第15話 ルード視点 セレナとフリークの迷宮画

 緊張で心臓が張り裂けそうな俺をよそに、慣れたような物腰でアキナは立ち上がると、ゆっくりと前に出て王の前で一礼をする。


「本日我々中央商会はぁ、冒険者協会のギルドマスタールーディバイス殿のご協力をいただきぃ、皆々様が望む、浮世から離れた特異な世界をご用意いたしましたぁ」


「特異な世界……ほぉ、それは興味深い。してそれは一体どのようなものなのだ?」


 おっとりとした口調ながらも興味を惹くような言い回しに、貴族や王子までもが興味深そうに俺へと視線を集め。


 俺は心臓が潰されそうな思いをしながらも、臣下達によって運ばれてきたそれにかけられたシーツを取り、その絵を……フリークの迷宮画を披露する。


「ひぃっ⁉︎」


 女性の一人からそんな小さな悲鳴がもれ……。


 同時に王族や貴族だけならず、ギルドマスター達の間でもどよめきが起こった。


「こ、これは一体……風景画? のように見えるが……目が離せん。まるで、本当にこの場所を切り取って持ってきたみたいだ」


 王や貴族達はおっかなびっくりと言ったような表情で、中には手で顔を覆って指の間から絵を覗き見る輩も居るほど。


 なるほど冒険者の俺にとってはこんな光景は大したものではないと思っていたが。

 アキナの言う通り……やんごとなき身分の人々にとっては十分すぎるほどの刺激のようだ。


 そんな貴族や王様の反応に満足げにアキナは口元を緩ませると。


「こちらは。迷宮画家による迷宮の模写でございます。タイトルはラプラスの迷宮3階層 東に30歩、北に15歩、西に10歩でございます」


「ら、ラプラスの迷宮だと? 確か、高難易度の迷宮……そんな危険な場所の、模写だと? 無防備で迷宮で絵など描いていたら普通、一分で魔物の餌なのではないか? それほど過酷な場所だと聞き及んでいるが」


「もし本当だとしたらこんな絵が描けるのはおそらくこの者だけだろう……とんでもない価値だぞ。金貨二万……いや五万か?」


「じゃが、しかし。いかに優秀な冒険者だとて、そんな危険な場所で絵など描けるものなのかのぉ?」


「……想像で書かれた、ちゅーもんなのかいな? いやそもそも適当に描いただけっちゅー可能性もありまんな?」


「ふむ、絵の価値としては十分ですが、これは、模写か空想画かで値段が大きく変わってきますねぇ。問題はその真贋をどうやって見分けるかですが」


 ざわざわとざわつく会場。しかしアキナは淡々と言葉を続けていく。


「この迷宮画家は元冒険者であり、この場所が確実に存在することはすでに冒険者ギルドのギルドマスターであるルーディバイス殿が確認をしております。彼はその証人としてここに」


 アキナの言葉に対し、王族の感想は真っ二つに割れた。

 半分ほどは、俺という冒険者の証言を信用するように目を輝かせたが。

 疑り深い奴ら、特に国王はあからさまに表情を歪ませた。


「ギルドマスターか……ふむ、ある程度の信用にはたるがのぉ……資格を持つ鑑定士に比べればいささか信憑性が薄いように思えるな……そもそも中央商会の人間が連れてきた証人だ、口裏を合わせることも可能じゃろう。商人とは抜け目ないものじゃ」


 アキナの説明に対し、国王は考えるようにふむと口髭を撫でる。


 ごもっともな意見に俺は一瞬唇を噛むが。


「お父様、王の手である彼女に聞いてみてはいかがでしょう。彼女も元冒険者、ラプラスの迷宮を攻略したものです」


 隣に控えていた小柄な息子が不意にそんなことを言い、隣に立っていた護衛の女騎士を指さす。


 王の手……と言うのは国と国民を守る王国騎士団とは異なり、王のみを守る王の側近の騎士を指す言葉であり、王に三番目に近いポジションと言われる重役である。


「おぉ、そうだそうだ。さすがは我が息子、賢い子だのぉ……では、お願いしても良いかな?セレナ」


「……畏まりました、王よ」


「セレナ……っつーとあいつが」


 指名をされた騎士はゆっくりと兜を脱いで王に一礼をすると、絵に近づいて鷹のような目でまじまじと絵を眺め始める。


 セレナといえば銀の風のリーダー……フリークを追放した女だ。


 じわりと頬に汗が滲む。


 フリークを追放した張本人が鑑定係ってなりゃ、フリークが描いた絵だってバレたらいちゃもんをつけてくるかもしれねぇ。


 万が一偽物だとかケチをつけられたら……王を騙そうとしたって理由で首が飛ぶかも。


 だからといって一介のギルドマスター風情に何かができるわけでもない。

 まるで断頭台に登った死刑囚の気分だ。


 事情を知らないアキナは自信たっぷりにその光景を眺めているが、俺はというと心臓が口から飛び出なかったのが奇跡と思うほどに緊張しながらも、セレナの検分を見守る……。


 と。


「……もし、そこのあなた。確かルーディバイスって言ったかしら?」


「は、はひっ‼︎?」


 絵を眺めていたセレナは突然こちらに向き直ると、不意に声をかけてきた。


 あまりにも突然で俺は思わず声が裏返っちまったが。

 セレナは気にした様子もなく淡々と質問を投げかけてくる。


「これを描いたのは、フリークって男だと思うのだけれど? 正直、絵からフリークの匂いがするから私の中ではほぼ確信にちかい何かが芽生えてしまっているのだけれども、一応聞いてあげるわ。これは、フリークが描いたものかしら?」


