03話

「いらっしゃい」


 意識を向けてみると偶然……なのかどうかはわからないけど先輩が立っていた。

 先輩は横まで歩いてくると静かに椅子に座る、今回はメニューを見ることもしないで「みそラーメンをお願いします」と頼んでいた。

 私はなにもないものだと諦めていたけどそうではないのかな?


「あの、食べ終えたら才木さんを借りてもいいですか?」


 本人に聞くのではなくて彼に聞くところが面白い、彼だってこうなれば「みかがいいならいいと思うぞ」と言うしかなくなる。


「ありがとうございます、才木さんはどう?」

「わかりました」

「ありがとう」


 先輩とは関係ないけど昨日のなにかしてやるという件は頑張ってなにもさせないようにしておいた、そういうのもあってできれば一日ぐらいは行くのをやめたかったものの、食べたくなってしまって結局ここに行くことを選んでしまったのだ。

 こちらはもう食事を終えているからどこかに行くことになっても構わない、いや、こうして来ているのに逃げ続けているこちらとしては連れ出してくれた方がありがたかった。


「今日も美味しかったです」

「ありがとうございます」


 お店側の人としては普通なのだとわかっていても敬語を使っていることが違和感でしかない、だからついつい笑ってしまいそうになるのを抑えてお会計を済ませて外に出る。

 低めに設定されているものの、外と比べたら温かいことには変わらない、つまりその差にやられそうになってしまった。


「安心してちょうだい、今日はあの子、いないから」

「いても大丈夫ですけどね」

「そんなことを言っているけどこの前は帰ったじゃない」

「あ、大好きなもやしラーメンを食べたくなったというだけですよ」


 あれ、それでも不満気な顔をしている。

 あと、私がまるでお友達みたいな感じで接してくれているけど何故だろうか? 嬉しいけどなんでなのかとなってしまうのもおかしくはないはずだ。

 

「ちゃんとお店に寄ったの?」

「寄っていませんが」

「ほら、影響を受けたってことじゃない」

「今日の私を見ればわかるはずです」

「わからないわよ」


 自分に少しぐらいは原因が……あるのかどうかはわからないものの、今日の先輩は少し冷たく見えてくる。

 私だって横着をしようとはしていなかった、時間をかけて知ってもらおうとしていたのにいきなり言葉で切り捨てられてしまったらどうしようもない。


「まあいいわ、いまから私の家に来てちょうだい」

「はい」


 まず屋内に移動できたということがいい方向に働いた、先輩も先程よりはお家ということも影響して落ち着けたのか柔らかく感じる。

 この貰った紅茶も役立ってくれている、先程よりも悪くなることはなさそうだった。


「私はね、このチャンスを無駄にしたくないのよ」

「チャンス?」

「私達が出会ったのは本当に偶然だったわ、でも、悪い方に捉えるならともかくいい方に捉えるのであればいいでしょう?」

「あまり期待をしすぎるのも危険だと思いますよ」


 言ってしまえば現時点での私は一般通行人と変わらない。

 たまたま近くを通ったというだけだ、本当ならそのまま関わらないまま終わっていく中で声をかけられたというだけで。


「……なら仲良くしたいあなたにだから言うけど、私はあの子から離れたいのよ」


 こちらの腕を掴んでから「それができるなら細かいことはどうでもいいの、悪いことをしているようなら駄目だし、するつもりもないけれど」と重ねてきた。


「なんでですか? 普通に仲良さそうでしたけど」

「だからこそよ」

「私からすれば損なことはなにもないのでいいですけどね」


 とかなんとか言いつつ、やったと喜んでいる自分ばかりだ。

 まあ、やっぱり自力でなんとかできるのが一番だけどそうできるときばかりではないから甘えるしかない、相手から出してきてくれたのなら結局は一番楽なのだ。


「きょーこちゃーん遊びましょー」

「こういうところなのよね……」

「それだけ先輩といたいというだけですよ」

「はぁ、とりあえず出てくるわ」


 もちろん、戻ってくるまでに時間はかからなかった。

 入ってくるなりまるで自分のお家にいるかの様子、親しいからこそできることだと思うから普通に羨ましかった。

 淳さんに対しては敬語をやめている自分だけど、流石にお家に入らせてもらったときにここまで寛ぐことはできない。


「なんだいなんだい、その子を連れ込んでなにをするつもりだったんだい?」

「なにって普通にお喋りをしたかっただけよ」

「ふぅん、変な理由からではないならいいけどさ」

「変な理由って例えば?」


 敢えて広げにいくのか、先輩は結局素直になれないだけなのではないだろうか?

