02話
「ん?」
何回か握ったり開いたりを繰り返した結果、手に力がいつもより入らないのだとわかった。
お金のことを考えて一か月ももやしラーメンを食べていないからだろう、おじさんの顔も見られていないから今日は行こうと決める。
そもそも、月に使っていい金額をオーバーしてしまったからであってお金はちゃんと貯めているのだ、食べ放題で七千円近く払うことになったとしても痛いけどあまり痛くないのだ。
「やっほーまた会ったね」
「こんにち――あ、落ちちゃった……」
お弁当袋を拾って中身を確認してみると奇麗ではなくなってしまったものの、直接おかずなどが地面に落ちてしまったわけではないからまだマシだった。
「なんかごめんね?」
「謝らなくていいですよ、握力がない私が悪いんです」
「そっか。じゃあ今日も一緒に食べよー」
「はい」
箸も動かしづらいなんて今回は重症だと言える。
それでも気づかれないように自然なそれを心がけてお昼休みを乗り切った、五、六時間目も集中して受けて放課後になった瞬間に教室をあとにする。
靴に履き替えてダッシュをしようとしたときのこと、後ろから「ねえ」と声をかけられて危うく転びそうになってしまったけどなんとか耐えた。
「梶川先輩」
「呼び止めてごめんなさい、ただ、また話したかったのよ」
「梶川先輩は中華料理って好きですか?」
ちゃんと相手をさせてもらいたい、お店に早く行きたい、二つが混ざって贅沢な思考になってしまった。
「中華料理? ええ、好きだけれど」
「それなら付いてきてください、無理をして注文をしなくていいので」
「ふふ、中華料理を食べたいから急いでいたのね、わかったわ」
走って移動して慣れたお店に入店する。
「いらっしゃ」
「どうしたの?」
膝に手をついてこれはがっくり……している感じかな?
「……頼まなくていいからちゃんと来てくれよ、滅茶苦茶心配だったんだぞ」
そういうわけではなかったらしい、よかった。
特等席というわけではないけど一番いい場所に先輩に座ってもらってその横に座る。
「ごめん、だけどちゃんとお友達を連れてきたよ」
「いらっしゃい」
「こんにちは」
ここに来たからには当然、もやしラーメンを頼まなければならないということで私の方はいいとして、先輩にメニューを渡して彼の方を見ていた、が、彼は先輩の方しか見ていないからこれはやってしまったかもしれないと冬の寒さとは違う理由で体を震わせる。
「味噌ラーメンをお願いします」
「あ、私はもやしラーメン」
「かしこまりました」
はぁ、私が本当に魅力的なら既に求められているだろという話か。
ここは先輩と彼が上手くやれるように応援をしよう、連れて行くぐらいはしてあげられる。
でも、やっぱりどこか面白くないのもあって二人が会話をしているところを見られずに意識を他に向ける羽目になった。
「みか? 早くしないと伸びるぞ」
「うん」
うん、手の方は簡単に戻ったからそれで満足することができるし、久しぶりということもあってもやしラーメンは最高に美味しく感じた。
ここが存在してくれていればいいのだ。
「美味しいですね」
「ありがとう、若い子にそう言ってもらえると安心することができるよ」
「ただ、彼女とどういう関係なのかがいまは一番気になるところではあります」
安心してほしい、私と彼の間にはなにもない、なにも障害にはならない。
「みかの父さんの友達なんだ」
「なるほど、教えてくれてありがとうございます」
食べ終えたらお金を置いてからずっと点いているテレビを見始めた。
正直、どうでもいい情報ばかりだけどクリスマス特集が始まったときにはいきなり前進させられるいいチャンスかもしれないとテンションが上がった。
難しいのは彼から吐かせることではなくて先輩がどうなのかというところだ、全くその気がなければ一方通行ということでなにも始まらないどころか彼が問題視されてしまう。
「さっきから落ち着きがないわね」
「もうすぐにクリスマスがきますので」
こちらの考えていることがわかるというわけではないだろうけどありがたかった。
