第1話 撫子は太陽の花に出会った

1-1 そしてサキはカナデのほうへ振り返った

 朝、少女キッチンで一杯の野菜ジュースとバナナを口に入れ、持ち家のマンションのドアから飛び出して走り出す。


 ギルドの藍色制服と自分で用意した同色のスカートは普段着。ダークブラウンでセミロングの髪を後ろにまとめてポニテに。本人的には気合が入る気がする格好なのだ。


「サキちゃんおはよー」


「おはー、行ってくるねぇヨシさん!」


「おう。仕事終わったらウチ来なよ」


(今日も目の前に広がるこの街の平和でにぎやかなのは嬉しい――)


 上空、駅周辺の繁華街から少し遠くで。黒くて大きな蛾が飛んでいた。その近くを飛んでいた飛行機が派手な花火になり爆散したのを、彼女は見逃さなかった。


(怖いやつらがいっぱい湧いて出る物騒な世の中、今日も前向きに笑顔で生きているみんなと私が楽しく生きるため)


 飛行機が墜落し、大きな蛾は街から少し外れた場所に共に降り立った。


(紋章の力を使って悪いヤツと戦って、戦って、戦いまくる)


「もしもしー。サキ? 魔力通話は問題ないな?」


「悪霊いるんでしょ? 遠くに見えた! あれなに?」


「浦与宮から飛んできた化け物だな。連中がしくじったんだろ。放っておけばすぐに居住区にあの蛾もどきが来て人間をぱくぱく」


「朝からおっかないこと言わない! センジンさん! 今から向かいます!」


「頼りにしてるぞぉ、今回は俺も一応見に行く」


「がちぃ? どしたの? いつもはギルドの食事処で肉焼いて酒飲んでるくせに」


「適度に働かねえとな。向こうでおちあうぞ」


 連絡が切れて深呼吸。どのように現場に登場しようか考え始める。


(それが紋章を持つ私たち、紋章神士の役目! 今日もがんばるぞー!)


 右手の甲の紋章が金色の光を放った。


 学校前街道でサキは50メートルに近い大ジャンプ。紋章は超常現象を発揮するための力の源。この程度は容易いもの。目標の足場に難なく到着。


「サキ! てめー何度言ったらわかる! 学校の屋上が近道だからって通るなー!」


 下から初等学校の生徒指導担当のおっかないムキムキ先生からクレームが飛んできたがへこたれない。


「ごめーん!」


 すれ違う一回り小さい女の子に『がんばってねー』と手を振られ『もち!』と応え、再び足に力を込めて大跳躍した。


『警告! 警告! 西方第4区域に悪霊が出現しました! 当該区域付近の呪武士(じゅぶし)以外の皆さんはすぐに避難してください』


 今日も平和な粕壁宿街でこのようなサイレンが鳴った。サキの中に少しの焦りとやる気が満ちていく。


「センジンさんも珍しく働いてるし、今日はなんだかすごいことが起こる予感!」


 今から戦いに赴くというのに、足取りは軽やかであり、彼女は楽しそうだった。






 粕壁宿街の居住区の外、もともとは温泉施設があった巨大廃墟の駐車場にヘリが墜落した。


 墜落による死傷者はなし。乗っていた全員が空から落ちて普通に着地。


 残念ながら、その一団に楽観する時間はなく、天空より追って降り立つのは巨体。蛾に似ていながらも体の一部が機械っぽく見える青銅色の金属。


『蛾に似ていながら』と説明せざるを得ないのは、体の形は飛行機並みなのを置いておけば形が似ているが、体の細部が異形すぎることから。


 片方肉眼、片方機械の眼、羽はドロドロした流体でありながらも羽の形を保つ正体不明の真っ黒な物質でできている。


 悪霊。


 個体ごとに大きさ、姿、形が異なるものの、人間を襲い、文明を破壊することは共通している脅威。このせいで人間が安全に住める場所はほとんどなくなってしまった。


 それでも、人々には希望がある。例えば悪霊を前に立っている少女たち。


 悪霊と戦うために必要な武器と覚悟を持ち、果敢に悪霊と戦う彼らこそ『呪武具操作士』と呼ばれる者たち。通称、呪武士と呼ばれる。


 蛾の足が、フードをかぶった少女をつぶそうと狙う。フードの少女は凶器を前に逃げるのではなく前進、すれすれで回避した。


 腹に向けて回転式の拳銃口を向け、狙いを定め、人差し指に力を籠める。鋼鉄の体を一発の弾がえぐった。


「堅い」


「カナデ! 退け!」


 上官の命令に従い、カナデト呼ばれたフードの女の子が敵から離れる。フードが脱げ、赤いショートヘアと目を覆う布が露わになる。


 彼女が退避する時間を稼ぐため、彼女と同期の2人が悪霊に銃を向け攻撃を始めた。


 カナデの上官、ごつごつした堂の鎧を全身に纏い、大きな棍棒で頭を殴った者もいれば、蛾も黙って自分の腹に弾をねじ込んだ少女1人だけを気にするわけにはいかない。


 羽を動かす。上部から自分より小さい蛾が30、50を超え現れる。小さいと言っても体調は1メートルくらいあるのだが。


 揃って少女たちに襲い掛かった。地面やその他物にぶつかったり、一定時間がたつごとに爆裂する。


「うわあ、きもいぃ!」

「ぎゃああ。ヤバいって」


 カナデ以外の2人が逃げに精一杯で、カナデと上官は冷静に撃ち落としている。


(手数が足りない……!)


 カナデは歯を食いしばり、どうするべきか悩み、それが油断となった。近くで爆発。その衝撃で態勢を崩し、転んでしまった。


「あう」


「カナデ!」


 もう間に合わない。蛾の迎撃も生身ではできないし、本体がカナデを狙ってその鋭利な足を下す。


(あ、死ぬ……)


 最後に、あの場所にまた戻りたかった、と後悔が頭に浮かんだ。


 目を閉じる――直前。


 黒いミニサイズ蛾の集団を光の清流が飲み込み消えていく。


「うそ……なにこの馬鹿火力」


 直後、それを放っただろう女の子が目の前に現れ、カナデは絶句する。本当に、彼女がやったことなのかと。


 思い切り踏みつけようと、蛾の巨体が踏み込むが、それを軽々と光る太刀で受け止めた者がカナデに振り返った。


「大丈夫? あっぶなかったねぇ」


「だれ……?」


「あたし、サキ! 粕壁の魔法少女! よろしくね!」


 魔法少女。悪霊と戦う呪武士の中でも特例中の特例であり人間側の切り札。


 サキの右手の甲ように、体のどこかに紋章を刻み、人の範疇を圧倒的に超える奇跡を扱う紋章神士(もんしょうしんし)。


 ちなみに男性のことを紋章武士、女性のほうはなぜか魔法少女と呼ぶ人も多い。


 太刀の一振りから放たれる剣戟は、剣を離れても光によって形を保ち、悪霊本体である巨体の蛾を、たった一撃で両断。


「うそ……あんな堅かったのに。この人化けものだ」


「ええぇえ? もっと美しいとか、カッコイイってほめてよー」


 カナデは、最強の魔法少女に出会った



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