LOVERS~恋の真実

 女子生徒・吉祥は、ここしばらく図書室の隅を定位置にしていた。彼女は周囲に無頓着である。その時没頭しているジャンルがあれば、その位置に座り込んで本に読みふける。それだけの事である。

 そんな彼女が嫌うのが、こんな質問である。

「吉祥さん、こんな場所に隠れてどうしたの?いじめられたの?嫌な事でもあった?」

 人よりも本に興味が強い時、吉祥は反応しない。しかしそういう時に限って、相手は引き下がらない。

「ねえ、私心配してるんだよ?誰にも言わないから私には言ってね?私は、吉祥さんの事お友達だと思ってるからね?」

 甲高い声でいつまでも話し続ける相手に、吉祥は仕方なく顔を上げる。

「何を占ってほしいの」

「え、いいの?いやでもいいよー、本の邪魔しちゃ悪いし」

「さっさと言って。恋愛、進路、どっち」

「え、吉祥さんまさか怒ってる?ごめんね、わた――」

「どっち」

 相手はたじろいだ。そして、さっきとは違う低い声で答えた。

「――恋愛」

「了解」

 吉祥は本を閉じ、長机に移動した。




「なんなの!?」

 先ほどの女子生徒――坂本は、怒りをあらわにしながら誰もいない廊下を進んだ。さっきは平静を装っていたものの、あとからムカムカしたものがふつふつと湧いてくる。

 占ってもらったのは、今の男友達との関係だった。異性の友人が多い坂本は、特に仲の良い後輩・樋田から告白されていた。

 気持ちとしてはまんざらでもないが、樋田の自分への態度が粘着的な感じがして、吉祥に占いを頼もうと思ったのである。

 しかし吉祥の口から出た言葉は、想像していたものとは違っていた。


「恋人の逆位置が出てる」

「え、てことは付き合うなってこと?」

「それ以前の問題。あなたは真実が見えていない」

「いや、もっと簡単に言ってほしいんだけど」

「これ以上簡単にできない。もっと周りを見て頭使えば」


 付き合うべきか付き合わないべきか、それを相談に来ただけなのに。回りを見ろだの頭を使えだの、なんでそんなに回りくどいの。

「あれが厨二ってやつね。あー、変な人に関わっちゃった。もう今度から無視しよ。友達にも無視するように、忠告してあげなくっちゃ」

 坂本は正義感に燃えながら、廊下を走っていった。



 翌日。

 坂本は、孤立していた。

「あ、おは……よ……」

 クラスの女子が、怯えたように避けていく。たくさんいた男友達も、なんだか遠巻きに見ていてよそよそしい。

「せんぱーい!」

 一学年違う教室にやってきたのは、樋田だった。人懐っこい笑顔を浮かべ、かすかに頬を上気させている。

「先輩、遊びにきちゃった」

「あ、う、うん」

「あれぇ?どうしたの?」

「いや、なんでもないん、だけどさ……」

 坂本に向けられた忌避の視線。樋田に向けられた憐みや同情、彼を守ろうという焦りの視線。

「なに先輩、イジメ?」

「いや、多分ちが――」

「ひでえ!」

 樋田は急に大声を挙げた。

「おい! 誰だよ首謀者、出て来いよ! お前か?あ、お前か!?」

 樋田は、坂本と特に仲の良かった男子生徒に殴りかかった。後輩とはいえ、樋田の方が体格はいい。あっという間に押し倒されて、その生徒はボコボコにされた。


 誰かが必死で樋田を引きはがすのを、坂本はただただ怖い思いで見ていた。




 その日の帰り道。

 坂本は、さらに孤立を深めていた。

「――あの子に近づくと、1年の子に殴られるって」

「――やっぱり彼女、よくないグループに入ってるんだ」

「――今朝のやつも、彼女が殴らせたって話じゃん」

 いたたまれなくなった坂本は、耳を塞いで逃げ出した。なんで今朝の一件だけで、ここまで言われなくてはならないんだろう。昨日まで楽しかったのに、なんで今日はこんなに辛いんだろう。

