1-3 カナデはこんらんしている!

「初めは街の方からの依頼を受けていただくことになっております」


 先ほど魔法少女が1人仕事の受付をした場所で、眼鏡を付け藤色のギルド役員服を付けている女性とカナデは話していた。


「私が怪しいでしょうか?」


 自分の姿を改めて考えたとき、フードをかぶり目元を隠しではさすがに良くないと気が付く。


 それでも、必要のないときは目を見せたくないのだ。でも目だけ見せないのはそれはそれで見た目が変だったのでついでにフードもかぶるようになった。


「そういうわけではないですよ。ご安心ください」


「なら、悪霊関係の依頼を見せていただきたいです」


「それはできません」


「私には、そのような依頼をする時間はありません。お願いです」


 カナデもわかっている。これはあくまで自分のわがままだと。しかし、今はどうしても悪霊と戦う以外の気分にはなれなかった。


「カナデー。どしたの急に? ミキさん。なにか言われた?」


「ああサキさん。新しく来たこの方がどうしても悪霊の情報が欲しいと。でも」


「わかってるって。センジンさんの謎のこだわりでしょ。この子浦与宮から来たから慣れてないの。私が面倒みるから」


「勝手に決めないで。あなた上官の案内の途中だったでしょ」


「まあまあ。任務をしたいなら、ぱぱっと街のお悩み事片付けちゃおうよ。私がいれば話もしやすいぜぇ?」


「私はともかくあなたは戦える人。悪霊と戦うか、己を鍛えるのに時間を割くべき。私に余計な時間を割く必要はない」


 遠慮のない物言いにもサキがめげる様子は一切ない。


「じゃこの依頼で。ついでに粕壁の散歩もしよーよ。一緒にさ」


「何を勝手に、うわぁあ」


 サキは問答無用だった。カナデの手を引っぱりそのまま受付から遠ざかっていく。


「サキちゃんおはよー」


「東の八百屋さんだおはー。用事終わったから受付使って。待ってたでしょ?」


「おお、助かる。気が利くねぇ。さすが最強の魔法少女だ」


「おだてても依頼料はやすくならないからねー」


 すれ違いに住民の1人と慣れ慣れしく話すサキの姿に、カナデは首をかしげる。






 ギルドの外に出て、再び逃げようとするカナデを見逃さず、サキは肩を強めに抑える。


「あなたはその依頼を受ければいい。私は受付にまだ用がある」


「ミキさんああ見えて頑固だから無駄だよ?」


 先ほど受けた依頼の内容を改めて目の前に立体映像で映し出す。内容は居住区の護衛。後ほど駅前の喫茶店集合。


 呪武士や紋章神士が持っている腕輪は、このように仕事に必要な様々な行為を手助けしてくれる。


 カナデは興味がなさそうだ。


「悪霊と戦うことこそ存在意義。それ以外に意識を向けている余裕なんかない」


「カナデは自分の使命に誇りを持ってるんだね。えらい!」


「あなたは違うの? そんなの紋章神士として恥さらし」


 カナデはあえて棘のある言葉を選んでいる。へらへら笑って自分にまとわりついてい来る邪魔ものが消えてくれればそれでいいし、そもそも本心だ。


「人生戦いだけじゃないって。浦与宮にいるとあんまそう思わないかもだけどさ」


「あなたに私たちの何がわかるの? 粕壁の紋章神士のくせに」


「わかるよ? 私も、元々浦与宮の大宮部隊の所属だったから」


「え」


 通常において、浦与宮の紋章使いは完全管理され街の外に一時的に遠征することはあっても長い間外にいることはない。


 あるとするなら、それは領外追放のときだけ。


「上官さんがいる間は粕壁にいるんでしょ? なら粕壁での仕事に慣れておかないと。ついでに私の行きつけ行こ! そこで仕事の打ち合わせもするからさ」


 カナデには解せなかった。なぜ浦与宮がサキほどの強い魔法少女を手放したのか。ほんのちょっとだけサキに興味がわいたカナデは素直に先についていくことにした。






 居住可能エリアの中央に存在する粕壁駅のすぐ近く。西口は先ほど通った藤が咲く大通りが続く活気のあるエリアとなっている。


 バスが通るロータリーの近くにサキの行きつけの喫茶店があった。ドークッドという名前が書かれた木の看板が入口にかかっている。


