第一幕 ヤクーブ
第一幕 ヤクーブ・1場
◯ゴシック様式の部屋。一番奥にカラフルなステンドグラスが二枚、その間に中庭に通じている扇状の開き戸がある。
右側にタペストリーで隠された扉。
左側には大きな花崗岩の暖炉と、タペストリーで隠された扉があり、こちらは貴賓室へ繋がっている。
出入り口の両側とドアの間にパノプリ(西洋甲冑の一式)が置かれている。
暖炉のそばに祈祷台がある。
◯数人の射手が暖炉を囲んでいる。
ヤクーブは反対側の虎の皮の上に寝そべっている。
奥のドアから、殺したばかりの鹿を肩に担いだ射手と巡礼者が登場。
巡礼者、ドアの階段から:
「神のご加護がありますように!」
アンドレ、巡礼者の前を通り過ぎながら:
「お入りください神父さま。我が主人サヴォワジー伯爵がそこであなたをご覧になったら同じことを言うでしょう」
巡礼者:
「ありがとう」
ヤクーブはこの声を聞くと身震いして振り向く。
アンドレ:
「もし伯爵がいるなら、さらに『神父さま、私の席に座って私のグラスで飲んでください』と言うはずです。ですから、着替えたら座って飲みましょう。俺たちは、伯爵の代わりにそう言うように頼まれたのですから」
アンドレ、他の射手たちに向かって:
「なあ、そうだろう?」
射手たち:
「確かにその通り!」
巡礼者:
「後でそのようにしましょう。私は、サヴォワジー伯爵が敬虔な神の息子であることをよく知っています。彼の意志をさらに良いものにするために、まずは伯爵家の墓所へ行き、彼の先祖のために祈りを捧げてもよろしいでしょうか」
アンドレ、鍵を出す:
「ジェハン、この鍵を持っていき、神父さまを言われた通りにご案内するんだ」
巡礼者とジェハンは外に出る。
アンドレ:
「さて、おまえたちの中で鹿殺しと呼ばれる名手に聞きたい。百二十歩の距離から撃った場合、一撃でこうして倒すことができるかどうか教えてくれ」
アンドレ、鹿を地面に放り投げる:
「見てくれ」
射手たち、獲物を取り囲む:
「王家の血を引く鹿だ」
アンドレ:
「夜明けにこいつの足跡を見つけてから、イノシシみたいに藪や生垣を突っ切って、手も顔も傷だらけになりながら仕留めたんだ……」
アンドレ、ヤクーブに:
「笑っているのか?」
射手:
「野蛮人は放っておけ」
ヤクーブ:
「はぁ?」
射手:
「狩猟は高貴なキリスト教徒の楽しみだ。野蛮人には何の意味もない」
(回想はじめ)ヤクーブ、独り言のように。
俺がまだ子供だったころ。
ある朝、父が目を血走らせ、のどを震わせながらテントに入ってきて、弓矢を放り投げてこう言った。
「ヤクーブよ、ムハンマドよ! この土地は呪われている。毎晩、うちの羊の群れが一匹ずつ減っていく。雌ライオンの群れが戻ってきたんだ。砂の上に足跡を見つけた。おそらく、どこかの巣穴に子ライオンがいるのだろう」
俺は何も答えなかった。
父が出かけると、弓矢を持ち、大地に屈みながら獲物を探した。
雌ライオンの足跡はナイル川を渡っていた。
一度通り過ぎた場所で、雌ライオンは俺を撒こうとしていると感じた。
俺は諦めずに追いかけて、砂漠に足を踏み入れた。
雌ライオンは天頂の太陽を避けて、古代から砂漠の見張り役をしている偉大なスフィンクスの足元に日陰を求めていた。
疲れたライオンのように、俺もそこで横になった……。
雌ライオンと同じく、俺も追いかけっこを再開し、その歩みは夕方まで続いた。
やがて獲物の姿が見えなくなった。
砂の海に浮かんだ俺は、息を潜めながら動かずに、聞こえてくる音のひとつひとつに耳を澄ませた。
ときどき、遠くからかすかな唸り声が聞こえてくる。
その声に向かって、俺は蛇のように物陰に忍び込んだ。
途中、洞窟が暗い口を開けていて、その奥で俺を見つめる二つの目が光っているのが見えた。
もう音も足跡も必要なかった。俺は雌ライオンと対峙していたのだから。
ああ、恐ろしい!
人間もライオンも咆哮する、恐ろしく危険な戦いだった……。
やがて、片方の咆哮が消え、もう片方の血が砂に染みこんだ。
夜が明けると、死んだ雌ライオンのそばで眠っている子供に光を当てた。
この子供はキリスト教徒ではないし、ライオン狩りは異教徒の楽しみだ。
(回想おわり)
アンドレ:
「黙れ、サラセン人! キリスト教徒が遠征して、貴様らの穀物畑で狩りをするのは、聖なる希望に苦しめられているからだ」
(※サラセン人:アラブ系に対する蔑称)
アンドレ、ヤクーブを指差しながら:
「そして、こいつは俺たちがフランスに持ち帰った獲物ってわけだ」
アンドレ、ベルトに通した矢を解き、弓を隅に置く:
「ふぅ! 喉が渇いたな……。一杯飲もうぜ、仲間たち! イングランドとブルゴーニュの動向はどうだ? 昨日から何か知らせがあったのか?」
アンドレ、飲む:
「ああ! ブルゴーニュだ! ブルゴーニュ人は恥じることなく俺たちに戦争を仕掛けてくる。あいつらに喧嘩を売るのはいいが、ブルゴーニュワインに喧嘩を売るのは絶対にダメだ!」
射手:
「新しい知らせは何かって? ギー・レイモンが帰って来たよ」
アンドレ:
「どこから?」
射手:
「フランスからだと思う」
アンドレ:
「もし、イングランド人が倒されたとか、国王が徳を積んだとか、いい知らせを伝えてくれるなら、神が報いるだろう。ギー・レイモンはどんな知らせを持ってきたんだ?」
射手:
「伯爵夫人は、レイモンが到着するとすぐに連れてこさせた。ここを通るときに、しばらく待つようにと言っただけだ」
アンドレ:
「旦那さまからの知らせを持って来たのは間違いないのか?」
射手:
「そうだろうな」
アンドレ:
「おまえたちと一緒に、レイモンがここを通り過ぎるのを見守った。三年近く前にこの城を離れて以来なのだから、何か新しい知らせがあるに違いない」
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