第6話 異常事態発生

 人々が街を歩き、車が道路を走る。

 飲食店で食事を取る者もいれば、パソコンや端末を使って仕事をしている社会人が座っている。

 他にも学校終わりなのか、学生がファストフード店で買ったドリンクを飲み、談笑していた。

 そんな日常を守るように魔法少女がパトロールをしており、ファンサービスの一環なのか、小さな子と一緒に手を上げて横断歩道を渡る。

 何てことの無い、この世界での日常風景。

 その街の高い建物の頂点。

 そこには黒のゴシックロリータ風の衣装を着用し、それに合わせた日傘を手に持つ少女の姿があった。

 少女は街を見下ろしながら、一つの小さな玉を手に取る。


「実験は終わり。そろそろ本格的に動き始めましょうか」


 少女は玉から手を放し、落とす。

 玉はそのまま落ちる。

 風の影響を受けているはずなのに、地面に向かって一直線へと。

 やがて地面にぶつかると撥ねることなく沈みゆく。

 小さく黒い波紋が波打ち、広がった。

 その変化に人々が気が付く様子はない。

 ただそれを知るのは落とした少女のみ。

 少女は薄く、不気味な笑みを浮かべる。


「さあ、始めましょう?」


 黒い羽根が舞い、少女はその姿を消した


 ■


 あれから数日。

 コウキはホテルの一部屋を住まいとし、日に一度は研究所に顔を出す。

 データ取りの為にチャンスターの別の形態を見せ、サイボーグと戦い、変身したアザレアつつじと軽い手合わせを行った。

 その間にザコイヤーも絶え間なく現れ、その対処も行う。

 これがここ最近の生活となっており、コウキは今日もポケトピッチの元へと出向いていた。


「来たぞ博士。

 ってあれ?今日はチャップルだけか?」

「やぁ、今日もよろしく」

「オレッちだけじゃ不満ッチャか?

 つつじは学校ッチャよ。魔法少女業で遅れてる分、補習授業を受けてるッチャ」

「そうか、まぁ学生だもんな」


 チャップルは明らかに不満そうな態度を隠そうとはせずにコウキを睨みつける。

 どうやら担当の魔法少女につく悪い虫と認識されているようであまりいい印象を持たれていないようだった。


「なぁ、いい加減に仲良くしてくれよ。

 別につつじに何かしようってわけじゃないんだからさ」

「ケッ、お前みたいな男はそう言って若い子に近づくッチャ!

 信用ならないッチャ!!どうせ元の世界でも無自覚に女の子を誑かせてきたに違いないッチャ!!」

「このサメ野郎……」

「そうなのコウキ君?」

「そんな……そんなわけないだろ!」

「今回はチャップルが正しいみたいだね」

「ほらー!!」

「だから違うっての!」


 親身にしてくれる娘を三人ほど脳をよぎったが、コウキはそれをすぐに消し去る。


「そんなことより!研究は進んでいるのか?」

「うーん、まだまだってところかな。

 申し訳ないけれどまだ帰還への道のりは遠いね」

「そうか……」

「代わりと言っては何だが、君がザコイヤーと倒せるように取り組んでいる」

「ほんとか?」


 現在、コウキができるのはアザレアが倒しやすいようにサポートすること。

 倒しやすいように誘導したり、時には盾となり攻撃を防ぐ。

 連携はまだまだだが、それなりの活躍ができているだろう。

 ちなみに、チャンスターとしての活動は一部の関係者しか知らない。

 流通する情報には基本的にアザレアの情報だけが載せられている。


「ありがたいぜ。

 自分でも倒せるようになればつつじの負担も減らせるだろうからな」

「つつじ君だけでなく、他の魔法少女の負担もね。

 君の力は絶大だからだいぶ助かると思うよ」

「むむむ、そこだけは認めるしかないッチャね……。

 早く倒せるようになってつつじを楽にさせるッチャ!

 最近のつつじはハードスケジュールすぎるッチャ!!」

「そうなのか?」

「んー、まぁつつじ君に限った話ではないけれどね」


 ポケトピッチはモニターを一つ操作して画面に一つの表を表示させる。


「これがちょっと前のこの街でのザコイヤーの出現率。

 んで、こっちが二か月ほどの出現率」

「……滅茶苦茶増えてるな」

「それも中型から大型のものばかりだ。

 普通こういう奴らは月一ぐらいに現れるものなのだが、最近は二日に一度。ひどい時は日に二度も現れる。

 はっきり言って異常だね。

 他の魔法少女たちも頑張っているけれど、それぞれが振るえる力にも限度がある」

「ザコイヤーって負の感情が集まった者なんだろ?

 ストレス社会なの?」

「んなわけないッチャ!!

