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Nora
01話
「いらっしゃい」
「いつもので」
「はは、かしこまりました」
座って待っているとぼうっとしすぎたのか提供まで時間がかからないようにしているのかあっという間に好きな料理が運ばれてきた。
もやしラーメンが大好きだった、いただきますとちゃんと挨拶をしてから割りばしを割って麺を口に運ぶ、うん、安定して美味しい。
「よっこいしょっと」
「お客さんがいないけど大丈夫?」
元々広いお店ではないけど人がいないから広く見えてしまう。
「大丈夫だ」
「私、ここが好きだからなくなってほしくないな」
ここの料理ならチャーハンも大好きだ、少なくとも一人しかいない家でご飯を作って食べるよりも遥かにいい。
一瞬ではなく毎回、ここに来る度におじさんのお家に住ませてもらえばこの味を味わえるからいいという考えになるけど、それを言ったところで大人しく受け入れてくれるようなことはなくて困っていた。
「だから大丈夫だって、みかに心配されなくてもやっていけるよ」
「あ、バイト禁止の高校じゃないからここで働くのもいいかもしれない」
「みかには無理だろ、この前なんか常連が来たときにすぐに帰っていただろ」
「そっか、当たり前だけどおじさんだけじゃないよね」
「ああ、つか俺だけだったらそれこそ潰れてしまうぞ」
伸びない内に食べて大人しく帰ろう。
「今日も美味しかった」
「ありがとうございました」
特別仲良しというわけではないのと、邪魔をしてはいけないということで店をあとにする。
寄り道をしたい気分ではなかったのにコンビニの期間限定スイーツの魅力に負けて買って帰ることになった。
面倒くさくなってしまう前に明日のお弁当を作ったり、お風呂に入ってからスイーツを食べているともやしラーメンとはまた違った刺激があってよかった。
残念だったのはそれなりにしたのにすぐに終わってしまうということ、あとはテレビを見るような趣味がないからやることがなくなってしまうということだろうか。
そういうのもあってちょっと失礼だけど若いこのときからお爺ちゃんやお婆ちゃんみたいな生活になってしまっていた。
「よし、よし、よし、学校に行こう」
しっかりと鍵を閉めてから見慣れた道を歩いていく。
新鮮さというのはないけど、変な事が起きてしまうことの方が嫌だからこれでいい。
求めたところで変わらないというのもある、が、付いていけなくなるからというそれが大きく存在していた。
なるべく早く登校しているのもあって私が教室に着く時間帯には他の誰もいない、この時間とおじさんのお店で大好きな料理を食べられているときが最高だった。
「あら、私と同じぐらいの時間に来る子がここにもいたのね」
「おはようございます」
「ええ、おはよう」
二年生の先輩だとすぐにわかった。
話を聞いてみると早めの時間に登校して少しお散歩をするのが好きみたいだった、教室でゆっくりする私とはまた違った。
「私は
「
「そう、よろしく」
なんとなくだけどこの人とはまだまだ関われそうな気がした。
一人でいたい人間ではないからお友達的存在が増えるなら悪くない、大人の男の人というわけではないから普段通りの私でいられる――って、まだまだどんな人なのかもわからないのにこの考えが合っているのかどうかもわからないけど。
「じゃ、またね」
「はい」
ただ、一人の方が落ち着くというのは確かなことだった。
お昼休みには人がいないところを探して毎日そこで食べている。
矛盾しているように見えてしまうけどこれが毎日いい気分で過ごすための策だ、単純に賑やかなところで一人でいるというのが嫌なだけだけど相手に動いてもらえはしないから自衛をするしかないのだ。
「お仲間さん発見」
「邪魔なら他のところに行きますよ」
この人も二年生だ、今日はそういう日なのかもしれなかった。
三年間の中で必ずこういう日がある、やたらと年上の人から話しかけられるのだ。
残念ながらこの通り、関係が続いているわけではないけど知らない人と話せる機会というのはあまりないからありがたかったりする。
「いやいや、寒い中、敢えて出てくる子なんて面白いからいてよ」
