1-2 Welcome! 粕壁宿街のギルドへ!
先ほどまであれほど苦戦していたあの蛾をたった一撃。
明らかに自分と差がある、とカナデは思う。カナデにはサキの右手に輝く紋章があるのが見えていた。
(いいな……。なんで私には)
「へーき怪我無い? カナデって呼ばれてたみたいだから、私もそう呼ぶね」
「心配無用」
じろじろ見られるのが気に入らなかったので、カナデはサキから距離をとった。
今の行動の何が導火線に火をつける結果になってしまったのか、カナデには理解できなかったが、サキがにっこり、再び接近しようと試みる。
「おつかれさーん」
1人の男がサキに向けて手を振ってやってきたことでその行動は中止となる。
その男は下半身に藍色のズボンを着ている。上半身は白Yシャツ。黒の長髪を後ろでまとめて、サキと同じポニテではあるが、眼光は獅子を彷彿とさせるほど鋭く、半そでのYシャツの祖から出ている腕を見るに筋力も相当。
カナデはすぐに警戒し、リボルバーをその男に向ける。
(あれ?)
瞬きの間にその姿が消えた、かと思うと後ろから伸びた他者の手が愛銃をなでていた。
「いい反応だ。可愛いねぇ。お名前は? いいこと」
「センジンさん。ナンパしないの! てか見てたなら手伝えよ」
「えー、結局お前いれば十分だし―」
(この人も……! いったいどうなってるの?)
自分よりも強い、と理解させられることになった。
「感謝する。粕壁の神士」
カナデの上官、銅の鎧を装備している棍棒使いが、その場で崩れ落ち動かなくなった。その近くから、今まで透明になっていた長身の女性が姿を見せる。
浦与宮本部協会の証である黒紫の制服とスラックスにしわはほとんどない。毎日しっかりメンテナンスと管理がされている証。ストレートの白銀髪と黒メガネは遠くでもその人だと判別できる
180センチとカナデより頭1つ分大きい彼女の首の後ろには紋章が光っている。
「センジン様、お初にお目にかかります。粕壁の地の武士、魔法少女を束ねるギルド長。ご活躍はかねがね伺っております」
「大宮隊の魔法少女じゃないか。たしか……そう人形使いの月乃ちゃん。休暇でお気に入りの子を侍って旅行かい? 俺もしてーな」
「違います! まあ、休みといえばそういう風にも見えますが」
カナデが否定する。
「違う、遠征! 成果をあげて帰ればいい」
サキが『あー』と口をあけ声を出す。ここまでの内容でおおむねの事情をつかんだのはセンジンも同様。
「なるほど、領外追放か……。あの女もよくやるねぇ」
カナデは反論しようと口を開けたが、センジンはそれを許さない。話を続ける。
「永らえることはなく、報われることはない。悪を滅ぼす剣。身を削れ。そこに正義と喜びあり。前半は美しい台詞なのになぁ。総じてみるとつまらん」
「センジンさん?」
サキが肘でセンジンの脇腹を刺す。少々響いたか、センジンが被害箇所をなでサキが見る方向を向いた。
そこにカナデは立っていた。納得がいかない、と顔に出ている。
「だが、お前たちにはおもしろそうな事情がありそうだなぁ?」
「ニヤニヤしない。その顔、変なこと考えてるってわかるから」
もう一度、肘を刺し、また響いたのか『ひぃ!』と悲鳴を上げ被害箇所をさする。サキはそれをガン無視。センジンから会話の中心人物のポジションを奪った。
「でもせっかくですし粕壁のギルドに来ましょうよ! 浦与宮の魔法少女が来てるって知ったら驚きそー」
「それ、街の外でも有名な君に言われるのもあれだと思うのだが」
サキはまたも距離を置こうと少しずつ離れていたカナデとの距離を再び0にした。
「粕壁にようこそ! まずはお茶でも一緒にどう?」
「お断り」
「でもギルドにはいこーね。他の人たちは賛成みたいだし?」
わけない、とは言いづらい雰囲気になっていた。カナデと一緒についてきた同僚も、カナデが尊敬する上官もみな行く気満々。
カナデは今、せっかくの手柄チャンスを奪われ心穏やかではなかったのだが、
(見知らぬ地での単独行動はキケン。がまんしよ)
と、サキの言う通り、時が来るまでは素直に従うことに決めた。
