第10話 これからのチャンスター

「ザコイヤーッ!」


 街の中で軽自動車程のサイズのザコイヤーが出現する。

 見た目は犬の様で紫色の毛先を逆立たせ、鋭い眼光であたりを睨みつける。

 周囲の人たちは悲鳴を上げながらも一刻も早くその場を離れようと走り始めていた。

 だがザコイヤーの脚力は凄まじく、三度かけるだけで逃げる人の背に追いつく。

 その大きな口を開け、逃げる人に噛みつこうとした瞬間、その間に別の人影が割り込んだ。


「せいっ!!」


 その人影は拳を振り上げるとザコイヤーの顎を打ちぬき、強制的に口を閉じさせる。

 更に追撃としてもう片方の手をグッと握りしめ、ザコイヤーを殴り飛ばした。

 ザコイヤーはくぐもった声を上げながら地面に転がる。


「イヤァァァ?」


 ザコイヤーは身体をよろめかせて立ち上がり、自分を殴り飛ばしたモノの正体を見る。

 それは長い銀髪を靡かせており、各部には機械的な装甲を纏わせている美少女だった。

 その少女は腰に付けたものを手に取り、再び付け直す。


『チャンスタイム!』

「ワンチャン、創ったぜ!」


 その声と共に魔方陣が出現する。

 魔方陣は地面を伝ってザコイヤーの足元で止まり、銀の光が放たれてザコイヤーを拘束する。

 ザコイヤーは抵抗するが、その一瞬のうちに少女は高く跳躍して突進。

 勢いはそのまま、身体を回してザコイヤーに足をぶつける。


『マジカル・チャンストライク!!』


 衝撃が空気を震わせてザコイヤーが吹き飛び、消滅する。

 少女が着地し、立ち上がる。


「ふぅ。これで良し」


 周りに被害が無いことを確認して少女は一息をつく。

 そこに逃げるのが遅れていた、または建物の中から様子を見ていた人たちから賞賛の声が上がり始めた。


「すごいぞー!」

「ありがとー!!」

「かっこよかったー!!」

「お、おう」


 少女が驚き、困ったように笑う。

 そこに少女より更に幼い女の子が駆け寄った。

 それは先ほどのザコイヤーに噛みつかれそうだった子だった。


「ありがとうおねぇちゃん!」

「おねっ……まぁうん。

 無事でよかったよ」

「おねぇちゃん、しらないお顔だけれどお名前はなんていうの?」


 女の子に問われて少女は少し悩み、名乗りを上げた。


「俺はチャンスター。

 魔法少女チャンスターだ」


 ■


 コウキは異世界のヒーローである。

 最初はこの世界を守る魔法少女に手を貸していたのだが、自身をザコイヤーと戦う力を手にした結果、なぜか変身すると魔法少女になってしまった。

 元のヒーローになることはできなくなり、変身する際にも様々な制限がつくようになったコウキがなぜ魔法少女として活動しているのか。

 時間は少し遡る。


 ■


「アレからザコイヤーの出現率は元に戻ったよ」

「やっぱり原因は怪人スイーパーのせいか?」


 コウキは研究所に足を運び、ポケトピッチと話をする。

 前回の怪人が暴れたあとは既に修復済み。

 街は平穏を取り戻し、いつもと変わらない日常を過ごしていた。


「それはまだわからない。

 アレがどういった経緯で出現したのか。

 なぜザコイヤーの性質を保持していたのか。

 余計に謎が増えるばかりだ」

「うぅん……原因が分からないと対処もできないな」

「ただ一つ分かるのは、怪人への対抗手段は君一人だけということ。

 現在の魔法少女では怪人を倒すのは困難だ。」

「そうなのか?」


 コウキが不思議そうに聞くとポケトピッチは呆れたような顔でため息を付く。


「通常攻撃であれだけの威力出せる方がおかしいんだよ?

 一撃一撃が魔法少女の必殺技に相当するわけで」

「じゃあどうするんだ?

 いくら俺がいるって言っても他に対抗手段用意しないとまずいだろ」

「一応、戦える子がいないわけじゃないが……」

「いるのか?」

「海外にね。

 この国は結構平和だけれど、海外だと魔法兵器が流れてたり、違法な変身装置を使って変身してる魔法少女もいるんだ」

「思ってたより物騒だな。

 その対応に戦える奴が出向いているってことか」

「そうなる。

 でもまぁ、最近は国や地元の政府が頑張ってるし近々呼び戻してもいいかもね。

 今の君は変身するにしても制限がかかっているから」

「そうだな」


 変身する場合は10分間変身が解けないだけでそれ以上に変身し続けることは問題ない。

 だが再変身するのにインターバルが必要になるのが一番の痛手だろう。

 一度変身を解いてしまえば、その間コウキはただの一般人だ。

 その間に被害が広がってしまったら元も子もない。


「まだ調整はできてないのか?

 早く変身できる姿を元に戻してほしいんだが。

 それに他のフォームも」

「うーん、まだだね」


 そう言ってポケトピッチは変身アイテム『チャンスマホ』をコウキに手渡す。

 元々今日はこれを受け取りに来ていたのだ。


「そっか……」

「そんな君にこんな提案をするのは申し訳ないんだけれども」

「なんだ?」

「しばらく魔法少女に代わってパトロールに出てくれないか?」

「……はい?」


 コウキは聞き返す。


「ザコイヤーの出現頻度が元に戻った今、魔法少女たち。

 つまりつつじくんたちにしばらくの休みを与えてあげたい。

 彼女たちは今を生きる十代の女の子だしね、ずっと戦いに身を投じさせるわけにはいかないのさ」

「あ~」


 それを聞いてコウキは納得する。

 魔法少女は基本的に年若い少女だ。

 この街で活動するつつじももちろん若く、現役高校生だということ。

 他にも二人いるらしいが、同じように高校生とコウキは聞いている。

 前回の怪人が現れた時もつつじは補習を受けていたということで、魔法少女に人生の時間を取られすぎているというのは誰が聞いてもわかることだ。


「わかった。

 引き受けるよ」

「ありがとう。

 ザコイヤーは基本夜には現れないから朝から夕方まで見回ってくれればいい。

 もちろん出現したらこちらからも連絡を飛ばす」

「そうしてくれ……あっ、ちなみに武器は?

 ザコイヤーが出たら必要だろ?」

「……?

 もうあるじゃないか」


 ポケトピッチはコウキが持つチャンスマホをその丸い手で指す。

 コウキはその手とチャンスマホを交互に見て、ゆっくりと頭を回した。

 そしてぎゅんとポケトピッチに顔を近づける。


「一日中変身してろってか!?」

「一日じゃないよ夕方までだよ」

「変わんねぇわ!!

 変身すると性別変わるんだが!?」

「細かいことは気にしない気にしない」

「こっまかくねぇわ!

 俺にとっちゃ大ごとだわ!」

「じゃあ彼女たちを駆り出すことになるけれども」

「うっ」


 ポケトピッチの言葉にコウキが詰まる。

 一歩二歩下がり、苦しそうに悩んだ後、力を抜いて項垂れた。


「わかったよやるよ」

「ありがとう。

 ちゃんとお給料も出すから安心して働いてくれ」

「はぁ~……」


 こうしてコウキは魔法少女チャンスターとして活動することが決まった。

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