 ほら、前々から一緒にいるということで関係を壊したくないのだ、だけど自分の中にある友達以上の気持ちをぶつけてしまったら壊れてしまうかもしれないから怖くて抑え込んでいるだけなのだ。

 それこそ私達が仲良くなれた頃に「お付き合いを始めたの」と言われてしまいそうな件だ。


「響子の側に女の子が増えてほしくないのさ」

「なんで?」

「それは――っと、なんでも吐かせようとするなんて響子も意地悪だね」

「なにが意地悪よ、あなたの方がよっぽど意地悪じゃない」


 二人は楽しそうに(私目線では)会話を始めてしまったので静かにお家をあとにした。

 もう今年も終わる、先輩達は来年になったら最終学年なのだから仲良くするべきだと言えた。




「あけましておめでとう」

「んー……」

「駄目だこりゃ、みかの方から頼んできたんだぞ?」

「ふぅ、だけど今日はなんか眠たいんだよ」

「まあ、もう日付が変わっているわけだからな、無理もないだろ」


 こちらの腕を掴みつつ歩きながら「普段は夜更かしをしていないということだろ? いいことだろ」と言ってくれたけど正直、それどころではない。

 腕を掴んでくれているからいいものの、それがなかったら多分、地面とキスをしている――なんてね。


「今日は淳さんのお家に泊まるね」

「は、マジ?」

「別にいいでしょ?」

「部屋はあるけど……もしそうするなら連絡するわ」

「ん、しなくていいけどしたいならそうすればいいよ」


 とにかく床でもなんでもいいから汚くない場所で横になりたい。

 ただ、来年は出なくてもいいかもしれないという考えになっていた、寒いうえに眠たいだけなんてなんというかもったいない時間の使い方のように感じてくるからだ。


「しておいた、忙しいみたいだから反応してくれるかどうかは――うぉ、もう返ってきたわ。なんだ面白くないって、別に面白さを競っているわけじゃないしな」

「なんか楽しそう」

「ああ、学生時代はよくこうしてやり取りをしていたからさ」

「なんで最近はしていなかったの?」

「送っても返ってこないからだ、だからいまの早さには驚いたな」


 彼は当たり前のようにお布団を敷いてから「じゃ、おやすみ」と言って出て行こうとする、そうはいかない。


「駄目、今日はここで寝て」

「なあみか、おっさんで遊んでも面白くないだろ?」

「別に面白さを競っているわけじゃないからね」

「真似をするなよ……」


 絶対に手を離さない、言うことを聞かなければ聞かないほど彼がしたいこととは真逆の結果になるということをわかった方がいい。


「はい、もう一組お布団を出して」

「なら手を離してくれ」

「駄目」

「わがまま娘……」


 なんというか途中、飼い主になれた気分だったけど危険だったから捨てておいた。


「はい、これぐらい離れていればいいでしょ?」

「離れているからはいいいですとはならないだろ……」

「言い訳をしない、はい寝よう」


 いつでも気づけるように入口近くの方は私が使用させてもらうことにする。

 電気を消したらため息が聞こえてきたものの、わかったのか大人しく寝転んでくれた。

 あ、やばい、残念ながら監視しておくということはできなさそうだとすぐに変わった。


「なあみか、聞いていなかったんだけど今年中にやりたいことってあるか?」

「今年中にやりたいこと……」


 なのになんてことはないそれにあっという間に引っ張り戻された。


「俺はあるぞ、それは誰からも頼まれる美味しい料理を開発するってことだ」

「十分美味しいよ?」

「まあ、美味しくなかったらここまで店を続けられていないって話だ。ただ、常連さんが来てくれるのもありがたいけどこう……この県に来たらあの店にってぐらいになってほしいんだよ」

