけどそれだけだ。


「響子はさ、才木ちゃんと仲良くしたいんだよね?」

「ええ、だけどあの子はあなたから逃げるためにだけ来ていると思っているみたいなのよ」

「事実、近づくようになった理由はそれだから間違っていないんじゃない?」

「はぁ、わかってもらいたいけどしつこくするとそれはそれで距離を作られてしまいそうだわ」

「それはないんじゃないかな」


 たまに嫌そうな顔になっていたものの、あの子は最後まで彼女に付き合っている。

 途中で帰ったりしたのも嫌になったからではなく、空気を読んでくれただけだろう。

 ああいうタイプとよく関わってきたからわかるのだ、そして落ち着く存在でもあるからこそ名前で呼ぶように求めた。


「あなたって色々な子にそれっぽいことをする子よね」

「やだなーまるでフラグ建造マシンみたいじゃん」

「同じようなものよ、ちゃっかり名前で呼ぶことを求めて」


 彼女はこちらの腕を掴んでから「先に出会ったのは私なのに複雑よ」と、だったら云々とぶつけてみると「それはそれで引かれそうで怖いわ」と弱気なところを見せてくれた。


「なにそれ、響子らしくないじゃん」

「あなたが相手の場合とは違うわよ、後輩ということも影響しているわね」

「そういうのは駄目だよ、それって響子が勝手に線を引いちゃっているだけだよね?」

「ふふ、あなたにもっともなことを言われると少し複雑だわ」

「なんでだよー……はいいとして、いまから才木ちゃんの家に行ってきたらどう?」


 よいしょっととベンチから立ち上がって響子に近づく。

 二人の話をしていたらこちらが会いたくなってしまったのだ、だからこれは別に変な行為というわけではないから勘違いをしないでほしい。


「今日はいい――お、押さないで」

「いいからいいから」


 ま、先程別れたばかりだけどあの子なら受け入れてくれるはずだ。

 というか、あの人の方が大丈夫なのかが気になってそれどころではないのもあった。




「はい――あ、梶川先輩」

「ご、ごめんなさい、ただ、少し話し足りなくて……」

「わかりました、それなら上がってください」


 いつもと違ったのは先輩だった、という話か。

 もっとも、特になにかがあるわけではないからこれはありがたいぐらいだった。

 多分、いまの状態ならちくちく言葉で責められるようなこともないだろうからいい。


「どうぞ」

「ありがとう」


 とはいえ、来てくれたのは嬉しいけどどうしたらいいのかがわからないのも事実だった。

 一人で過ごしているときみたいにごろごろするのも違うし、積極的に話しかける私もらしくない、相手が話してくれるのを待っていると変わらないというのが現実だ。


「えっと、とりあえずあの人の名前を教えてもらってもいい?」

「淳さんです、漢字はこうです」

「全然知らないけど今日ね、過去二回とは違った感じがしたのよ」

「でも、仮になにかがあったとしても私は関係ありませんよ?」

「そんなのわからないじゃない」


 おっと、まだこれを広げようとするのか。

 距離を置いた方がいいと言ったのは先輩なのに矛盾してしまっている、それに私が原因でああなっているんだ! とはならないだろう、余計なことをしたのは本当のことだけど。


「それこそ仲直りだけはしておいた方がいいわ、つまり人の心配をしている場合ではないということね。もやしラーメンだって気持ちよく食べられないのよ? それだと影響が出るでしょう」

「う、ここでもやしラーメンのことを出すなんて梶川先輩は意地悪です」

「ふふ、元には戻らないとしてもちゃんと元通りにしようとする努力が必要だということよ」

「梶川先輩が言わないでください」

「この点に関しては私が有利ね」


 いつも通りに戻ってくれたのはありがたいけどそれならそれで負けることになるとわかった一日となった。


「そもそもこのままだと困るのよ」

「確かに中途半端になってしまいますからね」

「それが大きいけどそれだけじゃなくて、才木さんに勘違いをしないでもらいたいからよ」

「時間が経たないと変わりませんよ」

「ふふ、またこうなったわね」


 それはそうだ、なにも変わっていなければ口にしたところで前には進めない。

 ただ、それをわかっていても口にしていくことで多少の変化を狙っている、というところだろうか? まずは出してみないと始まらないことというのもあるから間違っているわけでもない気がする。


「わかりました、それなら梶川先輩を送った後に謝りに行ってきます」

「それなら私も――わかったわ、けれど遅くなったら危ないからすぐに行きなさい」

「いいですよ、梶川先輩は自分の性別を考えてください」

「あ、あなただって女の子じゃない……」


 そのつもりではなくて実際に女だけどただの意地だった。

 あとは少しの逃げたい気持ちからきているものの、いまの状態が嫌なのも確かだからこの際に動いておくのが一番というやつだった。

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