「そうですか。それなら……いただきます」
美味しい。
朝昼夜とちゃんと食べないと弱ってしまうから食事は大切だ。
「それ、自分で作ったやつ?」
「はい、冬なので前日の内に作ってから寝るんです」
夏はその方法が使えないから少し面倒くさかったりもする。
でも、疲れたとかそういう気分ではないからなどと言い訳をして連日、食べていなかったら倒れたことがあったからそれからは気を付けているという形になる。
「おお、偉いねー」
「先輩は購買で買うんですね?」
「毎回じゃないけどね、よく友達と食堂に行ったりしているよー」
「それなら今日はどうしてですか?」
「その友達がさっさと行ってしまっからさ、だから寂しかったのもあるんだよねー」
こちらの肩に触れてから「きみが来てくれてよかったよー」と言ってくれた。
完全なお世辞だということはわかっているけど嫌な気分にはならないため、少しいい気分で自作のお弁当を食べられた。
「いらっしゃ――みか、流石に来すぎだ」
「学校で少しいいことがあったから」
「あ、喋りに来ただけか? ならいいけどさ」
申し訳ないから比較的安めの餃子を注文しようとしたら止められてしまった、私なりに支えたいというそれをわかってもらえないのは悲しい。
「今日ね、二人の先輩と話せたんだ」
「うん、え、それだけか?」
「そうだけど、誰とも話せないまま一日を終えるよりはいいでしょ?」
「その相手、女の子だろ?」
「同性の方がいいよ」
男の先輩から話しかけられても固まってしまいそうだからそうだ。
おじさんだから話せているだけで基本はそんな感じ、なんだこいつという目で見られたくないからない方がいい。
「仲良くなれたらここに連れてくるね」
「お、おお、じゃあ期待して待っているわ」
「それで今日もお客さんがいないね」
「まだ十六時半だぞ? これからだよ」
委員会のお仕事で遅くなって十九時頃に行ったことがあるものの、そのときも空いていたから言っているのだ。
「次のお休みっていつだっけ?」
「明日だな」
「明日、遊ぼう」
「お、おいおい、女子高生と遊んでいたらやばいだろ」
「でも、土曜日だから一人で寂しい」
お買い物に行く必要もないし、これといった趣味もないからご飯を食べて寝るだけの一日となってしまう。
せっかく高校生になれたのにこのままでは不味いということで相手をしてもらいたかった。
「んーならこの店に来ればいいぞ、飯ぐらいは作ってやるよ」
「それって遊ぶのとなにか違うの?」
「それは違うだろ、話し相手になってやるというだけだ」
「ありがとう、おじさんがいてくれてよかった」
「はは、大事な人間ができるまではいてやるよ」
離れて暮らしているけど大事な人ならちゃんといる、それは両親とかおじさんとかだ。
ああ、おじさんは大人だから親目線で見ていて近い年齢のそういう存在を作れと言ってきているのか。
でも、その場合はどうやればいいのかがわからない、私らしくを貫くべきなのかそれとも変えていくべきなのか、苛められたりはこれまで一度もないから私的にはこのままでいいと思っているけど……。
「お腹空いた、もや――なに?」
「駄目だ」
「私も常連さんみたいなものだから」
「別にそこは否定しないけど無理をしてほしくない――あ、いらっしゃい」
仕方がない、ここまでだ。
明日行くからと残してお店をあとにして、今日は期間限定という文字に負けずに家に帰った。
お弁当を作らなくていいのは楽だけど時間が余りすぎてしまう、お客さんが来なければおじさんと話せるけどそうなるとお店の方が厳しくなるということで上手くいかない。
だからこういうときに相手をしてもらえるような存在を作れということかと一人で納得をしてお風呂に入って出てきた。
「うーん……」
ご飯も済ませて早い時間に寝ようとしたのはいいものの、寝られなくて体を起こす。
頑張って寝ようとしても寝られそうにないから歩いてくることにした。
まだ二十二時にもなっていないからあまり新鮮な感じはしない、静かだから落ち着くのは落ち着くけど。
「いら――」
「来たよ」
「早すぎだろ……」
というかこのお店は遅い時間までやりすぎではないだろうか? もっと朝に絞るとか、夜までやるとしても二十一時ぐらいで終わっておくぐらいがいい気がする。
