②お側にいさせてください

 メフィストと名乗った悪魔は、アリスのお願いに少し驚いた顔をした。

 彼はアリスの召使いになる、くらいの気持ちでいたからだ。

 

「友達ですか?」


 アリスは顔を赤くして、うつむいた。


「うん……友達。危ない目にあっちゃったらいけないと思うと、一人もつくれなかったの。それでなくても、みんな私をけてたし……ずっと学校で一人だったんだ」

「おやおや、お気の毒に……」


 メフィストは、今にも泣き出しそうなアリスの顔を覗き込んだ。

 悲しそうなアリスは、悪魔から見てもとても可憐だった。

 

「やっぱり……駄目ですか?」


 大きな瞳をウルウルさせて見上げてくるアリスに、メフィストの頬が少し赤くなった。


「い、いえ。悪魔でよろしければ」

「本当!?」


 パアッと表情を明るくさせたアリスを見て、さらに頬を赤くしたメフィストがうなずいた。

 

「コホン。では、まずお名前を教えていただけますか」

星下ほしもとアリスです」

「ホシモトアリス様、これからよろしくお願いします」


 メフィストが丁寧ていねいにお辞儀じぎをした。アリスも急いでお辞儀じぎを返した。

 アリスは「友達ってこうやってなるのかぁ」と、ドキドキしていた。


「あ、あの、『アリス』でいいです」

「うーん、凶星の下に生まれた方を呼び捨てにするのは、少し抵抗ていこうが……いや、そんなうるんだ瞳で見ないでください……うう、わかりました」


 メフィストは赤くなった顔を少し逸らして、アリスの願いを受け入れた。

 それから彼は気を取り直すかのように、蝶ネクタイをキュッと整えた。


「では、ア、アリス。また近々お会いしましょう」


 彼はそそくさとお辞儀をすると、フワリと消えてしまった。

 

「あ、待って……ああ、消えちゃった」


 アリスは夢でも見たかのように、ボンヤリと立ち尽くしていた。

 メフィストの優雅な動作や、優しく微笑む整った顔を思い返す。

 悪魔と言っていたけれど、とても優しそうで素敵な少年だった。

 

「目が赤い宝石みたいだった」


 メフィストの切れ長の瞳は、深い赤色をしていた。

 美しく光る瞳を思い返していると、本当に夢を見ていたのではと思ってしまう。

 立ち尽くすアリスの事を邪魔そうに避けて、生徒たちが歩道橋を渡っていく。

 もう他の生徒たちが登校する時間になっていた。

 アリスはさっきみたいに歩道橋が壊れたらどうしよう、と心配したが、何も起きなさそうだった。

 そしてそれから、悪い事は一つも起きずに登校ができたのだった。


✾ ✾ ✾


 無事に登校できたアリスは、自分の教室へソロソロと静かに入った。

 黒板ががれて倒れてきたりしないか気を付けながら、自分の席を探す。 

 昨日は入学式をさけて休んでしまったから、自分の席が分からず困っていると、窓際まどぎわから誰かがアリス呼んだ。


星下ほしもとさん、君の席はここだよ」

 

 アリスが声の方を見ると、窓際の席に凜々しい顔の男子生徒が座っていた。

 黒をさらに黒く染めたような髪を、春の風にサラサラ遊ばせてアリスに小さく手を振っている。

 彼の切れ長の目と目が合って、アリスは「あっ」と声を上げそうになった。

 なぜなら、さっき出逢であったメフィストにソックリだったからだ。

 アリスがおどろいてポカンとしていると、彼がさらに手招てまねきをした。


「こっちこっち。俺の席の隣だよ」

「あ、ありがとう」


 アリスが教えてもらった自分の席へ向かう途中、女子生徒たちの何人かが羨ましそうにアリスを見ていた。

 

「あの子だれ?」

「ふわふわでお人形みたい」

幸得こうとく君と知り合いなのかな」

「いいなぁ」


 そんな会話が聞こえて来た。

 注目されてしまって、アリスは少し気まずい気分になった。

 席に着くと、メフィストそっくりな彼がアリスに話しかけてきた。

 

「俺、幸得こうとくあおい。よろしくね、星下さん」

「あ、はい」


(私と「よろしく」なんてしたら、不幸な目にあっちゃう……)


 そう思うと、冷たい返事になってしまった。 

 悪かったかな……と、思っていると、前の席に座っていた女の子が振り向いて言った。


「幸得君、その子に関わると、不幸になるから気を付けた方がいいよ」


 アリスは「すごい直球投げてくるなぁ」と、感心して女の子を見た。

 その子は、小学六年生の頃の同級生だった。

 

「あ、毒島さん……」

「どうも。中学でも一緒のクラスなんて最悪。修学旅行の事、絶対許さないんだから」


(そうだよね……)


 アリスはそう思いながら、毒島さんへ謝った。


「……うん。ごめんね」

「ふん、なるべく離れててね。ね、幸得君も、この子と関わらない方がいいよ」

 

 最初からこういう流れにしたかったのか、嬉しそうに毒島さんが幸得君に言った。

 だけど、幸得君はニコリと笑ってこう言った。


「あのさ毒島さん」


 幸得君が、初めてアリスから目線を外して毒島さんを見た。

 毒島さんは、きれいな顔を向けられて息を飲んでいた。

 しかし彼の目は、笑っているのにとても冷たかった。


「アリスのそばにいて、俺に悪い事が起こらなかったらどうする?」

「え、どうするって……?」

「毒島さんの言った事は、アリスへの名誉棄損めいよきそん風評被害ふうひょうひがいだよ。もしデタラメだと分かったら、ちゃんとあやまる?」


 その時の幸得君は、落ち着いた声でしゃべっていたけれど、なんだか迫力があった。

 毒島さんは、幸得君に少し怯んだみたいだったけれど、すぐに目を意地悪そうにつり上げた。

 

「いいよ。それより、幸得君こそデタラメじゃなかったらどうするの?」


 彼は片手で頬杖をついて、毒島さんに「ふふ」と笑った。

 まるで、天使が無邪気に笑っているみたいだ。


「毒島さん、俺を心配してくれているの?」

「え! う、うん……そうだけど?」

「ありがとう。優しいね」


 毒島さんの頬が、パッと赤くなった。

 彼女の強気だった態度が、なんとなくゆるくなる。

 たぶん恋に落ちてしまった毒島さんに、幸得君が続けて言った。


「もし星下さんの噂がデタラメじゃなかったら―――」


 幸得君は、アリスの方を見た。

 彼はとても優しい目で、アリスの目を真っ直ぐ見つめると言った。


「俺が星下さんを守るよ」


 三人の会話を、ハラハラして見守っていたクラスメイトたちが、ざわついた。

 女子生徒たちは、推しにして間もない男子生徒に「もしかしたら推しと私が……」という希望を打ちくだかれてしまった。

 男子生徒たちは、このクラスで一年間、自分達は空気だろうと顔を見合わせた。

 それもこれも、アリスとクラスメイトになってしまったせいだ。

 毒島さんは信じられないといった顔で、アリスと幸得君を交互こうごに見ていた。

 何か言いたそうにしていたけれど、担任の先生が教室へ来たので、「ふん」と前を向いてくれた。

 

 幸得君は、毒島さんも先生も気にせず、アリスを見つめている。

 アリスは胸をドキドキと高鳴らせて、唇の動きだけで幸得君へたずねた。


「……メフィスト?」


 幸得君が、ニッと笑った。

 彼は立てた人差し指を自分の唇に当てて、アリスへ片目をつぶって見せた。

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