第5話 チャンスター変身講座

「積もる話をするって言ってたよな?」


 コウキは学校の体育館程の広さの施設に移動させられていた。

 その広い空間にはコウキとつつじの二人だけが立たされており、顔を上に向けると窓からこちらを見下ろすポケトピッチと百合の姿が見える。

 他にも研究員が機材を操作しているのか、ちらちらと頭を覗かせていた。


『積もる話に必要なことだよ』


 スピーカーからポケトピッチの声が聞こえた。

 どうやらこちらの声は届いているらしい。


『君が元の世界に帰還するまでの間、君の力を借りたい。

 なんせ今は人手が不足しているのでね』

「それは別に構わないけれどよ……」

『快諾してくれて何よりだ。

 では早速、君のデータを取らせてほしい。

 どれだけの力を持っているのかを知っておきたいからね』

「まぁ、それもそうだな。

 ……でもなんでこいつがいるんだ?」


 コウキはつつじに顔を向けた。

 つつじもよくわかっていないようなので首を傾げる。


『まぁ、それは追々ね。

 まず変身してほしい。

 できれば自分でわかる範囲で解説もしてくれると助かる』

「了解。つっても詳しいことは俺もわからねぇんだけどな」

「自分で使ってる物なのに?」

「お前は自分で使ってる端末がどう動くか細かく知ってるか?」

「それはまぁ、知らないけれど……」

「それと一緒さ。

 じゃあちょっと離れてくれ」


 そう言われてつつじはコウキから離れる。

 コウキは返してもらったチャンスマホを手に取る。


「まずこのチャンスマホにある変身アプリを起動」


 チャンスマホの画面をタップして一つのアプリケーションが開かれる。

 アプリには複数のアイコン、画面の下には『Chance tart』の文字が書かれたアイコンが横長に表示されていた。


「アプリにの中にあるアイコンを選択。

 その後、下の決定をタップ」


 手順通りに操作すると軽快な音楽がチャンスマホから流れ始め、同時にコウキの右腰にどこからともなくスロットが出現した。

 右手に持つチャンスマホを上に掲げる。


「そして出てきたスロットにチャンスマホを差し込む。

 ……変身!」

『チャンスタート!!!』


 高らかに音声が響き渡り、光が全身を包み込む。


『望めよチャンス!叶えよスター!

 チャッチャッチャッ チャンスター!!』


 謎の歌が流れ終わると同時にコウキの姿が完全に変わり、『変身戦士ヒーローチャンスター』へとなった。


「これが変身した俺、『チャンスター』だ。

 基本的にはこの通常フォームで戦ってる」

「……さっきの音声何?」

「気にするな」


 義妹曰く「あった方が盛り上がるだろう?」とのこと。

 他の仲間からはとても好評だが、コウキは正直いらないと思っていた。


『ふむ、別次元からエネルギーを引っ張り出して装備に変換しているのか。

 これは君の世界では当たり前なのかい?』

「いや、少なくとも一般的ではないな。

 ウチの天才が作ったオリジナルの超技術」

『ふむ。凄まじいな。

 だが、一つ分かったことがある』

「わかったこと?」

『あぁ、恐らく君がこちらの世界に渡ってこれたのはその装備のおかげだろう』

「どういうことだ?」


 コウキが聞くとポケトピッチは「いいかい?」と話し始める。


『先ほども言ったが君の装備はこことはまた別の次元にあるエネルギーを使って構築している。

 即ち、エネルギーが装備を形作るために別の世界を渡ってきているんだ。

 君はそれを装備していたおかげで次元を渡って、この世界に吐き出されたのだろう」

「……ちなみにこれがなかった場合は?」

『まぁ、消滅してたんじゃないかな?』


 ゾッとする話だと、少し体を震わせる。

 あの時変身を維持できていて本当によかったと改めて自分の変身した手を見つめた。


「救われたよホント」

『こちらに渡れたのならまたこちらから渡れることもできるはずだ。

 帰還への糸口が見え始めたね」

「そうだな」

『さて、その為にもデータを取らなければ。

 次は模擬専用のサイボーグと戦ってもらう』


 何か操作したのか、床の一部が開き、その中から三体のサイボーグが現れた。

 人の形をしているロボット。

 わかりやすくのっぺらぼうでつるりとした体形をしている。


「あー、これ壊したら不味い?」

『構わない。

 どうせ魔法で修復できる』

「では遠慮なく」


 コウキが構えるとサイボーグたちはそれぞれ動き始め、襲い掛かる。

 人型の相手なら経験豊富。たとえ複数人相手であろうと苦ではない。

 殴りかかるサイボーグの攻撃を避け、拳を腹部に入れる。

 拳がめり込み派手に吹っ飛ぶ。

 その姿を横目に回し蹴りを繰り出して、二体目のサイボーグの首をへし折った。

 足を降ろし、構え直すと三体目のサイボーグが飛び掛かってくる。

 コウキはサイボーグの下に滑り込むように移動し、その腕を掴む。

 そして綺麗な一本背負いを決めた。


「っとまぁ通常フォームはこんな感じに戦う」

『なるほどね。

 次の相手を用意しよう。

 星加くん、アレを』

『えっ、あれ使うんですか』

『君、丁度イライラしているだろう?

