第14話 ルード視点:王族相手のオークション

 ダストから冒険者ギルドの経営権を買い取ってから一月後、俺、ルーディバイスは王宮で商談の場に、商会ギルドのギルドマスターと一緒に立っていた。


「はえー、キラキラしたものがいっぱいだなぁ。アキナさん」


「そうですねぇ……王様に献上する物ですからねぇ。金や宝石といったものは安定して買われますからぁ無難なんですよぉ。 まぁただ、少し飽きられて来てる感じなんですよねぇ。代わり映えしないというか……あんまり違いが分かってない? みたいなぁ」


「黄金と宝石に飽きるねぇ……そりゃまた羨ましいことで」


「そういっちゃいけませんよぉルードさん。だからこそ、私達にとってはチャンスなんですからぁ〜」


 この国では月に一度、王族と各地に点在する商会ギルドのギルドマスターとの商談が行われる。


 元々は魔王軍との戦いや迷宮の攻略に少しでも役立つものをかき集めるために商会ギルドの力を利用しようという考えで行われた商談ではあるが。


 ガルガンチュアの迷宮の力が弱まり数ヶ月。魔王復活の可能性が大きく後退した今、もっぱら王族や貴族の興味は退屈な毎日を癒してくれる何かを求めるように、金に糸目をつけず珍しいものや興味をそそられるものを買い集めている……という現状であるらしい。


 税金の無駄遣いといえばそうなんだが、世間離れをしていると言うことと王族という矜持もあるらしく、特に貴族の人間は通常販売価格の倍以上の値段で取引に応じてくれることもあることから、各地の商会ギルドのマスターやフリーの商人達は価値あるもの、珍しいもの、興味深いものを集めることに躍起になっているのだとか。


「しっかし……本当に上手く行くのかねぇ。相棒が言うには、絵って奴は技法とか表現能力がものを言うんじゃ無かったのか?」


「当然それもありますが、物の価値には需要と言うものがありますから。まぁ見ててくださいよぉ〜。ダメでも私が少しだけ損をするだけですから〜」


「だけって……大した度胸だなぁアキナ」


 おっとりとした喋りながら緊張する俺を宥めてくれるアキナ。

 なんでもないような風に言っているが、ここで王の眼鏡に叶うようなものを用意できなければ、下手をすればギルドマスターとしての才覚なしと判断されて経営権を剥奪されることもあるって言うのに、見た目に反してというか、見た目通りというか肝が座ってる……さすがは齢2●歳の若さで商会ギルドのギルドマスターを務めるだけはある。


「……あ、はじまりますよぉ〜」


 そんな風にアキナに関心をしていると、番兵が扉を開き、王族専用の通路から貴族がぞろぞろと入場し、最後に護衛の女騎士と共に国王と王子が顔を覗かせる。


 たっぷんたっぷんとお腹を揺らしながら現れた大柄な初老の男が国王エドワード:リナルドか。

 足が悪いのか、右足を引きずっているせいででっぷりとしたその体型がより目立つ。


 そしてその隣の若いのが息子第一王子のジョージ:リナルドか……母親似なんだな。がっしりした体付きながらも小柄な体躯は、相棒を彷彿とさせる。


 というよりも、顔さえ見えなきゃ相棒と間違えてしまいそうなほどそっくりな体格だ。


 そんなことを思いながら俺は王妃の姿を目で追って探してみるが、通常王の傍に控えているはずの王妃の姿はなく、少しだけ離れたところでまだ幼い子供を抱えた身なりのいい女性が、険しい表情で王子を睨みつけている。


「第一王妃様は事故で亡くなってしまったのですが〜、王様、第二王妃様と仲が悪くて〜ですねぇ〜。ちなみにあそこで怖い顔してるのが第二王妃様です」


 戸惑っている俺にアキナはこそっと王族の内情を教えてくれた。

 王族も王族で色々大変だな。


「皆の者、此度も古今東西の珍しきものの収集大義である……冒険者の力によりガルガンチュアの迷宮が落ち、そなたら商人をはじめとした各ギルドの働きのおかげで、国の政治・経済・治安はより盤石なものとなった。じゃが、優秀すぎるというのも考えものだな。儂等王族は仕事もなくて退屈なのだよ。臣下を頼ろうにも、玩具を作れと命令すれば新兵器を開発するし、退屈凌ぎの物を用意せよと命令すると宣戦布告状を用意したりするような堅物ばかりで役にたたんでなぁ」