「
「あ、近くに住んでいる友達の娘なんです」
おじさんは父のお友達、らしい。
ただ、そういうのでもなければこうして話せるようにはなっていなかったからどんな形であれ感謝するしかないのが現実だった。
「なんだ、てっきり若い彼女かと思ったけどねぇ」
「か、彼女なわけがないじゃないですか、そもそも成人と未成年ということで無理ですよ」
「ばれなきゃセーフ! ね、あなた的にはどう?」
「おじさんはいい人です」
やっぱり同性の人が相手なら年上でも問題ないみたいだ。
「いいじゃん!」
「いやいや……」
「はい、こっちに来て」
近づくと何故かむぎゅっと抱きしめられてしまった、それから「若いって素晴らしい!」とテンションが高い。
おじさんが「やめてやってくださいよ」と言っても変えることはしない、嫌ではないから別にこのままでもいい。
「なんかいい匂いがする……」
「お風呂に入りました」
「やっぱり最近の若い子は若いときからいいシャンプーとかを使っているの?」
「え、普通ですよ」
五百円ぐらいはするかもしれないけど……うん、普通だろう。
お買い物に行ったときにそういう物も買うことがあるからわかるのだ、世の中にはもっとお高い物が平気で並んでいるのだ。
「じゃあ単純にあなたが若いからってことか、おばさん悔しいんだけど!」
「はいはい、それ以上はもう駄目ですよ、酒も飲みすぎですから」
「止めないで! 飲んでないとやっていられないんだよー!」
ああ、おじさんによって距離ができた。
楽しそうだったから別にそのままでもよかったのにやたらと真剣な顔だ。
となると、おじさんにとっての大事な人とはこの人なのかもしれなかった。
「ふふ」
「は? なんだよ急に」
夜更かしをしたのもあって十時頃になってしまったけどまたお店にやってきた。
おじさんはいつものように「いらっしゃい」と迎えてくれたものの、顔を見た瞬間に抑えられなくなってつい漏らしてしまった。
やってきた相手がいきなり変な反応をすればおじさんも気になるというものだ、なので隠さずに吐くことにした。
「いや、おじさんも露骨な態度になるときがあるんだなって思って」
「露骨な態度……?」
「だって昨日の女の人が大事な人なんでしょ?」
「はあ? 違うよ、よく来てくれてよく話すけど全くそんなことはないぞ」
私に嫉妬して何回も遠ざけていたのに素直ではない。
「それよりだ、みかのことについて話し合わないとな」
「あの人が大事な人じゃないなら付き合いたい」
お昼にいちゃいちゃはできないけど仲良くすることは十分できる。
教師と生徒というわけではないし、私達を見ている人間はいない、それぞれにちゃんと気持ちがあれば無問題だろう。
「馬鹿、俺はもう四十一だぞ」
「私ももうちょっとで二十歳だよ」
「まだ十五――」
「早生まれじゃないから十六歳だよ」
この前、一人でケーキを買ってお祝いをした。
一つわかったことは一ピースだけで満足できるということだ、欲張ったら酷いことになるから抑えることが大切だ。
「って、誕生日はいつだよ?」
「十一月三日」
そういえばこういう話をしたことがなかった、おじさんのお誕生日も知らない。
でも、無理やり吐き出させるのは違うから自分から吐いてくれるまで待てばいいか。
もちろん、知ることができたらお祝いをさせてもらうけど。
ちなみにおじさんは物凄く呆れたような顔で「言えよ……もう十日も過ぎてんじゃねえか」と言ってからこちらの頭に手を置いて「よし、それならなにか買いに行くか」と重ねてきた。
「いいよ、私がおじさんのお誕生日にお祝いをしていたならそれでもいいかもしれないけど――あー」
「いいから行くぞ」
ということで予定が変わってお出かけすることになった。
「みかには……というか若い女の子って言えばなんだ? 化粧品か?」
「お化粧とか興味ないよ」
「ならもやしラーメン……だと新鮮さがないしなー」
お化粧品の話から一気にもやしラーメンに変わるところが少し寂しい感じがする。
関わってくれている人にはもっと知ってもらいたい……って、私自身もわかりやすい趣味とかがなくて困っているわけだから無理か。