 スッキリできる出来るしいいじゃないか』

『……わかりました』

「何の話?」

「あー、あれ使うのかな」

「?」


 コウキが首を傾げていると、先ほど開いていた場所から怪しい煙が吹き上がって何かの形へと変化する。

 それはぷにぷにとした餅のような物へとなった。


「ザコイヤー!!」

「ええっ!?あれって、いやだいぶ可愛らしいけれども、ザコイヤーだよな!?」


 まさかのザコイヤーの出現にコウキは戸惑う。


『安心してくれ。その程度じゃ別にどうにもならないから』

「そうは言われても……というかなんでこれが出てきたんだ?」

『ザコイヤーはあらゆる生命の負の感情が集まって出来上がる存在なんだ。

 わかりやすいのは怒りや悲しみと言ったね。

 今回はちょっと特別な機材を使って一人分の負の感情を吸い上げて生み出してみた』

「サラっと言ってるけれどそれやばいんじゃ……」

『ちゃんと安全性は確認できているし、悪用しようにも人為的に作り出せるザコイヤーはそれがせいぜいだ。

 脅威になんてならないよ』

「いやまぁ、そっちが大丈夫ならいいだけれどさ」


 まるでマスコットキャラのようザコイヤーを見る。

 何かやる気満々の様でその小さな体を撥ねさせてこちらを睨んでいた。

 どうしたもんかとこちらも見つめ返すと、ザコイヤーは声を上げながら突進する。


「ザコイヤー!!」

「おっと!」

「イヤッー!?」


 反射的に蹴り飛ばしてしまった。

 ボールのように何度も撥ね周り、やがてべチャリと地面へ落ちる。

 絵面があまりにも最悪なことにコウキは妙な罪悪感を覚え、ザコイヤーに手を伸ばす。


「お、おい」

「イヤー!!」

「うわっ!?」


 だがザコイヤーはピンピンとした様子で跳びはねた。

 再び向かってくるザコイヤーを両手でキャッチして暴れまわるのを力で抑え込む。


「攻撃が効いてない?

 そういや、デカい奴と戦った時も吹っ飛びはしたけど効いてる感じじゃなかったような」

『ふむ、やはりか』

「どういうことだよ」


 一人で納得しているポケトピッチにコウキは聞く。


『ザコイヤーは魔力の膜みたいなのを纏っていてね。

 それは物理的な攻撃や衝撃をほぼ無効化してしまうんだ』

「まじか」

『君の装備から放たれるエネルギーでも効果が無いことを見るに、そのエネルギーと魔力は全く別の存在なのだろう。

 とても興味深い』

「……つまり俺はザコイヤーを倒すことはできないんだな?」

『そうだね。まぁ、君の場合は攻撃力高くて膜越しに一応のダメージが与えられているみたいだから長い時間攻撃し続けたり、大技をぶつけ続ければあるいは』

「俺の身体が持たんわ」


 変身して戦うのはだいぶ体力を消耗する。

 長時間戦うのには向いていないし、大技を連発するなんてもってのほか。

 余程の緊急事態でも無ければすることも無い。


『つつじくん。処理を頼む』

「あっ、私ってこのために呼ばれたんですね」

『ついでに魔法少女の変身も見せてあげたまえ』

「わかりました」


 つつじはそう言って一つのペンダントを取り出した。


「マジカライズ!」


 そう叫ぶと淡い光がつつじを包み、その姿を変化させる。

 服は勿論、髪色もピンク色に染まり、コウキが初めて会った魔法少女の姿になった。


「おー」

「魔法少女アザレア。変身完了しました」

「じゃ、これ頼むわ」


 コウキがボールのようにザコイヤーを上に投げる。

 それに合わせてアザレアつつじは剣を手に創り出し、タイミングよく振り上げてザコイヤーを両断した。

 ザコイヤーはシュワシュワと空気に溶け込むように消えていく。


「あっさりだなぁ」

「あの程度ならそんなに力を入れ無くても倒せるわ」

「ふぅん」

「ちなみにザコイヤーの膜みたいなのは私たち魔法少女にもあるの。

 自動防御機能としてね」

「えっ?じゃあ、あの時落ちるの助けなくても大丈夫だった?」

「いや、あの時はザコイヤーの攻撃のせいで魔力が乱れて防御機能も止まってたの。

 助けてもらえなければ今頃血の花が咲いていたわ」

「じゃあやっぱ助けに行ってよかったか」

「えぇ、本当にありがとう」

「おう!」

『さて、今日はここまでにしておこうか。

 二人共、変身を解いてこちらに来てくれ』


 ポケトピッチの言葉に頷いて二人は変身を解く。

 すると空いていた床が閉じ始め、入り口から何人かの作業員が入ってきた。

 サイボーグを片付ける為だろう。

 首を折ったやつはともかく、他二つはだいぶ派手に壊れているので、コウキはぺこぺこと頭を下げながらつつじと共にポケトピッチの元へと向かった。

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