第12話 もう一人の師匠

一人の老紳士が英国から日本に降り立った。

その男の名は、ノア・ブラウン。

自らそう名乗っているだけで本当の名前は誰も知らない。

本人もノア・ブラウンはビジネスネームのようなものと人には言っている。

だが、ヨーロッパの魔法使いの中では、最高峰と言われていた。

多くの魔法使いが彼の教えを受けたいと思うが、彼は弟子を取らない。

時折、講習会的なものを開きいくつかの魔法を教えるだけであった。

彼には、教え子たちはいるが弟子はいなかった。

そんな魔法使いである彼の姿は、ごく普通に濃紺のスーツを着込み、白い髪はオールバックで整えられていた。

どこからみても魔法使いには見えない。

完全な老紳士のビジネスマンだ。

「ふむ、相変わらずこの秋葉原の街は人が多いな」

「本当ですね。ただ、街にゴミが無く、綺麗なのはいいですね」

ノアの後ろから声がした。

ノア・ブラウンの少し後ろに一人の20代半ばに見える女性がいた。

スーツに身を包み、長い金髪を後ろでまとめている。

ノアの秘書でもあるエバだった。

5ヶ国語を普通に話せる有能な秘書であり、ノアの教え子の魔法使いの一人である。

「エバ。なぜ君がここにいるのかな。今日、君は重要な会議があるはず」

「それを言われるなら、ノア様はその重要な会議に、私よりも出席しなければいけない立場のはず。魔法協会の筆頭理事であるなら、仕事を放り出してわざわざ東京で遊んでいる暇はないでしょう」

「それはおかしいな。エバ君に代理出席をお願いしておいたはずだが・・・」

「私のデスクの上に、勝手に書き置き1枚を残して依頼したと言われましても困ります。奥様より捕縛依頼を受けております。素直にお帰りいただけますか」

ノア・ブラウンは軽くため息をつく。

「どうしてここが分かったのかね」

「執務室のパソコンの最新履歴に、東京秋葉原のメイド喫茶がありましたから」

「ほ〜・・・それはうっかりしていたな。次回は履歴削除をしておく必要があるな」

「それでは、一緒におかえりいただきます」

「私を捕まえられるとでも」

いつの間にか周辺を5人のスーツ姿の男たちが囲うように近づいてくる。

「この程度で私を捕まえられると言うのかね」

「これだけの人混みの中で魔法を使うつもりですか、目立つことは確実ですよ。魔法使いが目立つことは大問題でしょう」

「君たちは、そもそも勘違いをしている」

「勘違い?」

「そうだ。私は最初から魔法を使っている。ここにいる私は最初から実態の無い幻さ。魔力を持っている人にだけ見えるようにしてある。つまり君たちは、周囲の通行人たちから見て、何もない空間に話しかけているとても気味が悪く、とてもとても痛い人に見えていると言うことになる」

ノアの姿がどんどん薄くなっていく。

「この魔法‘’ファントム‘’はまだ誰にも教えていない。私が使える魔法の内、君たち教え子たちに教えたのは1割にも満たない。気が向いたらそのうち帰るよ。あとは頼んだよ」

ノアの姿はかき消すように消えてしまった。

「クソジジイ・・やりやがった」

エバは怒りの声を上げると同時に、周囲の視線に気がついた。

通行人たちの視線はとても痛い。

「あの人大丈夫か・・・」

「何もない空間に話しかけていたぞ・・・」

「浮遊霊でも見えるのか・・・」

「きっと幽霊と話せるに違いないよ・・・」

「新たな都市伝説の誕生か・・・」

「可哀想に、きっと、心が病んでるのよ・・・」

通行人たちの呟く声が聞こえてくる。

慌ててその場を離れようとした時、レンズの厚いメガネをした色白の二人の青年が近寄ってきた。

「誰もいない空間に向かって話していた迷えるあなた。あなたは神を信じますか・・・」

「きっと、日々の生活に疲れているのでしょう。あなたは神を信じますか・・・」

怪しい勧誘であった。

「うるさい!!!」


エバたち追跡者からまんまと逃げ切ったノア・ブラウンはとある山奥にいた。

そこは日本の魔法使いとも言える陰陽師の訓練場所であった。

周囲は険しい山と谷。深い森が広がるだけであった。

民家まではかなりの距離がある。

ここには、関係のない者が近寄らないように隠蔽の術と妖魔が入り込まないように、結界術が施されてあった。

さらに訓練に伴う音が周囲に聞こえないように遮音の術までかけられてある。

術を使った大きな音が結界の外には漏れないようにしてあるのだ。

訓練場にいるのは魔法使いノア・ブラウンと陰陽師神代聖流である。

ノアは神代聖流が一人訓練をしている様子を離れたところから見ていた。

ノアは神代聖流に条件付きで弟子にならないかと話を出してあった。

その条件は、魔法に使う魔力量を要望水準まで高め、自在に操れるようになると言うことである。

条件付きとは言えノアが弟子にならないかと言ったことは今までなかった。

昔、ノアが神代聖流にを弟子にしたいと思うほどの出来事があったからである。

それは3年前の日本で魔法の講習会を開いた時、初歩的な召喚術では呼び出すことができない、あり得ないほどの高位の者たちを呼び出し契約してしまったからであった。

その時の召喚術の見事なまでの操作。

陰陽師でありながらスバ抜けた魔力量。

彼こそが自分の求めていた人材であると思ったからであった。

いま目の前で魔力を操る速さ、滑らかな魔力の動き、溢れ出るような魔力量。

全てが求める水準に達している。

ノアはゆっくりと神代聖流に近づいていく。

神代聖流は近づいてくるノアに気がついた。

「ノア先生」

「しばらく、見させてもらっていたよ。見事な魔力操作と魔力量だ」

ノアの言葉に嬉しそうな表情をする神代聖流。

「聖流。君が私の弟子となることを認めよう。この瞬間から君は教え子ではなく弟子。私のことは、先生では無く師匠と呼びなさい」

「ありがとうございます」

「君は、異世界エステガルド王国魔法師団長であり賢者と呼ばれたノア・ローグベイの唯一の弟子である。私の全ての知識と魔法の技を君に授けよう」

「異世界・・・ノア・ローグベイ・・・」

「それが私の本当の肩書きと名前である。だが、祖国は滅んでしまったがね。魔人たちとの戦いに敗れ、妻と共に最後に広域殲滅魔法を使用した時、次元の歪みに飲み込まれ気がついたら妻と二人でこの世界にいた。妻以外で君は唯一私の本当の名を知る弟子となったのだ」

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