仲良くない状態で、いや、仲いい状態でしつこくしても嫌われてしまうだけだ、こっちも上手くやりつつ仲良くしたいという考えがあるから珍しくハイテンションになった。
「クリスマス、私は友達と集まる約束をしているけど才木さんは?」
「特に予定はないですね」
「それなら二十四日に一緒に過ごさない?」
「え、だけど二十五日にもお友達と集まるんですよね? それだと……」
理想の展開にはならない、基本的にそれが普通だとしても期待をした分、落差で風邪を引きそうになる。
先輩が悪いわけではないというのがよりなんとも言えない気持ちにさせるのだ、もう帰ってしまった方が今日はいい気がする。
「気にしなくて大丈夫よ」
「そうではなくて……その、この人に興味を持ったりとか……」
「え?」
「いえ、なんでもないです」
この様子だとここに連れて行くということすら容易にはできなさそうだった。
そのため、内でごめんと彼に謝罪をするしかなかった。
「あれ、きみは……」
「梶川先輩のお友達さんだったんですね」
「へえ、参加する子ってきみのことだったんだ」
少しだけほっとしている自分もいた、ここで話したことがある人とそうではない人とでは全く違ってくる。
緩く会話をしながら待っていると先輩もすぐに来てくれたから体が冷えすぎてしまうなんてこともなく目的地に向かって歩き始められた。
「ここが私の家よ」
「わーい、響子の家だー」
「変な反応ね」
実家と変わらない感じで落ち着ける場所だった。
ただ、私達以外に人がいる感じがしなかったため聞いてみるとご飯を食べるために外に出ているみたいだった。
誘ってくれたのは先輩だからこれは普通なのかもしれないけど、そこはご家族に付いて行かなくていいのだろうかと気になり始める。
「うぅ、だけどもう寒くて出たくないぜ~」
「泊まりたければ泊まっていけばいいわ、ご飯だってそういうつもりで作ってあるもの」
「マジか!? 響子のお嫁さんになるよ~」
「テンションがおかしいわね、才木さんも遠慮しないでいっぱい食べてね」
「ありがとうございます」
そうか、先輩にはもう特別な人がいたのだ。
間に入りたいというわけではないけどお友達としても仲良くすることが難しいように感じてきてしまった、そういう存在が同性ということは待ったと止めてくるだろうからだ。
せっかく高校生になってから初めてのクリスマスだというのに上手くいかないことばかりで困ってしまって手を止めていると「食べないと損だぞ~」と言われていただきますと挨拶をしてから食べさせてもらった。
「ぷはあっ、なんて最高な一日なんだ! 特に響子が作ってくれたご飯がいいね!」
「ふふ、ありがとう」
「でも、二人きりだったらもっとよかったかな~なんて」
「いつもふらふらしているのはそっちなのに変ね」
「変じゃない! 変じゃないぞ!」
美味しい……けどもやしラーメンの方がいいな、というところまで考えて失礼すぎたからこれで帰ることにした。
「才木さん、なにも真剣に受け取らなくても」
「いえ、あの、これを受け取ってください」
「千円札? どうして?」
「多分、それぐらい食べましたから、美味しかったです」
「……わかったわ、けれどこれは受け取れないわ」
いやでもと粘りに粘ったら受け取ってくれて嬉しかった。
本当は早い時間に出られたというのもあってお店に寄って行こうと思ったけどやめて家まで歩いた、すると家の前に人が立っていて少し距離があるところで足を止める、が、すぐによく知っている人だとわかって近づく。
「お父さんか、中で待っていればよかったのに」
「そうしてしまったらみかが怖いだろうから外で待っていたんだよ」
鍵を開けて中に入ると「外よりは温かいね」と言って笑っていた。
甘いコーヒーが大好きだからすぐに作って渡すと「ありがとう」と言ってまた笑った。
「いきなりどうしたの?」
「全然顔を見られていなかったから見に来ただけだよ、あと、淳君にお礼を言おうと思ってね」
会社の関係でいまは隣の市に住んでいるからなにも無理をしなくてもという考えが出てきたものの、単純にお友達の淳さんに会いたかったのだすぐに片付けた。
「それなら行ってきたらいいよ」
