第33話 何度も立ち上がる姿

 明るく楽しい家庭を取り戻した俺はその勢いに乗り、仕事場での自分を変えようとしていた。


 まずは朝すれ違う人にはハキハキと笑顔でおつかれさまという。


 そして何かしてもらったらその人の目を見てありがとうございます。と心から感謝の気持ちを持って伝える。


 これを徹底的にやろうと決めた。


今日は雲一つない晴れ。気分もよい。

俺は朝妻と子供におはよう。といってきますと笑顔でいい、それにつられて自然と妻と子供も笑顔で見送ってくれた。


 そして会社に着き、いよいよその扉を開ける。

向こうから同僚がきた。


元気よく。


元気よく。


 「おはようっ!」


......。


同僚に不思議そうな顔をされた。

そして一瞬だけ目を合わしてくれたがその後すぐ目をそらし、


 「おぅ...。」


と言ってその場を立ち去っていった。

体調が悪いのかな。

でもそんな風には見えなかったなぁ。


そう心配しながらも気持ちを切り替え、事務所のドアを開ける。

 

 「おはようございます!」


バタバタしていた皆が一瞬手が止まりこっちを見たがそのまま何も言わずにまたおのおのの仕事を始めた。


その光景を見た俺は、愕然としてしまった。


妻と話したときはうまくいったのに...。

それにつられて子供とも楽しく遊べたのに...。


急に変化しようとした俺のことなんて誰も知ったこっちゃなかった。


当然だ...。


いくら一緒の仕事をしてきたとはいえ、所詮は赤の他人。上司だろうと急に変わろうとしたところで誰もそんなすぐ受け入れようとするはずがない。


今までは小春に力があったから皆が寄ってきてくれた。俺単体になったところで誰も興味なんかない。


 その日も一度は落ち込んだが、ここで挫けず何度も変わろうと、次の日も、その次の日も頑張った。


だが誰も受け入れてくれなかった。


逆に皆が俺から離れていくようにもなり、社会の現実というものをこの歳になって初めて実感した。


 帰りの車の中で俺は何度も小春を頭で思い浮かべた。


俺は何も変わっていない。


情けない。


小春がいれば。


小春がいれば。


落ち込むとすぐに頭から浮かんでくる小春。

本当に苦しい。


まだ頼っている俺。情けない。


そんな思いで家に着き、ドアを開ける。


するとリビングの向こうから子供が走ってきて俺にしがみついてきた。


 「パパおかえりー!はやく次のボス一緒に倒そう!」


落ち込んでいる表情に気づこうともせず、ただ俺と一緒にゲームをやりたい一心でこっちを見てくる子供。


その奥から台所で

 「パパ今日も仕事おつかれさまー!夕飯もう少ししたらできるからゆっくりしててねー!」

と夕飯の支度をしながら言う妻。


以前はこんなことなんてなかった。


妻と子供のおかげで気づく俺。


会社が全てじゃない。俺は少しずつでも一歩ずつ前に進んでいる。

変わろうとしているんだ。


だって言に家族はこうやって皆が温かく俺を迎えてくれている。これは紛れもなく事実だ。

自分が変わろうと努力したからだ。


家族もこうやって変わることができたんだ。

そりゃあ世間なんてもっと時間がかかって当たり前だ。

頑張らなきゃ俺。


皆よりもかなり遅れをとってるんだ。


挫けず前に進むんだ。


そう明るい未来を信じてまた再度立ち上がった俺。



だが...。


何度立ち上がっても世間はそう甘くなかった。

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