1-4 悪を滅ぼす太陽の魔法少女

 駅のロータリーで粕壁を巡回するバスが無残に真っ二つになり炎をあげていた。着地しているのは朝倒したはずの蛾の悪霊が堂々と居座っている。


「あいつ朝の。なんで街中に」


「似たやつがいる時って眷属とか子供とかで親玉がいるなぁ……。すごく嫌な予感」


「処理――」


 悪霊へ突進しようと一歩踏み出す。ただ、直後に朝と違うところを見て、体が自然と止まった。機械の目から青白いビームを放ったのだ。


「うわああ!」

「きゃぁああああ!」


 炎が。崩壊が。平穏を壊していく。もう一撃、適当に放った破壊光線は身を道を焦がし、また別の建物を貫いた。


「逃げろ! 崩れる!」

「ひぃい、だれか……!」


 粕壁の建物はセンジンの意向によりすべて特製金属でできている。一撃ぶつかっただけで倒壊とまではいかなかったが、直撃した箇所からがれきが下に落ちてくる。


 運悪く駅周辺を歩いていた人は突如現れた化け物に混乱を隠せない。


 大型蛾の悪霊は機械的にもう一撃の準備を始めた。レーザーポインターが発射され、今度は喫茶店を見ている。


「まずい……!」


「カナデ、お願いがあるんだけど」


「悪霊を殺せと」


「ちがぁう。ロータリーに子供が1人取り残されててる。その子のところ行って」


「え?」


 サキの顔は今までのようにニコニコはしていない。目には闘志が宿り初めて真剣な顔を見せ、声のトーンも異論を許さないという気迫を伴っていた。


「腰抜かしてる人何人かいるけど、第一優先は一番近いその子。あのデカぶつは私が相手するから。任せて!」


 被害の状況は飛び降りる瞬間のほんの一瞬でしか見るタイミングがなかったはず。


(そこまで見ていたの?)


 自分は悪霊を殺すことしか意識が向いていなかった。


(人々を守る。なぜ?)


 命とは自己責任で守るもの。浦与宮では住民のことなど悪霊の二の次であり、討伐に邪魔であればどこかへと運ぶもの程度の認識だった。


(そこも粕壁との違い、ってこと?)


 さすがの最強の魔法少女も全方向を視認するほどの力はないはず。


 ならば、サキがいち早く確認したのは悪霊の正体ではなく、危機を迎えそうな人が何人いるか、どこにいるかということ。


 サキの紋章が光る。右手の甲に刻まれた模様は円とその周りを円になって並んでいる正三角形。


「イデアルチェンジ!」


 サキは叫ぶ。紋章は光を放ちサキは全身が同色の光に染まった。


 魔法少女と呼ばれる所以。変身することで紋章の力を100パーセントの力を開放できる。その際、紋章を持つ者の姿は紋章の影響により変化する。


 魔法少女という呼び名も、元々は原初の紋章使いが女性であり彼女が見せた変身を見た信者が呼び始めたという話が有力な説だ。


 光がはじけ、変身後の姿が順番に露わになる。


 ダークブラウンのポニテは金色に変化して輝き、瞳の色が深緑となる。


 体には色が大きく変わっている別の服。太陽、光、それらを連想できる黄色と白が調和したミニドレス。


 足には白のタイツ。腕と脚を守るように、ひざ下、肘から手までにかけて黄金の籠手が装備される。


 換装が終わると同時、サキは跳躍する。それはあの破壊光線が今にも放たれようとしていたから。


(任せるって、部下になった覚えはないけど)


 ただ、やらないのか、と問われれば『ちがう』と感情が訴えてくる。


 悪霊を倒すのは誉である。人々から尊敬される理由をたどれば、自分たちは人々を守る正義だ。人命救助に尽力することは第一意義から逸れるとしても矛盾はない。


「しょうがない。緊急事態だし」


 カナデは走り出した。自分のできる限りの猛ダッシュで。


 直後放たれた光の筋は、喫茶店に届く前に別の光の障害物に激突して細かな粒子となり拡散していく。


「サキちゃん!」

「やったー!」


 賞賛が次々と声となりサキに届く。人々の希望の光はここに確かに存在する。


 粕壁の魔法少女。ビームを受けてなお刃こぼれの無い特製の大太刀が、SSランクの紋章紳士、太陽の魔法少女のトレードマークだ。


「せああ!」


 太刀の大振りから放たれる三日月型の光の斬撃。悪霊は見た瞬間羽ばたき上へと逃げる。風圧で周りの建物のガラスにはひびが入り、一部屋根が吹っ飛んだ。悪霊は悪びれることなく再び青色の光で街を焼き払うつもりだ。