 王様のジョークに会場に張り付いたような笑いが起きる。

 毎回こんな話聞かされてんのか、商人も大変だな……。


「さて、ともかく我らは今娯楽に飢えておる。外に出ることもままならぬ退屈な日々、そこから抜け出せる何かをな。ここは商談の場、身分、種族を問わず我らは其方らの交渉に応じよう。では、北のギルドマスター殿より順に、商品を見せていただこうか」


 王様に名前を呼ばれると、俺の隣で控えていた剃髪の男が立ち上がり、王の前にでる。


「ははっ……我らが北方商会が今回ご用意致しましたのは、かつて魔王により解き放たれアルゴス山脈山頂を根城としていた伝説のドラゴン。アルゴニールの牙でございます」


「おぉ、これはこれは」


 ゆっくりと取り外されたシーツの下から象牙のような巨大な牙が現れると、部屋の中が感嘆の声で埋まる。


「かつて、先々代国王様が討ち滅ぼされて以降その遺体は長らく消息不明となっておりましたが、先日アルゴス山脈麓にてギルド所属の冒険者が発見いたしました」


「ふむぅ……本物であるという確証は?」


「鑑定魔術師の権威であるローアン様により、保有された魔力量と魔力の質を調べていただきました。その結果、内包魔力は現存し確認されているドラゴンのいずれよりも多く、また一部魔王の魔力の残滓も確認されております。もちろん鑑定書も、ローアン様の蝋印付きです」


 質問を投げかけた王族の前に、臣下の一人が鑑定書を持っていく。

 王族や貴族の人間は一人一人興味深げにその鑑定書を読み、互いに何かを話し合ったり考えるような素振りを見せる。


 なんだか見ているこっちまで緊張してくる。


「確かに本物のようだ……それで、値段は?」


「はい、年代、そして今まで行方が不明であった初出の逸品です。鑑定書の金額も含め、金貨一万枚程と見積もっております」


「まっ……」


 思わず声が出そうになるのを必死に両手で抑える。


 あんな獣の牙みたいなもんが金貨一万枚だなんて……ギルドの経営権と同じ値段じゃねーか。


 あまりの事実に頭がクラクラしてくる俺であったが、さらに目眩がしたのはその後だ。


「では、オークウッド家は金一万と千枚で」


「むぅ、ならばグラドゴール家は一万五千枚だ」


 どうやらこの商談はオークション形式で行われるらしく、まるでしりとりでもしてるかのように、ぽんぽんと値段を上乗せしていく貴族や王族達。


 安い買い物だと言わんばかりのその気軽さに、俺はただただ口をあんぐりと開けたままその光景を見ていると。


「もう、よろしいですかね……では、アルゴニールの牙はファラウッド家に、金貨三万二千枚でお譲りいたします。 ご利用ありがとうございました、これからも北方商会のご利用をお願いいたします」


 あれよあれよというまに三倍の値段になって、ドラゴンの牙は王族に落札をされた。


 もはや開いた口がふさがらないとはまさにこのことで、俺は終始ぽかんとした表情でその光景を眺めていると。


「ほらほらぁルードさん。この程度で驚いていたらぁ、身がもたないですよぉ」


 なんてクスクスと笑いながらアキナに俺は肩を叩かれた。


 アキナの言う通り、その後も目を見張るような高額な取引が交渉の場で続いていく。


 さすがは各国の商会を束ねる商会ギルドのギルドマスターたち、ドラゴンの鱗であったり、拳よりも大きなダイアモンドだったりと、垂涎もののお宝が次々に飛び出していき、それと同時に王族達からは湯水のように金貨を商会に支払っていく。


 そして。


「中央商会のギルドマスター殿」


 とうとう俺たちの番が来た……来てしまった。

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