 むしろザコイヤーがいるから世界は平和な方ッチャ」

「んん?どういうことだ?」

「んー、これは仮説になるがね」


 ポケトピッチは語り始める。

 ザコイヤーとはこの世界の自浄作用なのではないのかと。

 世界が融合し、混乱が極め、それが落ち着き始めた頃にザコイヤーが現れたらしい。

 それを倒すためにはマジカノイドの協力の元、魔法兵器が作られ、その最終地点で魔法少女が生まれた。

 ザコイヤーが生まれ、魔法少女たちが倒すというサイクルが出来始める頃、世界から社会に対する不満、それに犯罪や戦争が以前の世界よりも激減してたらしい。

 ポケトピッチ曰く、「ザコイヤーが負の感情を吸収しているから、マイナス思考とか悪い考えや暴力的な考えになりにくいようにはなっているのではないか」という。


「とはいえ、あくまで先ほども言ったがこれは仮説だ。

 話半分程度に覚えておくくらいで丁度いい」

「変な団体が湧きそうな考えだな」

「……んまぁそうッチャね」

「あー、いるのね」


 チャップルの何とも言えない顔を見てなんとなく察する。

 そういう団体はどの世界にでもいるものだ。

 コウキにも覚えがあった。


「あー話を戻すが、どうやってチャンスターで倒せるようにするんだ?」


 この話題を続けるのはよくないと考え、少し強引に話の軌道を修正する。

 ポケトピッチもそれが分かっているのか「あぁ」とコウキの疑問に答えた。


「君が変身する際のエネルギーがあるだろう?

 あのエネルギーを魔力に変換する研究しているんだ」

「そんなことできるのか?」

「そんなことをできるようにするのが私たちの役目さ。

 実のところ、結構できそうでね」

「まじか!」

「ただ、中々魔力として固定できなくてね。

 すぐに霧散してしまうか、エネルギーに戻るかしてしまうんだ」

「つまりまだまだ倒せるようになるのは先ってことッチャね」

「そっかー……」


 コウキは少し落胆する。

 戦える力はあるのにそれが意味が無いのは何とも言えないもどかしさを感じる。


「まっ、気にすることは無いさ。

 今のままでも君は十分我々の力になってくれている」

「そう言ってくれるとありがたいぜ。

 今日はデータを取るのか?」

「いや、今日は君に仕事を紹介するために呼んだんだ」

「仕事?」

「以前、何かしら仕事が欲しいと要望していただろう?」

「おう、流石に保護してもらってダラダラ過ごすわけにはいかねぇからな」

「別に今でも十分働いていると思うがね」

「変身して戦うのと仕事するのは別枠なの」

「立派なワーカホリッカーッチャ」

「うっせ」

「まぁ、いいだけれどね。

 チャップル、資料を」

「えぇ~、マジッチャか?」


 チャップルは心底嫌そうな顔をする。

 だがポケトピッチに急かされて渋々とバックから数枚の紙を取りだそうとした時、大きな警報が鳴り響く。


「なんだ!?」

「博士!ザコイヤー反応が!」

「規模は!」

「そ、それが……」

「大型モニターに出すッチャ!!」


 チャップルが指示するとモニターが切り替わる。

 それはこの街の簡略化された地図だった。

 その地図の一部にザコイヤーを表す赤い点が表示された。


「なんだ、一体程度なら慌てるほどではないッチャ……」

「いや待て!」


 ポケトピッチが叫ぶと、赤い点が続々と現れ始める。


「状況伝達!各地にいる魔法少女に出撃要請して!

 チャップル!つつじ君にもだ!」

「あぁもう!なんにが起きてるッチャ!?」

「俺も出る!」

「ダメだ!一体ならともかく、こんな複数体相手だと攻撃が効かない君はかえって邪魔になる!」

「でも!」

「現地のカメラの情報をキャッチ!出します!」


 コウキがポケトピッチに止められる中、モニターが再び切り替わる。

 そこには小型のザコイヤーが次々と出現されている様子が映し出される。

 人々は逃げ、現地をパトロールしていた魔法少女が避難誘導していた。


「小型のザコイヤー。これなら魔法少女が数人集まれば……」

「……んん?」

「どうしたチャップル」

「いや、あのザコイヤーたち。

 現れ方がおかしくないッチャ?」


 改めてモニターを見るとザコイヤーはまるでどこから飛んできたようにべチャリと地面に落ち、そのまま身体を起こしている。

 現れるというには確かに少しおかしい。

 コウキが最初の実験で見た現れ方と違っていた。

 まるで形作られた状態のまま投げられているような……。


「カメラの切り替えは!」

「やってみます!」


 カメラが何度か切り替わる。

 そして一際大きなもやがある部分が映し出され、その靄からザコイヤーが排出されていた。

 やがて靄が薄れ、その中にいる存在があらわになる。


「なんだこいつは」

「見たことないッチャ……」


 それを見たポケトピッチとチャップルは困惑した。

 だが、コウキだけは違う。

 見間違いの無い、その人型を。


「嘘だろ……!?」

「何か知ってるッチャ!?」


 知っているはずだ。

 なぜならば、それは何度も倒してきた覚えがあるから。


「コウキ君、それは」

「あぁ」


 コウキはチャンスマホを握りしめ、モニターを睨みつける。


「俺の世界にいた……敵だ」

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