第21話 暁の鐘
「ルナさん、奴を倒したのですか」
「いや、どうやらギリギリで逃げたようだ」
逃げられたためかやや厳しい表情をしている。
「奴はルナさんの弟子と言ってましたが」
「それは事実だよ。身寄りのない孤児であったメフィストを引き取り、弟子として我が子同然にして育てた。それが先ほどの男だ。心の奥底に世界への復讐がある事を見抜けぬまま強大な力を与えてしまった」
「世界への復讐ですか」
「ああ・・・奴はどうにもならない世界に絶望した者達の一人だ・・7歳にして世界を恨み、全てを破壊することを心に誓った者だ・・・兄弟子でもあるダグロスと共に闇に染まり、闇の使徒となった。奴らの暴走を止めるためにノアと二人で・・・・・強大な破壊力を誇る広域殲滅魔法を放った。放つしかなかった・・・」
「世界に絶望した・・・」
「世界は弱者に優しくない。力無きものは、強者に踏みにじられいく。村を焼かれ、死にかけ、誰も助けてくれずに地べたを這いずるように生きてきたのだ。その間、蔑まれ嘲笑され、その怒りが心の奥底に蓄積していった。私ではそれを掬い取ってやることができなったのだ」
悲しそうな表情をしているルナにそれ以上聞くことができなかった。
「「よろしいですか!」」
急に背後から声がかかった。
慌てて振り向くと夏織の眷属であるおかっぱ頭の女の子達だ。
日本人形のように花柄の着物を着ている。
「夏織様が一時的にここの門を開けましたのですぐにお入り下さい。皆様が入り次第、すぐに完全閉鎖いたします。お急ぎください」
ルナと聖流は夏織の眷属と共に急ぎ鳥居の門をくぐった。
全員が鳥居をくぐり終わると同時に、この門は完全に閉じられた。
神域の奥の部屋に行くと夏織と八神萌がいた。
「どうやら敵は引き上げたようですね。聖流、手間をかけさせました。おかげてここが守られました。ありがとう」
夏織は穏やかな表情で聖流の働きを労わるように声をかけた。
「しばらく脅威は無いだろうと思います。八神、お前は安倍天道会長に報告をしろ。俺はまだここでやることがある」
「分かった。聖流、そちらの女性は」
「ルナと申します。よろしくね」
「会長にはルナが来たと伝えてくれれば分かる」
八神萌は頷くと新たに開いた門から出ていった。
部屋の中には三人だけとなった。
そして、聖流はルナの方を向いて口を開いた。
「ルナさん。メフィストと名乗った男は人間なのか、奴の右手を切り落としたら、傷口から青い血が流れた。そして、切り落とした右手が修復された。回復魔法かと思わず聞いたら違うような口振りだった」
聖流の問いかけにしばらく考え込んでからルナは口を開いた。
「昔、人間だったと言った方がいいな。つまり先ほど戦ったメフィストは、おそらく人間である事を捨てたのだろう」
「人間だった?・・人間であることを捨てた」
「そう・・メフィスト達が所属した暁の鐘という組織は、魔法と錬金術の可能性を追求することを謳い文句にして、多くの有能な魔法使いや錬金術師を集めていた」
「魔法と錬金術の可能性を追求ですか」
「そう。初めのうちは良かった。純粋に学術的な討論を行う理論を深める組織だった。だが、次第に目的のために手段を選ばないようになり、動物や魔物を使った実験が始まり、やがて人を攫ってきて、人体実験が繰り返されるようになった」
「魔法と錬金術でなぜ人体実験になるのです」
「いくつかあるが、新たな魔法の開発。さらに新たな魔法薬の開発。その効き目を知るため」
「魔法薬!」
「そしてもうひとつ、種の限界を超える」
「種の限界ですか」
「そう。永遠に老いず、死ぬこともない方法の研究。つまり不老不死。そのための手段のひとつとして人工生命体の研究と言われている」
「不老不死と人工生命体なんて無理でしょう」
「いや、人工生命体に関しては、知恵を持たないものなら作り出せるようになっていると言われてた」
「えっ・・・まさか!」
「おそらく、メフィストの体は、人工生命体でできている可能性がある」
「流石にそれは」
「奴らはそのために人の記憶と魂を魔石に移す研究もしていたと聞いている。メフィストを見たときに人とは違う異質なものを感じた。人でありながら妖魔と魔物の気配を感じさせる。おそらく、人の記憶と魂を魔石に移す技術が完成しているのだろう。そしてメフィストの記憶と魂を入れてある魔石を人工生命体の体に移植した」
「それが事実なら、魔石が無事なら何度でも肉体を作り替えることができるということですよ」
聖流は驚きの声を上げた。
「それが、暁の鐘が目指した目的の一つだ。その技術が完成したらメフィストが生きていることも納得だ。奴は広域殲滅魔法の発動の中心付近にいたのだ。生きているはずがないのだ。生きているはずが・・・・。ダグロスは中心からかなり外れた場所にいたようだから、大怪我だけで済んだ可能性はあるが、メフィストは生きているはずがないのだ」
我が子のように育てた弟子を、自ら討たねばならなかったルナの表情は、とても辛そうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます