第16話 三百年前の出来事

激しい痛みでダグロス・ベイズは目が覚めた。

ノア・ローグベイ夫妻の広域殲滅魔法に巻き込まれところまでは覚えていた。

ここは何処だ。

あの世と言うやつか。

あの広域殲滅魔法に巻き込まれ生きていられるはずが無い。

だが、朝焼けの空。

空を流れゆく白い雲。

少し冷たい風が頬を撫でる。

とてもリアルだ。

体を起こそうとすると激しい痛みで動けない。

これだけの痛みを感じるということは現実世界なのか。

衣服に仕込んである対物理結界魔法陣、対魔法結界魔法陣、自動回復魔法陣は全て破壊されているようだ。全く機能していない。

自分の魔力も限界寸前まで減っているようだ。回復魔法も使えない。

しかも、出血もひどいようだ。

このまま行くと出血死になりかねない。

魔力の回復が先か出血死が先が、それとも何かに襲われて死ぬのが先か。

助かる可能性は低いように思える。

視界の端で何かが動いたようだが痛みで体を動かして見ることもできない。

もしも野犬や魔物なら食われて終わりだ。

多くの命を奪ってきた報いか。

「※・・$#*・・・・」

何か言葉が聞こえてきたが聞いたことがない言葉だ。

多くの国々を渡り歩いてきたため言語魔法を習得しているが、言語魔法も直ぐには反応できないようだ。

視界に若い女性が見えてきた。

金色の髪をした女性。

自分の怪我を見て驚いているようだ。

「※・・だ・・#・・で・・*・・」

意識がぼんやりしてきた。

「あ・・あの〜・・生きてますか」

どうやら言語魔法が働き始めた様だが、意識を保っていることがもう限界であった。

ゆっくりと目を閉じ、意識を手放した。



目を開けると知らない天井であった。

どうやら魔物や野犬の餌にならず、さらに殺されたりすることもなかったようだ。

首は動かせるようになったみたいだ。

首を動かして左右をみる。

何処かの農民や平民の住居のようだ。間違っても貴族の家では無いな。

だが、綺麗に片付けられており雰囲気は悪くない。

自分の体は包帯だらけのようだ。

ここまでしなくても魔力さえ戻れば回復魔法で治せる。

だが、失った血は自然に回復するまでは無理だが。

部屋に誰か入ってきた。どうやら助けてくれた女性のようだ。

「あ〜良かった。意識が戻ったのね。このまま意識が戻らないかもと心配していたの」

彼女は満面の笑顔で私を見つめてくる。

こんな笑顔で見つめられたのは初めてだ。

今まで、私を見る人々の目は、恐れと妬みが混じった目であった。

実の両親でさえ笑顔を向けてくれることはなかった。

「君が私を助けてくれたのか」

「朝、畑に行こうとしたら血まみれの人が倒れていたから驚いたわ」

「そうか、助けてくれてありがとう」

「傷が治るまでは無理をしないほうがいいよ。あと、怪我が治るまでは出歩かない方がいい。最近の不作が魔女のせいだとか言い出している人がいて、そこに教会まで乗り出して来てとても危ないの」