巨大蛾と戦った場所から15分、センジンが用意していたボックスカーに乗り目的地であるギルドへと向かう。
「いつも車使わないのにどしたの急に? まるでこうなることがわかってたみたい」
「俺は粕壁にいる神だから、未来も読めるってもんよ」
「まぁたそんなテキトーなこと言って。神は東京の大御神でしょ」
「はははは。でも俺が粕壁のトップだってことは事実だから」
助手席に座ったサキが運転手のセンジンと漫才を繰り広げているのに一切興味は持たず、カナデは外をじっと見ていた。
粕壁宿街は駅から大街道が伸びている。そして活気のある藤駅道には、きれいな藤が1年中、粕壁の藤の紋章神士の力できれいに咲いているのは観光スポットである、とカナデは裏与宮の図書館で見たことがある。
「きれい」
「でしょー、うわっと」
運転手がハンドルを右にきると、黒色の大きな建物が現れた。車のまま入り、入口のすぐ近くで降りられるよう道が作られている。
降りて、自動ドアを開けてすぐ、カナデが最初に感じたこと。それは、
(雰囲気が違う……)
という目に見えないものだった。
目に見えるところから語るなら、地面や壁は木でできているように見えるが、触り心地が気ではない。そう見せているだけで、本当は様々な攻撃に対して耐性を持つ特殊素材でできているのだろうと予測できる。
「ようこそ紋章紳士ギルド粕壁支部、兼宿街役所へ!」
1階は人が座る椅子や作業する机が多いが、それ以上にカウンター席が多く、そこで今も向かい側の役所の人間と住人が話しているのが見える。
ただ、このフロアは一般人だけが使えるものかと言われればノー。カナデにはこんな会話も聞こえてくる。
「お疲れさまでした、藤の魔法少女」
「はい討伐収穫品。変換器を使えば住人の3日分の食糧は確保できると思う」
「わぁ……ありがとうございます、依頼達成の報酬となります」
呪武士、紋章神士専用の仕事仲介カウンターもフロアの一番奥に用意されていた。
「依頼……って、呪武士と紋章神士の仕事は命令じゃないの?」
「浦与宮との大きな違いだねー。うちは緊急時以外、悪霊の討伐は任意制なの。外にハンティングして素材をとってきたり、緊急性の低い討伐依頼は手の空いてる人があのカウンターで仕事受注して戦いに行くの」
(ありえない……)
紋章神士が、あるいは呪武士が悪霊と戦うのは生まれつきの使命。自分たちが生きていても良いと許可される代わりの義務である。それが浦与宮の常識だ。
「どう? カナデ? うちのギルドは?」
藤の魔法少女が近くを通りかかった30代あるいは40代らしき、現代でいう高齢の女性と笑顔で対等にしゃべっているのもカナデには理解できない。
「緊張感がない。ありえない……。呪武士や紋章神士は貴ばれるべき」
「不必要な障害は排除するべきだってセンジンさんは言ってるよ。私も賛成。ここで街の人とおしゃべりするの楽しいし」
「不可解。紋章を持つ者は特別。特別は区別されるべき」
「そんなことないとおもうけどなぁ」
サキが次に地下1階を指さすがカナデは無視しそこで立ち止まり、首をかしげる。何かに困っているわけではないがカルチャーショックで脳の処理が追いついていないのだ。
「地下は大きな食堂があるの! ご飯おいしいんだよ。2階は呪武士や紋章神士をサポートする施設。3階から上は……お役所の人たちが使う場所だから何やってるかわからん」
「ほう……私はうまい飯にはとても興味がある」
「ほんとー? なら月乃さん一緒にいかが? カナデも……」
一行の前を歩いて案内役を買って出ていたサキは周りを見渡す。
「あれ? カナデは?」
「さっき、カウンターの方行ったが?」
「なんでぇ? 止めろよ!」
「……確かに。いきなり知らんヤツに話しかけられてもカウンターの子困るか」
「ちょっとセンジンさん。後の案内やっといて!」
「へーい」
突如暴走し始めたカナデの姿を発見し、サキはその真相を解明しに向かう。
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