 1階が創作菓子をつくる工房となっていて、2階は食事から甘味処としてまで幅広く使えるカフェとなっている。


 内装は無駄な装飾がなく、天井が高い、

「なんかログハウスの中みたいでおしゃれでしょー、まあ、本物のログハウスとか言ったことないけどね」

 とまるで自分のものみたいに自慢げに語っていた。


 サツマイモの皮の色に似た、背中をふんわり受け止めてくれる座り心地の良いチェアに、木製のテーブルをはさんで向かいあって着席。


「なんかカノジョつれてきたみたい。ちょっと新鮮で、うれしいなぁ」


 サキはにっこにこだった。カナデが見て不審に思うほどに。


「私には言っていることが理解できない。そもそもここに来たのは尋ねたいことがあったから」


 カナデは素直にサキの誘導に従って席に座ったが、開幕注文はおろかメニューすら見ずサキに話しかける。


「私でも知っている。粕壁に最強の魔法少女がいるという噂。先ほどの蛾の悪霊の蹂躙を見て確信した。あなたが噂の日向サキ」


「最強? 私有名だなぁ。悪くない気分だねぇ」


「私には理解できない。あの軍事優先の場所があなたほどの戦力を手放すなんて。なぜあなたは粕壁に」


「それは、たぶんカナデと同じだよ。領外追放」


「ありえない。私は弱……かったかもしれないけど、あなたには紋章がある。何年前かは知らないけど、今の大宮隊でも選りすぐりになれるほど当時も強かったはず」


「これでも今まで負けなし無敗の魔法少女だったらよかったんだけどねー。数万回悪霊と戦って来て、負けは1回。でもその1回が致命的だった」


 今までご機嫌な顔しか見せてこなかったサキの顔が、カナデの前で初めて曇る。


「白銀の騎士。11歳のころただ1回出会ったやつ。SSランクの紋章の力を使っても手も足も出なかった化け物。あれは悪霊とは言葉通りに格が違った。今まで街1個を1分で滅ぼせそうな悪霊にも負けなかったのに、衝撃を受けたよ」


「それがなぜ」


「まあ、その後いろいろよくないことがあった。それで総統様がお怒りになって私は追い出されたわけ。だからまあ私も役立たずだと判断されて追い出された」


「悔しくないの。こんな田舎があなたにふさわしい場所だと思わない」


「……それって、今のカナデは悔しいって思ってるってことだよね?」


 自分の心境を見知らぬ人に露わにするつもりはなかったが、サキにじっと確信を伴った目線を送られ観念した。


「だって落ちこぼれなんて、嫌だ。今まで頑張ってきたことも無意味だって言われてるみたいだし、周りには努力が足りないと思われる」


「そうだね。わかるよ。ふふふ、初めてカナデの可愛いところ見ちゃったかも」


「私はそんなのやだ。あなただってそうなんじゃ。ないの?」


「今はね。少し違う。浦与宮で魔法少女やるより、センジンさんの粕壁で戦う魔法少女の在り方がね、なんかよくってね」


 店の奥、レジ横の厨房入口から人が出てきた。


「さきぃ! よく来たねぇ。あ、もしかしてカノジョ?」


 スキンヘッドの男がエプロンをしてやってきた。目力もすごく、カナデは一瞬本能的に防衛のために銃へ手を伸ばしたほど。


「残念だけどまだそうとは言えないかなぁ。それよりいつのもぷりんある?」


「もちろん。ただ今から作るからちょっと時間かかるぞ?」


「カナデにも食べさせてあげたいんだぁ。この子最近きた子でね」


 ぷりん、という単語をカナデは初めて聞いた。サキの今までの性格を分析しおそらく強制的に食わせられそうな感じなので、一体どんなものか気になりメニューを開こうと手を伸ばす。


 その手は止まった。


 何か来る。目が反応した。


 カナデがここから少し離れた場所へ顔を向けた途端。


 パリン!


 喫茶店の窓が割れた。そこから、

「なんで?」

 サイズはとても小さいが見覚えのある蛾の姿が。


「あれは倒したやつじゃない?」


 すでにサキは動き出し、その蛾を光った握り拳でパンチ。蛾は黒い粉となり形を崩す。直後、外から大爆発が起こった音が耳に入ってきた。


「ぷりんはお預けかな」


 サキとカナデは割れた窓を取り外して、店から飛び出す。

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