「うーん……流石にそれは難しい気がする」


 確かに美味しいけど他県の人がここに来たときにはもっと違う場所に行くことだろう。

 偏見かもしれないものの、ラーメン屋さんに行くことを主な目的にするようなことは……いやでも好きな人ならという感じで……。


「で、でも、店側の人間としては諦めたくないだろ」

「あのお店はずっとあってほしいから新規のお客さんよりいま来てくれている人を大切にするべきだと思う、あとは食中毒とかを出さないことかな」

「みかの言う通り……なんだよな」


 あ、真っ暗で実際に見ているわけでもないのにどんな顔をしているのかがわかってしまった。

 でも、これ以上は拒まれるだろうから近づくことはしない、私はもう十分、自分の気持ちを優先して行動してしまっている。 


「って、悪い、それでみかはどうだ?」

「二年生になったら修学旅行があるから班の子と積極的に会話をする……とか?」


 変わったばかりのこのタイミングでしたいことと言われても困る。

 欲を出したばかりではなかったら彼の彼女になりたいと吐いているところだけど、残念ながらそれはできないからそれっぽい、学生っぽいことを吐いておいた。


「ああ、旅行のときに少しでも話せる子がいないと楽しくないからな、ただ一つ心配なのはみかにそれができるかってことだよな」

「さっきの仕返しなの?」

「違うよ、これまで見てきたから大体は想像できるだろ」

「わからないけど、私は自分のためになら頑張れるから」

「はは、みんなそうだな」


 確かに……私ならではということではなかったか。

 いいのか悪いのか、そこで黙ってしまったから広げられることはなかった。

 無駄な抵抗をせずに寝ることに集中した。




「んあ……朝か――ぶっ!?」

「落ち着いて、おはよう」

「なにか変なことをしていないよなっ?」

「していないよ、あ、そういえばスマホが鳴っていたよ?」

「はぁ、そうか、教えてくれてありがとう」


 何故起こされたというだけでここまで慌てたのだろうか、ただ、どんな理由からだろうと起きてもらうことができた時点でこちらのやりたいことはできている、気にしなくていいかと片付けておいた。


「三日まではおやすみなんだよね? もやしラーメンが食べられないって考えたら震えてきた」

「違うよ、それはちゃんと着こんでいないからだ、屋内だからって油断はしたら駄目だぞ」

「確かにそうかもしれない、この状態で一旦お家に帰ったら寒かったから」


 泊まっておいて言うのもあれだけど泊まる前提ではなかったから歯ブラシがなくて帰る羽目になった、今度からはつもりはなくても最低限の物を持ってお出かけしようと決めた。


「声をかけてからにしろ」

「はーい」


 つまり朝から失敗をしてしまったことになるものの、いまの私はいつも通りでやられてしまうなんてことはないわけだ。

 大丈夫ということなら夜になるまでここにいたいけどどうだろうか?


「餅食べるよな?」

「うん、焼いたお餅が好き」

「あいよ」


 いや待って、最初ぐらいは煮たお餅を食べた方がよかったかもしれない? だけどもう動いてしまっているときに言うのもあれだからいいか。

 それにしても落ち着く朝だ、あの人にとって先輩のお家がそうであるようにここがまるで自宅のように感じてしまう。


「焼けたぞー」

「うん」


 うん、お醤油が本当に合う、もやしラーメンとまではいかなくてもそれぐらいの美味しさだ。


「食べたら流石に帰れよ?」

「え」


 なのに彼は私を地上に叩き落してくれた。

 何故真顔でこんなことを言えてしまうのか、一人だとわかっているのに敢えて意地悪をしたいお年頃というやつなのだろうか?


