三月八日 朝 (二)
天木紅は忙しなく膝を上下に動かす。
夜が楽しみなのか、授業がつまらないのか、それとも、あの二人が遅れて教室に入ってきたからだろうか。
筆箱に入っているメモ帳を破って前の席に座る千原紫に渡す。理科実験室では一つの大きく冷たい机に四人で座る。
『あの二人って付き合ってるの?』
紫は、メモを読んだ後、天木の顔を訝しげに見る。天木は、視線を感じながらもさっきよりも激しく動いている自分の膝頭を見つめる。
『付き合ってないと思うよ』
紫が、教師の目線を気にしながら天木に渡す。
理科の授業では、G県高校入試の過去問を宿題として解いて来て、教師が解説することになっている。
天木と紫は、空白の多い課題に、黒板に書かれる答えを写していく。
天木は、戻ってきた二つ折りのメモを開く。女子っぽい丸文字の羅列見た後、そのメモ帳を自分のペンケースに入れようとするが、ぐしゃっと丸め自分の制服のポケットに押し込む。
紫は、その様子を黒板を見ながら横目で見つめる。
それから、二人は何も話さなかった。ただ、黒板にある答えと赤字で書き加えられた重要な語句を天木は右に傾いた文字で紫は丸文字でそれぞれのペースで写していた。
予鈴が鳴る。
三時間目が終わる。
*************
小松茜は、何かを探している。
大きな机の下に潜り込み、膝をついて目を凝らす。
「何を探してるの?」
遠野藍が、机に手をかけ、上半身を屈めて茜のいる薄暗い場所を覗き込む。
「消しゴムを落としたかも」
「んー?ケースには入ってるよ?」
藍は机の上に置かれている茜のチャックの開いたペンケースを見る。中には、シャープペンが二本とその芯ケースが一つ、赤と青の多機能ペン、黄色の蛍光ペン一本ずつ、そして定規が一つ入っていた。
「もう、一個あるんだよ」
まだ、机の下にいるため、茜の声はこもって聞こえる。
「無さそうだよ?」
机の周りを歩きながら、藍はいう。理科実験室には、もう二人しかいない。
「もう、いいんじゃない?」
藍は、チャックが開いたペンケースを閉じ、開いていた教科書とノートを自分のそれらと重ねる。
「そうだね。」
茜が机の下から出てくる。ホコリ汚れがついたスカートを軽くはたく。
「私、持ってあげるよ。」そう言うと、藍は茜に微笑み、二つの教科書、ノート、ペンケースを両手でしっかりと抱え込む。
「じゃあ、お願いしようかな。」
茜は、藍の前へ歩き出した。
茜の背中には、机の下にある汚れがついたからか白い汚れが付いている。
藍は、その汚れを後ろから見ていた。
見るだけだった。
二人分の荷物を両手で持っているから。
卒業を待つ彼らは、夜を過ごす 田中ヤスイチ @Tan_aka
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