 終わった……。


 一瞬誤魔化そうかとも考えた俺であったが、めちゃくちゃ独特な言い回しで確信してるみたいだし、お見通しとばかりに視線だけでも人を殺せそうなほど鋭い眼光が俺を貫いてくる。

 ってかなんだよフリークの匂いって、犬かこいつは。


「そ、そうです……」


「そう、やっぱりそうなのね。でも……だとすると、貴方これを彼にどうやって描かせたの?」


 なぜか徐に腰に刺してある剣へと手を置くセレナ。

 質問ではなくもはや尋問でしかないし、今すぐにでも拷問にかわりそうだ。


「え、えと」


「早く答えなさい。さもないと……刻むわよ? 十七分割ぐらいに」



 怖っ‼︎?


 なんだこの怖ぇ女は。よくフリークのやつはこんな女と十年も冒険できたな‼︎?

 しかも一方的な上にそこはかとない上から目線の話し方。

 確かに冒険者としては彼方さんの方が格が上なんだろうがいくらなんでも横暴すぎる。


 ……こんな調子で相棒は追放されたのだろうか。


「……あ、相棒……フリークには瞬間記憶能力のギフトがあって、見た光景を完全に覚えられるんだ。それを元に迷宮の絵を描いた。それだけだ」


「ギフト? 瞬間記憶能力? 何を言ってるの? あの子は文字も覚えられない子なのよ? 適当言ってるなら……」


 その言葉に、俺の中でカチンという音が響いた。

 前に相棒に対して俺は、仲間が相棒のすごいところに気付けなかったのも無理はないなんて言ったが。


 違う……この女は最初から、フリークのことなんざ見ちゃいないんだ。


 勇者だか英雄だか知らないが、きっとこの女はここまでその恵まれた才覚と力で栄光を勝ち取ってきたのだろう。


 だからこそ十年も一緒にいて、一度たりともフリークと同じ目線に立って話したことなんてなかったのだ。


 同じ人間だと認識していたかすら怪しいもんだ……。


 そう考えると、段々と俺は恐怖よりも怒りの方が沸々と湧き上がってくる。


「違う、ギフトの代償が識字障害だった。ただそれだけだ。あんた達は気づかなかったんだろうが、あいつはあんた達が思うような出来損ないなんかじゃ断じてねぇ。 フリークは、相棒は正真正銘の天才だ……馬鹿にすんじゃねえ」


 言っちまった……。

 王族の護衛……王の手とも呼ばれるお偉い騎士に、しかも英雄的な冒険者を思わず煽っちまった。


 一瞬すごい面食らったような表情を見せたときはザマアミロって胸がスッとしたが。


 今はなんかすっごい怖い顔で俺のこと睨みつけてるし。

 犬歯が食い込むほど唇噛んで震えてるし。

 握りしめた拳からなんか血見たいの滴り落ちてるし。


 あれ、もしかして俺殺される? 十七ぐらいに分割される奴かこれ? もう少し

 言葉を選ぶべきだったか?


 いやいや、発言に後悔はないし、間違ったことを言ったとも思ってない。


 思ってないのだが……やっぱもうちょっと考えて物いえばよかった。


「そう……だったんだ」


「え?」


 半ば死を覚悟しながら俺はしばらく成り行きを見守っていると。


 意外なことにセレナは何を言うでもなく王の元に戻り。


「間違いなくこの絵はラプラスの迷宮の模写……しかもこれ以上はないと言えるほど完成されたもの……前に立った時、本当に迷宮の中にいる時と同じ感覚を覚えました。間違いなく、陛下や皆様が望む、非日常を体感できるものかと存じ上げます」


 淡々とそんな報告を王に告げた。


「おぉ‼︎ 歴戦の冒険者殿にそこまで言わしめるとは……これは、なんとしてでも手に入れなければ……して中央商会殿、値段はおいくらか?」


 興味深そうに王はそういうと、貴族や王族はもちろん、各商会の人間達も食い入るようにアキナへと視線を送り。


 アキナはニヤリと口角を歪ませると。


「こちら、金貨百万枚・・・・・から……始めさせていただければと思います」


 そんな金額を提案した。





 その後、止まることない貴族や王達の激戦の末。


 フリークの絵は、金貨三百万・・・枚という歴史的な金額をつけて王により落札され、

 その後迷宮画家フリークの絵を、王族や貴族は競って収集をするようになるのであった。

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