「おいおい、なんて顔をしているんだ、これじゃあ俺が悪いことをしているみたいに見えてしまだろ」

「なんで初日から酷いことを言うの? よよよ……私は一人でいるしかないんだ……」

「あ、あの子と過ごせばいいだろ」

「あの人はお友達が大好きすぎるから駄目」


 いま一緒にいてもすぐに二人だけの世界を構築されて駄目になるだけだ、それにこちらといたい理由はあの人から逃げたいというそれからでしかないからなにも進まない。

 仲良くなりたいのにそれでは意味がないだろう、向こう的にはメリットがあるからいいけどこちらになにもメリットがない状態では頑張れないのだ。

 喜んだとしてもそうだ、本当のところを知ってしまえばこんな感じだ。


「友達を好きになれるのはいいことだろ」

「なら私が淳さんを好きでいられているのはいいことだね」

「はぁ、またそれか……冗談でもやめてくれないか?」

「い、いつもの弱々しい淳さんは――」

「それもやめてくれ」


 そうか、泊まらせてくれたのもそういうことからだったらしい。

 彼が悪いわけではないからごめんと謝ってお家を出てどこかに行くことにした――ではなくてそうしないと駄目になりそうだったから。


「っと、流石にこれはちょっとね」


 淳さんは、あ、おじさんはずっと同じスタンスでいてなにも急に変えたというわけではない。

 だというのに調子に乗ったのはこちらの方、被害者面をするのはそれこそ駄目だろう。


「お・は・よ・う」

「おはようございます」


 んー自分のいまの状態が影響しているのか怖い顔に見えてくる。


「もう逃がさないわよ」

「先輩と二人きりなら逃げません」

「ふーん、なら私も守るからあなたも守りなさい……の前に、今日はあなたのお家でもいい?」

「はい」

「ありがとう、今日のは別件だけどお正月は家にはいたくないのよ」


 こうして出てきている自分が言うのもおかしいけど中々に珍しい気がする。

 あ、私の場合と違って親戚の人が沢山やって来るということなら初日から疲れてしまうことは確定しているわけで、これは自分が知らないだけかと片付けた。


「どうぞ」

「ありがとう」

「でも、たまたま会えたというだけでこの時間に出るのは早すぎなんじゃないですか?」

「なにかを言われる前に出たかったのよ、まあ、あなたに会えるとも考えていなかったけれど」


 先輩は紅茶を少し飲んでから「なんでこんな時間に外にいたの?」と聞いてきた。

 隠すようなことではないから全てを吐くと「それはその人が正しいわよ」と言われてそうだよねと内で納得する。


「少し距離を置いたらどうかしら」

「そうですね、料理を食べに行くのだとしてもなにを言っていいのかわからないのでまた一か月ぐらいはその方がいいかもしれません」

「ええ、だけどどうしても食べたくなったら言いなさい、私も付いて行ってあげるから」

「ありがとうございます、ただ、そういうのではなくてちゃんと気に入ってほしいです」

「そう言っているようなものじゃない、あそこのみそラーメン、美味しくていいわ」


 なら代わりにと言ったら変だけど行ってあげてほしかった。

 余計なことを言わなければ普通の対応をしてくれる、お客さんが相手となればまあ当たり前のことかもしれないけど。


「きょーこーちゃーん」

「ひっ、あ、あなたここを教えたのっ?」

「いえ、けど無視もできないので行って――」

「で、出ないでちょうだい」


 と言われても、無視をした場合の方が酷くなりそうだからちゃんと出ておいた方がいい気がするというか、このまま続けられてもこちらが困るから出ておいた方がいいというところだった。

 逃げ続けるだけではなにも変わらないどころか悪い方に傾いていくだけ、二人だけの世界を構築してくれて構わないからと残して玄関に向かう。


「おはよう」

「おはようございます」


 入るのかどうかの話になる前に先輩は中に入って梶川先輩と話し始めた。

 別に怒っているわけではないみたい、ただ相手をしてもらいたいだけのようだ。

 とはいえ、お正月からこんなに集まっていていいのかどうかがわからなかった。


「才木くん、ちょっといいかい?」

「はい」


 外に出ると「今日は寒いね」と一旦寄り道をする、が、すぐに「響子とのことなんだけどさ」とぶつかってきた。


「あの子って寂しがり屋だから暇なときだけでもいいから相手をしてあげてよ」

「いいんですか?」

「当たり前だよ」


 でも、それならそれで梶川先輩が来てくれなくなるということになりそうではあった、だってあの人が来てくれているのはこの人から逃げるためだというところは変わっていないからだ。

 前に進めそうになってもすぐに後ろに戻されてしまうこの感じ、これが無限ループというやつなのだろうか?


「さて、戻ろうか」

「はい」


 全く関係ないけどこもるために後でお買い物に行こうと決めて中に戻ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る