第5話 奥宮の封印

黒い甲冑武者黒羽刃牙は信じられないほどの速さで奥宮に向けて駆け抜けて行く。

途中の認識阻害の罠も全て一瞬の内に一刀両断で破壊する。

黒羽刃牙が奥宮に到着すると奥宮の前に一人の男が立っていた。

ジーンズに茶色の革ジャンを着込み、右手には刀を握っている。

「今日は久しぶりの休日なんだよ。悪いが大人しく帰ってくれないか」

「クククク・・・それは出来ない相談だ。邪魔するなら切り捨てるまで」

「ならば、排除させてもらうまで。覚悟することだ」

「我が名は、黒羽刃牙。貴様の名を聞こう、墓標が名無しでは不憫であろう」

「特級陰陽師、神代聖流。残念だが、墓標には貴様の名が刻まれることになる」

「我が前に立ち塞がった陰陽師は皆そのように言う。その言葉を何度聞いたか覚えていないな。だが、いままで我が前に立った陰陽師は、全て墓標にその名を刻むことになった。貴様はどうだ。貴様が噂に聞く神代聖流ならば、噂に聞く力はどれほどか、この黒羽刃牙が測ってやろうではないか。貴様の言い分を通すだけの力を示して見せろ」

黒羽刃牙の黒い刀が赤黒い光を放ち始める。

神代聖流の破邪斬鬼丸は、聖流の氣を受けて白銀の光りを放ち始める。

両者は一気に間を詰め刀を振るう。

二つの刀がぶつかり合うと同時に強烈な衝撃波が発生。

周囲のものを吹き飛ばす。二人も吹き飛ばされるが、すぐさま体制を立て直しお互いに切りかかる。

お互いに何度も激しく切り結ぶ。

二人がそれぞれに放つ斬撃が周囲のものを破壊する。

石灯籠は砕け、石の狛犬は原型を止めていないほどに破壊された。

二人が大地を蹴るたびに敷き詰められた石畳は粉々に砕けて、地面が剥き出しになっていく。

樹齢数百年から1000年はあろう大木は、二人が斬撃を放つたびに枯れ枝が折れるかのように容易く折れて倒れていく。

すでに何本の大木が倒れたのか、数えることができぬほど倒れている。

二人の周囲には原形をとどめているものが何もない無い。

奥宮の社もすでに半壊状態だ。

「惜しいな・・それほどの力がありながら、実に惜しい」

赤黒い目を輝かせ黒羽刃牙が呟く。

「惜しい?」

「刀を切り結んでみてわかった。貴様は、本来我らの側にいる存在だ」

「何を訳のわからんことを」

「貴様の陰陽師の力の奥にはドス黒い闇がある。どうにもならない怒り、理不尽な出来事に対する怒りと嘆き、己の無力さに対する苦しみ、欲してやまないものが手に入らない苦しみと絶望。それを貴様は、全て心の奥底に無理矢理押し込んでいる」

黒羽刃牙は、感情のない声で神代聖流に淡々と語りかける。

「・・・・・」

「貴様は我らの側にいることで心が解放され、貴様が欲してやまないものが手に入るはずだ。今からでも遅くない我らの仲間となるべきだ」

「何を言っている」

神代聖流は怒りを露わにする。

「陰陽師よ。神代聖流よ。人間とは不便なものよ。自らに枷をかけ、自ら掛けた枷で苦しんでいる。枷を全て取り払い、己が望むままに生きれば楽であろうに。人とは、本来自由なものだ。自由に生きる権利があるのだ。貴様はそれを誰よりも望みなら、そこから目を背けている。貴様が何を欲しているか当ててやろうか。なぜ、貴様が禁術使などと呼ばれるほどに、術にこだわるのか当ててやろうか・・・私なら分かる。貴様と私は同類だからだ」

「黒羽刃牙!貴様と話し合うことは何も無い。俺のやることはただひとつ。貴様を滅することだけだ」

神代聖流は怒りの声を上げると破邪斬鬼丸を鞘に収め居合の姿勢をとる。

「やはり力でしか語ることしかできぬか。いいだろうお互いに力で語ろうではないか。最後は己が力で語り合うものだ」

黒羽刃牙も刀を鞘に収め居合の姿勢を取る。

お互いの刀が鞘の中で極限まで力を溜め込み、激しい音を鳴り響かせる。

金属が擦れるような、何かが鳴くような音を周囲に響かせる。

「神代流 破邪一閃」

「暗黒剣 奈落一閃」

神代聖流が破邪斬鬼丸を鞘から抜き放つと白銀の光が溢れる。

黒羽刃牙が黒刀を鞘から抜き放つと赤黒い光が溢れる。

白銀の光と赤黒い光がぶつかり合う。

激しい爆風が吹き荒れる。

巻き上がる土埃。

土埃で何も見えない。

やがて土埃が収まってきた。

神代聖流は地面に片膝を突き、破邪斬鬼丸を地面に刺しかろうじて倒れないようにしていた。

着ていた茶色の革ジャンは見る影もないほどに切り刻まれ、表情には激しい疲労の色が浮かんでいる。

黒羽刃牙の方を見ると黒い甲冑が半分以上砕けていた。

「何、中身がカラだと・・・」

砕けた黒羽刃牙の甲冑は、中が空洞であることが見てとれる。

その時、奥宮の方から歩いてくる影があった。

神代聖流がそちらを見ると、無傷の黒羽刃牙であった。

「クククク・・・ハハハハ・・・。我が策、既に成就なり」

「馬鹿な・・あれはいったい」

「貴様が戦っていたのは我が傀儡なり」

「傀儡だと・・傀儡ではあの戦いはできない」

「それが貴様の至らなさ、弱さだ。貴様らの負けだ。すでに封印は解かれた」

神代聖流の背後からもう一人の黒羽刃牙が現れて声をかける。

「せっかく我を相手に善戦したんだ。少しは種明かしをしてやろう」

慌てて後ろを振り返る。

「な・・何だと・・」

「我が力は剣にあらず。我は傀儡師。闇の世界の黒羽刃牙。本体でありながらも傀儡であり。傀儡でありながら本体でもある。無数にある我を全て倒すことは不可能。それゆえ我は無敵」

その黒羽刃牙に白銀に輝く棍棒が振り下ろされた。

黒羽刃牙はかろうじ避けるが左腕が叩き落とされた。黒羽刃牙は大きく飛び去る。

「聖流。遅くなってすまん。なるほど、中身が空ならためらうことも無く叩き壊せるな」

「貴様は確か特級陰陽師赤羽郷か。だが、遅かったな。封印は解かれてもはや手遅れだ」

「邪術師黒羽刃牙か、闇におちた陰陽師。それは昔の名。今は亡き師の名を受け継ぎ弦空。赤羽弦空だ」

「ククク・・弦空を名乗るか。わざわざ亡き男の名を受け継ぐなど、古臭いことよ」

「貴様だけは、貴様だけはこの俺が倒す」

白銀に輝く棍棒を構える。

その時、強い地震が発生した。立っていることができないほどの揺れだ。

「いよいよか」

黒羽刃牙が呟く。

奥宮のさらに奥から爆発と共に何かが飛び出し空に駆け上がっていく。

「あれは・・まさか・・雷獣、ぬえ・・」

猿の顔、狸の胴体、虎の手足、尻尾は蛇の妖魔。

その鵺が空中を駆けている。

鵺はいきなり雷を周囲に落とし始めた。

封印されていた憂さを晴らすかのようにあたり構わず雷を落とし、やがて西の空に向かって空中を駆け去っていった。

気がつくと黒羽刃牙も消えていた。

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