(また)あお(うと)のり(だす)
硝水
第1話
「紗南とあたしがさ」
しゃくしゃくとカキ氷を噛み砕きながら、やっぱり無理にでも水着選びに付き合うべきだった、と目の前の鉄壁ウェットスーツを眺める。
「おん」
ずるずると焼きそばを吸い込みながら、全然聞いてなさそうな返答をしてきた。あーあ、あたしも焼きそばにすればよかったな。鳥肌のたった腕をさする。
「前世で愛しあってたって言ったら信じる?」
「信じない」
「即答」
「だって私は知らないもんそんな設定」
「設定とか言わんといて」
寂れた海水浴場(ビーチという感じではない)もシーズンにはちゃんと賑わっていて、あたし達は苦労して勝ち取ったパラソル席を手放すのを惜しむようにだらだらと食事を引き延ばしていた。半分色水になったカップをベコベコ弄びつつ、焼きそば掃除機の女を見物している。あれ、何しに来たんだっけ。
「でも、こういうので片方は覚えてないって設定はよくあるじゃん」
「そうだとして、私が覚えてない側なのは解せない。こんな」
「待って」
「なに」
「そのまま」
いーっとしたまま固まる彼女の前歯についた青海苔を舐め取る。
「もういいよ」
「何言いたかったか忘れたじゃん」
「何でもいいけど青海苔つけたままはちょっと」
「焼きそば食べてんだから青海苔くらいつくでしょ。あんたも舌真っ青だけど」
「舐め取ってくれるの?」
「やーだ」
「じゃああっためて」
紫色になった爪を見せると蚊でも見つけたみたいにはたき落とされる。叩けば赤くなるとかそういう話じゃないのよ。なりますけど。赤くは。
「ケチ」
「ケチじゃない」
「せっかく二百年の時を経て再び出会えたのに」
「何時代? 私の気を引きたいならもっとマシな嘘吐くことね」
「嘘は吐いてもいいと。メモメモ」
「あんた前世でも嫌われてたでしょ」
「そんなことないよっ」
「そんなことあるやつの言い方だ」
三筋残った麺を丁寧につまんで口に放り込む。端っこを咥えてやろうかな、みたいな隙もないまま熱でふにゃけたパックは空っぽになっていた。愛しあってたのは嘘だけど、愛してたのはほんとだって。
(また)あお(うと)のり(だす) 硝水 @yata3desu
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