 運気が悪いのかなどと考えた時、坂本は顔を上げた。

「図書室に行けば、きっと……」

 坂本はふらふらと階段を登った。




 やはり、吉祥は図書室にいた。誰にも見えない隅っこで、今日も分厚い本をめくっている。

「――あの」

 坂本が口を開く前に、吉祥が彼女を睨んだ。

「よくその面を見せに来れたものね。昨日はあんなにキレてたくせに」

 返事をしあぐねる坂本から、吉祥はふいっと目を背けた。

「占いは頻繁にするものじゃない。来るなら一か月は空けて」

「それじゃ困るの!」

 坂本はたまらず声を挙げた。

「私、急にいじめられるようになったの! みんなに無視されて辛いのよ! 仲の良かった男子は近づいてこないし、わけわかんない1年が教室で暴れるし! 今の私、運が悪いの? こんな状態いつ終わるの? ねえ占ってよ、同級生ならトモダチでしょ!」

「勝手に友達にしないで」

 吉祥は慌てることなく、自分のスカートからタロットカードの箱を取り出した。しかし占うのではなく、一枚のカードを取り出して見せただけだった。


「これ」

 恋人。昨日も見たカード。


「正位置ならば、天使に見守られる恋人同士。でも逆位置になれば、第三者の声を聞かない愚か者、愛を失い心を壊す暗示。昨日、あなたに出たのは逆位置だった」

 吉祥はカードを逆さに持った。幸せそうな男女の絵が、なんだか世界を拒む病人に見える。

「再び占いたいなら、一か月後に来て。運命に抗うかどうかは、自分次第」

 吉祥は、本を抱えてどこかに行った。

 坂本は立ち尽くし、うつむいたままじっと何かを見つめていた。




 そして、一か月が経とうという頃。

 坂本は、学校の裏庭で樋田と対面していた。

「君が黒幕だったんだね。樋田君」

 坂本の顔からは、表情が消えていた。何日もの間、彼女はいわれのない噂に振り回された。友達もいなくなり、孤独に耐えながら、全ての元凶をこつこつと探った。

 見つかったのは、学内の裏サイト。そこに、坂本に対するいわれなき中傷が載っていた。クラスの女子が自分を男たらしと嘲っていたのは傷ついたが、それよりもっとショックな書き込みがしてあった。

「私に対して、あらゆる差別用語が書かれてた。その出所が、いつも同じ人だった。発言を繋げて、アカウント調べて、アドレス調べて。そしたら、樋田君だった」

「邪魔じゃん」

 樋田の言葉には、主語も敬語もなかった。その青白い薄ら笑いを見て、坂本は思った。――逆位置だ。禍々しい。

「確かに、私は孤独になった。だからって樋田君と付き合う気はない」

「はっ、無理無理無理」

 樋田は見下すように笑った。

「先輩は独りが大嫌いじゃんか。もうこの学校に、先輩の友達になってくれる人は誰もいないよ? いっとくけど、教師にも先輩の悪い噂聞かせておいたから。ますます学校に居場所はないじゃん」

「うん。だから学校やめる」

「はぁ?」

 更に罵倒しようとする樋田を遮り、坂本は叫んだ。

「さっきやめてきた!退学届、受理された!私はもう君と関係ない!」

「いい加減な事いうんじゃねえ!」

 樋田は坂本に襲い掛かった。坂本は樋田に押し倒され、そのまま首を絞められた。

「俺は、俺は先輩が好きだ!逃げるなら殺す、殺す、殺す!」

「う、ぐ、まっ……」

 息ができない。頭に血が上る。目の前が赤くなって暗くなる。


 ああ、もうだめ。


「何してんだ!」

 誰かが樋田をはね飛ばした。せき込む坂本を背中に守り、見知った背中が仁王立ちしている。先生の誰かだ、確か。

 樋田は悶えながら手を伸ばした。

「その女返せ!」

「返さない!」

「俺のだ、俺の女だ!」

 他の先生たちもかけつけた。樋田は暴れながらも連行された。

 坂本は女の先生に抱えられながら、保健室に連れていかれた。


 途中、吉祥とすれ違った。

 吉祥はあの恋人のカードを、今度は正位置で持っていた。

 坂本は安堵した。――私、運命を変えられたんだ。

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