「さぁああせるかぁあ!」


 カナデはサキが最強である理由、その氷山の一角を見た。


 一言でいうのなら『力任せにぶっ飛んでいる』。


 サキは魔力を推進力に変えて羽ばたいた悪霊をめがけてハイジャンプ。そして勢いのままエネルギーがたっぷりたまった目を金色の光宿す太刀でぶった斬る。


 大爆発が起こり、とんだ悪霊はよろめくも、それでサキを最大の障害と認識した。

朝に見せた自分の小型の同類を解放して、そいつらに人間への嫌がらせを任せる。


 本体は解放後黒いバリアを纏い、空中から落下しているサキに向かって突撃。


「上等! ぶっ飛ばす!」


 サキの剣は輝きを増し、足元に浮き出た紋章が足場となり方向転換すると、再びそこから質量差が圧倒的だろう悪霊に真正面からぶつかった。


 黒い魔力と光が激突して花火と見違えるほどの魔力が炸裂。相克は数秒続き、なんと悪霊が負け、再びよろめいた。


「ちゃあんす!」


 黄金の斬撃は相手に当たった瞬間光が弾ける。斬撃の1つ1つに膨大な魔法少女の魔力が込められていることが明らかにわかる。


 もう決着はつくだろう。サキは終始自信を崩さなかった。自分ならやれる、と笑顔だった。


(さすが、というべきなのかな)


 残る問題はカナデが駅前の少年に間に合うか。悪霊が厄介なものを放ったおかげでせっかくサキが大物の気を引いているのに無駄になった。


「いた……!」


 カナデは走る。


「ひぃいい、いいいううああ!」


 少年のところには小型の蛾がもうすぐ襲い掛かろうとしている。カナデ本人は全速で走っても間に合わない。


 しかし、それでも25メートルまで近づけた今問題はない。


 リボルバー式拳銃に慣れた手つきで弾を装填する。弾丸と銃は浦与宮から使っている相棒。追放された今、使いすぎれば合う弾はなくなってしまうが、躊躇はしなかった。


 狙いを定め、念のため片手ではなく両手で持ち、目を覆っていた布を取り外してしっかりと狙いを定める。


 3発――全段命中。


 回転式弾倉の拳銃の見た目からは想像できない、魔力による重い銃撃により、少年と同等ほどあった大きな蛾3体はそれぞれ1撃で絶命する。


「大丈夫?」


 カナデは駆け寄り、今にも涙出そうになっていた少年の涙はもう引いた。カナデに向けてうなずく。


「ありがとー、助かったよ」


 サキがいつの間にか後ろにいて、カナデはびっくり。


「悪霊は」


「もう終わったよ」


「小型が」


「そいつらも全員倒した」


「は?」


 早すぎる。あの巨大悪霊だけでなく多数の小型悪霊がいたはずなのに、まだ3分もたっていないはず。


「ばけものだ……」


 素直に自分の感想を述べる。


「ぉおい。褒め言葉なのはわかるけど、もっといい感じの言葉選んでよ!」


 サキはツッコミこそ入れたものの、嫌そうな顔ではなかった。


「キミ、カナデお姉さんはカッコよかっただろぅ?」


「うんもちろん、ありがとう」


 どうすればいいか迷って固まっている少年に話しかける。少年は素直にうなずいた。


「おや? 笑ってるよ?」

 

 サキと少年だけが一瞬、口の端が上向きになったのを見て、

「気のせい。不要なものを私が持つはずがない」

 とすぐにその場を後にしようとする。


「もーてれちゃってぇ。プリンの続き、食いにいこうぜ」


「いらない」


「そう言うなって。感謝された後の自分へのご褒美は最高だぞぅ」


 逃げようとするカナデを圧倒的なフィジカルの差で拒否し、サキはカナデの手を握り走りだす。


 その途中、1機の無人偵察機がサキを見ていたのにカナデは気が付いたが、

「最初からいたよ?」

 と言われ、『この最強め』とむくれてしまった。


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