③色づいていく世界

 幸得こうとく君―――もといメフィストは、本当に色々な事からアリスを守ってくれた。それどころか、彼はアリスの周りで起こる悪い事を、良い事に変えてくれるのだ。

 例えば、アリスめがけて落ちてきたり飛んでくる物は、花やお菓子、子猫やハムスターに変えてくれる。

 間に合わなかったり足りなかったりで、何かをもらいそこねた時は、その倍が欲しかった物の方からやってくる。

 車と車がギリギリでぶつからずにすんで、車から出て来た運転手同士が生き別れの親子で感動させられる……なんて事もあった。


 それからメフィストは、アリスの身のまわりも良くしてくれた。

 彼は、「ここが私の部屋だよ」と、ボロアパートの押し入れをアリスに恥ずかしそうに見せられた時、白目になってドン引きした。


「な、俺がお守りする方の部屋が、紙の戸の穴ぐらだと……?」

「どうしたのメフィスト。あ、水道水しかないけど飲む?」


 アリスはそう言って、勉強机にしているミカン箱に水を入れたコップを置いてあげた。


「貧しい……」


 押し入れの中で正座をして、メフィストは思わず呟いた。


「はっ、すみません。失礼しました!」

「大丈夫だよ。でも、不幸は癒やしじゃないの?」


 貧乏な家に入れてあげたら、メフィストが喜ぶかなと思ったのだけれど、そうでもないみたいだ。と、アリスは首をかしげた。


「貧しいから不幸、というわけではありませんから。その証拠しょうこに、アリスは特に貧乏を不幸だと思っていませんよね?」

「うん。生まれた時からだからかなぁ。パパとママは優しいし」

「凶星もご両親の愛情だけは、変えられなかったようですね。なんにせよ、アリスがこのような部屋で過ごすのは許せません」

「うう……汚い部屋に呼んでごめんね。喜ぶと思ったけど、貧乏は嬉しくないんだね」


 アリスが慌てて謝ると、メフィストは指先でアリスの小さな顎をツイと上げた。


「謝る必要はありません。これは貧富ひんぷがどうこうという話ではなく、俺の美意識びいしきの話です。愛らしいアリスに、この穴ぐらは似合いません。なんというか、合成写真みたいでゾワゾワします」


 彼はそう言うと、パチンと指を弾いた。

 すると、押し入れの中が広くなり、天井も高くなった。


「わわ」


 アリスが驚いている内に、どんどん綺麗な空間になっていく。

 勉強机のミカン箱が、真っ白で可愛らしい勉強机に。

 ぺたんこの敷き布団とボロ毛布が、ふかふかのベッドと柔らかな羽布団に。

 高くなった天井に、キラキラ輝くシャンデリアが……。

 

「すごーい!」

「喜んでいただけたようで幸いです」


 魔法で出したテーブルに紅茶とお菓子を並べて、メフィストが微笑む。


「メフィストは何でもできるんだね」

「そういうワケでもありませんよ。俺は……俺は、実は……」


 メフィストは暗い表情になって、苦しそうな声で言った。


「良い事しかできないんです」

「え? それってダメなの?」

「ダメですよ! 俺は悪魔なんです」

「ああ~」

「くっ、なのに、悪事をしようと魔法を使っても、良い結果になってしまうんです!」


 メフィストは重大問題のように言っているけれど、アリスは紅茶を飲みながら「メフィストは良い悪魔だなぁ」とホッコリした気持ちで思った。

 それから、ちょっと彼の事が分かって嬉しかった。


「そっか。だから悪い事を起こす凶星が好きなの?」

「そうです。凶星の下にいるアリスは、俺の憧れです。生きているだけで悪事を起こすあなたはすばらしい。一生お側にいさせてください」


 メフィストはアリスの側に片膝をついて、赤い目をキラキラさせるのだった。


✾ ✾ ✾ ✾


 さて、メフィストのお陰で、こんな風にアリスの生活は変化していった。

 一番嬉しいのは、クラスメイトたちが、アリスと関わっても悪い事が起きないと、安心しはじめてくれた事だ。毒島さんは、相変わらず悪口を言っていたけど。

 四月が終わるころには、話しかけてくれる子までいた。

 

「本当に私と仲良くしても、その子に悪い事が起きない?」


 ある夜、アリスはメフィストへ確認をした。

 アリスのベッドの端に腰掛けて、メフィストが微笑んだ。

 

「俺がなんとかするので、大丈夫ですよ」


 アリスは安心して、メフィストへ微笑み返した。

 

「良かった。じゃあ、明日自分から話しかけてみようかな。友達になれるかな」

「お相手は狂喜乱舞きょうきらんぶすることでしょう。しかし、アリス」


 メフィストが切なそうな顔をして、アリスの顔を覗き込んだ。


「どうしたの?」


 メフィストの様子に、何か注意事項ちゅういじこうがあるのだろうか、と、アリスは緊張きんちょうした。


「一番最初に親しくなったのは、俺なのを忘れないでくださいね」

「お、おお? うん……」

「キレの悪いお返事ですね……アリスに何人シモベができようと、俺が一番だと言ってください!」


 メフィストが普段は凜とした切れ長の目を、子犬のように潤ませて言うのを見て、アリスは慌てて頭から布団をかぶった。


「あ、どうして返事をしてくれないのですか?」


 布団の上から、ポスポスと軽く揺すられる。


(うう、メフィストが可愛すぎる……!)


 アリスはしっかり布団にくるまって、締め付けられる胸のくすぐったさに身体を丸めていた。

 メフィストに出逢ってから、アリスの世界はどんどん色がついていくみたいだった。

 しかし、同時に不安がふくらんでもいた。


(こんなに嬉しい日が、私なんかに続くのかな?)


 もしかして、と、アリスは思う。

 

(これってすっごく悪い事が起こる準備が起こっているんじゃ……?)


 あまり幸せだと不安がおそってくるものだ。

 そしてアリスの場合、不安それは自分の心の中から襲ってくる……という簡単なモノではなかった。

 なんと、不安それは美少女の悪魔としてやってきた。

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