「明日まで休みだから明日かな」
「ラーメンが美味しいよ?」
「はは、知っているよ、みかよりもあそこには通っているからね」
うーん……父がいない生活というのが当たり前だったから少し気になるかもしれない、そしてこういうときにこそ淳さんパワーが必要だけど行けないから大人しくしているしかない。
しかし、実際は父の方が疲れたということですぐに寝てくれたからよかった――と考えるには少しだけ早かった。
「ちょっとお父さん!」
「しー」
子どもではないからすぐに冷静になって「みか、お父さんを連れてきて」と静かになってくれたのはいいけど少し気になるのも確かだ。
「なにかあったの?」
「うぅ……食事に行こうって約束をしていたのに友達と話していたら『僕は先に行っているね』とか言い出して……まあ、この時間までゆっくりしていた私も悪いけど……」
「ラブラブだね」
「当たり前だよ」
当たり前のように同じお布団に寝転んですやすやとし始めてしまったから部屋に戻って寝ることにした。
言ってしまえば一人で勝手に妄想を捗らせていただけだというのに何故行きづらいのだろうと考えてみたものの、あの視線には絶対に訳があると内でまた盛り上がり始めてしまって正直に言えば馬鹿だった。
それでも夜に出歩いたりすることもしないで目を必死に閉じ続けていたら朝を迎えられたからよかったと言える。
「みかーあ、起きていたんだ」
「おはよう」
「おはよう、早速で悪いんだけどお腹が空いたからご飯を作ってほしいな」
「わかった」
ご飯にお味噌汁に卵焼き、最近で言えば中々贅沢な朝食となった。
「美味しい」と言ってもらえたから嬉しかった。
「いらっしゃ――これはまた勢ぞろいだな」
付いて行きたくなかったのに母に駄目だと言われて付いて行く羽目になった。
なんか顔を見られないし、見られたら死にそうだからささっと行動をして注目を集めないようにしようと思う。
「久しぶり」
「淳ちゃんって相変わらず可愛いね」
「おっさん相手になにを言っているんですか」
「なんで私が相手だとずっと敬語のままなんだろう」
「友達の友達だからじゃないかな、ここに座らせてもらうよ」
ちょ、どうして敢えて離れたところを選ぶのか、これでは注目を集めないようになどと考えておいて正面に座っている私がアホみたいに見えてしまうからやめてほしい。
というか、今日は一応クリスマスだというのにここには全くそういう雰囲気がないのはいいことなのか悪いことなのかというところだ。
「みか、おーい」
「な、なに? あ、今日はお友達はいないよ」
残念ながらもう次はない、私も彼も片付けて前に進むしかないのだ。
「は?」
「その顔は嫌だ」
「あの面倒くさい二人が帰った後に話があるから残ってくれ」
頼まれてもこちらが無理だ、またあのお店に行きませんかと積極的に誘うのは不自然だ。
昨日、自分の気持ちを優先してすぐに出てきてしまったというのも影響している、どこに付き合いが悪い人間に付き合う人間がいるというのだろう。
「そこ、聞こえているよ」
「そうだよ、面倒くさいなんて失礼だよ」
「だって店でも関係なくいちゃいちゃし始めるじゃないですか、学生時代のときからそれで何度も迷惑をかけられましたからね」
「お付き合いをしていたんだから仕方がないでしょー」
「付き合う前からそうだったので言っているんですけどね……」
二人はそこからも盛り上がっていたけど彼は流石にお店側の人ということですぐに戻った、ちなみに料理が運ばれてきてもまだまだ不満を吐き足りないようで確かにあの二人はちょっと面倒くさいのかもしれなかった。
こっちを連れてきたのに帰るときは二人だけで帰ってしまったから思わず自由かとツッコミたくなる件ではあったかな、と。
「ふぅ、みかが誰かと一緒に来てくれるのはいいけど個人的には一人で来てくれた方がいいな、なんか黙るからさ」
「それで話したいことってなに?」
「ああ、この前の――」
「無理だよ、淳さんに特別な好意があっても梶川先輩は振り向いてくれないよ」
はっきり言ってあげないと駄目だ、これ以上、期待を持たせてはいけない。