「いいのか、見ず知らずの俺を置いて、街の人から何か言われるのじゃないか。俺なら大丈夫だ。俺みたいな怪しい奴をおいておくとあんたが危ないだろう」

「普通の人ならとっくに死んでいるほどの怪我。そんな人を放りだせないよ。それに私の名前は、あんたじゃ無くて‘’マリア‘’よ。マリア。分かった」

「マリアか・・・良い名前だ・・」

「ありがとう。食べるもん食べてしっかり休んで怪我を治すんだよ」

マリアは、そう言うと部屋から出ていった。


一ヶ月後、今日は朝から畑の収穫を手伝っていた。

傷が癒えたら直ぐにでも出ていくつもりだったのに、気がついたら一ヶ月も経過していた。

マリアはこんな怪しい男を助け、いつも変わらない笑顔を見せている。

いつの間にはマリアの畑仕事を手伝っていた。

不作だと言うのは本当らしい。全体的な実りが良くない。

この程度なら魔法の応用で豊作にすることも可能だが流石に怪しすぎるため、1割程度収穫量が多い程度にとどめていた。

この程度なら、肥料や土地の良し悪しで誤魔化せる。

血塗られた日々が当たり前だった自分には、こんな平穏な日々は初めてだった。

そしてこんな平穏な日々も悪くないと思い始めている自分がいた。

今日は、マリアは街に出かけている。時間はかからないと言っていたが遅い。

何か起きたのだろうか。

胸騒ぎがする。

周囲を魔力波で人がいない事を確認。

すぐさま小鳥の姿をした使い魔を呼び出した。

「マリアが遅い。急ぎ街を調べよ」

小鳥の使い魔はすぐさま街へと飛び立った。

小鳥の使い魔の視界がダグロスの脳裏に映し出される。

街向かう途中、こちらに向かってくる男たちがいた。

鎧を着込んだ騎士5人と神父が一人。

おかしな組み合わせだ。

使い魔が街に入ると人々が街の中央に集まっている。

何が起きてるのだ。

使い魔は人々の中心に焦点を合わせた。

一人女性が十字架に結び付けられ、人々が石を投げつけている。

十字架の女性は、マリアだ。

顔は青く腫れ上がり、血を流している。

腕も足も痣だらけだ。

人々がマリアに魔女と罵声を浴びせている。

ダグロスは呆然として映像を見ていた。

マリアが魔女の訳がない。

魔女なら人間なんかに捕まる訳がない。

呆然とするダグロスの前に5人の騎士と一人の神父が現れた。

「貴様か、魔女マリアの手先は、魔女とその関係あるものは消さねばならん」

「なぜだ・・・」

ダグロスが呟く。

騎士の一人が笑うように話し始める。

「ククク・・運が悪かったと思って諦めな。街の秩序を保ち権威を維持するには生贄が必要なのさ」

その言葉に全てを悟った。

不作の不満をそらし、領主、宗教者の権威を守るためにスケープゴートにされたんだと。

「貴様ら・・・」

「ハハハ・・お前一人で勝て・・・体が・動かん・・く・苦しい」

「貴様らやってはいけないことに・・・怒らせていけないものを怒らせた。本物の魔法使いの怒りをその身に受けるがいい。簡単には死なせんぞ。貴様らも街の奴らも」

男たちは全く体が動かず、少しずつ体が圧迫されて来ていた。

「本物の魔・・魔法使いだと・・」

ダグロスは右手に黒い小人達を呼び出した。

「ば・馬鹿な・・」

「この小人は取りついた人間の姿を悪魔に変え、人間の心と記憶を持ったまま自らの愛するものたちの命を奪うのだ」

「行け」

「やめろ、やめてくれ・・・」

黒い小人に取り憑かれた男達は悪魔の姿となり空を飛び街へと向かった。

ダグロスも空を飛び後を追った。

街に入るとすぐさま重力魔法を使い、街の広場にいる者達の動きを止め、黒い小人達を大量に召喚してばら撒いた。

人間の心と記憶を持ち操り人形となった悪魔達が町中に散り暴れ始める。

ダグロスは、十字架のところに降り立つ。

魔法でマリアを十字架に縛り付けていた縄をほどき、体をそっと受け止める。

既に彼女は死んでいた。

ダグロスは魔法でマリアの傷を全て消し去り、綺麗な姿へと戻した。

そして、そっと抱き締める。

「君を必ず甦らせてみせるよ。天才錬金術師ダグロス・ベイズの名にかけて、必ず・・・何年かかろうとも必ず」

マリアを魔法で作り出したクリスタルの棺に入れ、姿を消した。

街と領主の館は悪魔に占拠され、それを知った国王は慌てて討伐軍を送り込み、全ての悪魔の姿をした者達が討伐された。

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