「それでいいよ、もやしラーメン大好き」
「せめてチャーシューラーメンとかにしろよ、あれ、もやしが乗っただけだぞ」
「じゃあスープが美味しいんだよ、おじさんすごい」
「やめろよ……」
やめろよと言われても本当に美味しいから褒めているだけだ。
「なんかご飯でも食べに行くか」
「え、おじさんが作ってくれたご飯がいい」
「欲を見せろ欲を」
「だから頼んでいるんだよ」
「よし、じゃあ焼肉な、物を贈るとからしくないからそれで満足してくれ」
なんにも聞いてくれていないけど一緒にいられるならそれでいいかと片付けて付いて行く。
それに焼肉屋さんなんて家族と一緒にいたときしか行けていなかったから少しだけわくわくしている自分もいた、どうしたって自分の内からは目を逸らせないから素直になろうと思う。
「はい、焼くからおじさんが食べてね」
「なんでだよ、これはみかのためなんだから食べろ」
「いや、確かに美味しそうで食べたいけど余裕がないから――あー」
「時間もあるからゆっくり食べればいいんだ」
時間をかければかけるほど一枚の重さがわかりやすく変わってきてしまう。
食事を楽しむことでちゃんと自分の限界というのを把握できているのにおじさんは意地悪だ、だから本当はやりたくないけど私も意地悪なことをしよう。
「食べたな、じゃあ会計を――おいっ」
「これでお願いします」
ほとんど食べていないのに払わせられるわけがない。
というか、こういうことで言い争っていられるような余裕がなかったからささっとお会計を済ませて外に出た、冬の冷たさがすぐに迎えてくれたけど火照った体には丁度よかった。
「おじさんが作ってくれたご飯を食べられなかったのはあれだけど一緒に行動することができてよかったよ、だけどこれで解散にしないとね」
お金が厳しい、当分の間はもやしラーメンを我慢しなければならない。
「みか」
「大丈夫、いちいち別行動をしたりはしないよ、一緒に帰ろう」
「はぁ……意地を張りやがって」
お家兼お店まで一緒に歩いてそこからはわがままを言わずにすぐに解散――はできなかった。
「おじさん?」
「いまのままだとなにもできていないからまだいてくれ」
「なら中でいい? ちょっと寒くなってきた」
「当たり前だろ、寧ろ俺の方が外にいたくないよ」
温かい紅茶をくれたからゆっくりと飲んでいると「上に行くか?」と聞かれて悩んだ、警戒しているからとかではなくてこのお店の椅子でゆっくり会話をすることが好きだからだ。
「エアコンはないけどコタツがあるぞ、みかんもな!」
「はは、なんでそこでどや顔なの?」
「コタツといったらみかんだろ――あっ、別に家に連れ込んで変なことをしようとしているわけじゃないからなっ?」
初めてというわけでもないのになにを言っているのだろうか?
「落ち着いて、それなら上がらせてもらおうかな」
「待ったっ、それならってどこに繋がっているんだ?」
「お腹がいっぱいだからみかんはいま食べられないけどコタツがあるんでしょ? 温かくていいよね」
「お、おう、それなら行くか」
とはいえ、いまから電源を入れるということで少しの間はそのつもりで来た分、より寒く感じてしまっていた。
でも、少しの時間が経ってしまえば関係ないとばかりに最高の場所に変わった、つまり私は単純だった。
結局重要なのは場所ではなくて誰が側にいてくれるかなのだ、外だろうとお店だろうとお家だろうと信用できる人がいてくれれば関係ない。
「皮を剥いてあげるよ、手は洗ったから奇麗だよ」
「なんかこれじゃあ俺が使っているみたいで嫌なんだけど……」
「気にしなくていいよ、いつもおじさんには――淳さんには助けられているからね」
同じぐらいとまではいかなくても少しずつなら私にもできる、なにかがあって会えなくなるということもゼロではないから可能な内に動いておくのだ。
「お、おい、なんで名前呼びにした?」
「あの人だけずるいからかな」
「だからそういうのじゃないって……」
本当のところはわからない。
そういうのもあってこれからは積極的に動いていこうと決めたのだった。
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