お友達……と言っていいのかはわからないけどお友達なら鬼になることも大切なのだ、甘ければ甘いほどいいというわけではない。
「は、はあ? はぁ、俺が言いたいのはこの前、結局なにもできなかったから今日なにかしてやりたいって話だよ。今日は別に誰かと約束をしているわけじゃないんだろ?」
「そうだけど、あのとき払ったのは淳さんが全く食べていなかったからだよ」
「食べていただろ、みかと同じレベルというわけではないけどあんまり食べられる方じゃないからな」
本当に食べていたなら私だって無理をしてお金を払ったりはしていないんだけどな。
ただ、広げて粘られても困るからこの話はこれで終わりだ。
「実はね、一か月も食べていなかったから禁断症状が出ていたんだ」
「みかが意地を張ったせいで俺は不安な気持ちにさせられたわけだ、どうしてくれる」
「私でよかったら相手をさせてもらうよ、実はさっきまで顔も見られたくなかったけど」
「は? おいおい、なんか俺……嫌われていないか?」
「はぁ、淳さんは駄目だね、乙女心がわかっていないよ」
真剣にアピールをしてもなにを言っているんだこいつ的な目で見られるだけで終わってしまいそうだった、いつか両親にどうやってやればいいのかを聞かなければならないときがくるかもしれない。
一人でなんとかしたいという考えがあっても圧倒的に経験が足りないわけで、から回るだけにしかならなさそうだから無駄なプライドというやつを捨てられるかどうかが大事になってくるということだ。
「だって淳さんは失恋をしたからね」
「それはみかの妄想だけどなんでそれで顔を見られたくないって話になるんだ?」
「……なんにも力になってあげられなかったからだよ」
「はぁ、頼んでいないだろ、そもそもどこから俺があの子に恋をしているというそれが出てきたんだよ?」
「お店に連れて行ったときにじーっと見ていたからだよ、誰かを好きになれるのはいいことだけど面白くなかった」
呆れたような顔をしているけど呆れたいのはこちらの方だった。
私に対しては年齢を出して色々と言いつつもより魅力的な存在が来たらそうなのかと、男の子だから仕方がないのかもしれないものの、それにしたって露骨に態度を変えられて傷ついた。
見えないところでしているということなら……まあ、自由だからなにかを言える権利はないけど……。
「だからないって、今日は昼に終わりにするから残っていてくれ」
「お母さん、僕の友達が僕の娘に必死に残ってもらおうとしているけどいいのかな?」
帰っていたわけではないらしい。
「いいよ、みかだってそのつもりでいるみたいだし」
「でも、僕達はいつでも見られるというわけではないからね、裏でやられてもなにも面白くないだろう?」
「またこっちに来たときに付き合っていたらテンションが上がるからいいよ、なにもなかったら悲しくなるけど」
「そうか、なら友達に任せることにしよう」
く、動いてくれて助かっているはずなのにまだ余計なプライドが邪魔をする、反対をされているよりはいいかもしれないけど……。
「待て待て、親がそんな感じでどうする」
「面倒くさいところがあるのは淳君もそうだけど長く一緒に過ごしてきてよくわかっているつもりだよ、娘の相手が君なら僕としてはなにも不満はないけどね」
「面倒くさいは余計だし、益々俺が見ておいてやらなければならなくなったじゃねえか」
これも……複雑だ。
「そっちの意味でもあっちの意味でもお願いね、僕達はまた激務が始まるからねぇ」
「あぁ、溜まったやらなければならないことを思い出したらテンションが下がったよ、お父さんのせいだから今日は責任を取って私を優先してね」
「はは、わかったよ」
夫婦で同じ会社で働いている二人がいるからこそ差が気になってしまう。
でも、やっぱりあくまで私は友達の娘だから変わる可能性がないと言っても過言ではないぐらいだという事実がまたつまらなく感じさせるのだ。
こんな感情に内が占領されてしまうぐらいなら出会えなかった方がマシだった。
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