凶星の下に生まれたら悪魔に溺愛されました

梨鳥 ふるり

①凶星のアリス

 星下アリスは、大きなお菓子会社の社長令嬢に生まれた。

 カッコいいイケオジのパパと、若くて美人なママの間に生まれたアリスは、砂糖菓子みたいに可愛い赤ちゃんだった。

 大金持ちの家、可愛らしい見た目、優しい両親……アリスは幸せいっぱいの女の子になるハズだった。

 

 しかし、


「おぎゃあ!」


 と、アリスが産声を上げた瞬間、大きな雷がアリスの生まれた産院さんいんに落ちた。

 病院の外では666羽のカラスがカアカアと大合唱を始め、黒猫の大群がアリスの眠る新生児室しんせいじしつへ入り込んだ。

 黒猫たちは、我先われさきにとアリスのベッドの脇に、大量のネズミや小鳥の死骸しがいを並べ、お辞儀をした。

 それから大嵐が三日三晩続き、アリスの生まれた町は大損害をこうむった。

 ついでに、パパが社長の座を部下に奪われた。

 そのせいで星下家はたちまち貧乏になってしまった。

 両親が揃っているのは、奇跡かもしれない。


(全部私のせい)


 アリスがいると、悪い事が起こる。

 アリスとすれ違うだけで、転んだり、何かにぶつかったり、嫌な出来事に遭遇そうぐうしてしまうのだ。

 周りの人たちはその事に薄々気づいていて、アリスを避けた。

 

 それなのにアリスは、ウッカリ小学校の修学旅行へ参加してしまった。

 行き先は奈良・京都で、とくに奈良には大きな仏像があるから大丈夫ではないか? と、考えての事だった。

 何より、アリスだって小学校生活の思い出が欲しかった。

 しかし、仏様の下へ辿り着く前に、アリスの乗った大型バスは高速道路の橋から川へダイブしようとしたのだった。

 バスは橋から前方半分飛び出して、ギィギィと不気味な音を立てて揺れていた。 

 車内は生徒たちの悲鳴と泣き声で、大パニックだ。

 

(大渋滞や悪天候は覚悟していたけれど、これは想像以上だった)


 やがて無事に救助がやって来て、ケガをしたりショックを受けた子供たちが救急車で運ばれて行った。

 そして、先生たちが皆へ気の毒そうに「修学旅行は中止になります」と言った。

 まだ1日目で、目的地にもついていなかった。

 

(ああ……)


 と、アリスは空を見上げた。

 途端に空を灰色の雲がおおって、大雨が降りだした。

 高速道路の橋から半分飛び出たバスを映す為、テレビ局のヘリコプターがバリバリ音を立てて飛び交っていた。

 その音に紛れて、同級生たちの悲しそうな声が聞こえる。誰かの泣き声も。


「星下さんのせいじゃない……?」


 誰かが言ったコソコソ声に、アリスはうつむいた。


「星下さんがいると悪い事がおきるもんね」


 キューッと、アリスの大きな目の中が熱くなった。

 水の中に入ったみたいに目の前がにじんできたけれど、我慢した。


「こんな事になったのに、なんとも思っていないみたい」

「星下さんは、みんなみたいに悲しくないんだよ、きっと!」


(そんなことないよ……悲しいよ。でも、自分のせいなのに悲しむの、おかしいでしょ?)


 目の中の水が零れないように、アリスは降って来る雨を浴びた。

 テレビ局のヘリコプターから、カメラのレンズがにぶく光っているのが見える。

 世界中の人に謝りたい気持ちだったアリスは、唇の動きだけでささやいた。


(ごめんなさい。私がやりました)


 反省したアリスは残りの小学校生活を、とにかく静かに過ごした。

 楽しそうな授業がある日や、下級生たちが催してくれる「六年生を送る会」といったイベントはもちろん、卒業式も欠席をした。

 そしてアリスは中学生になった。

 

✾ ✾ ✾ ✾


 中学生になったアリスは、ちゃんと入学式を欠席した。

 次の日の登校は、かなり早朝に家を出た。

 アリスは小学生の時から、みんなと登下校の時間をずらしていた。

 もちろん、アリスの不幸に巻き込まない為だ。


(記念すべき初登校だもの、トラック同士が正面衝突くらいしちゃうかも……)


 小学校の入学式へ向かう途中、タンクローリーが炎上大爆発をした事を思い出し、アリスはブルリと震えた。

 そんなアリスの行く先には、大きな交差点があった。

 アリスは一瞬緊張したけれど、歩道橋が架かっていたので一安心ひとあんしんだ。


(歩道橋なら安全)

  

 アリスはホッとして、歩道橋の階段を昇った。

 階段を上りきると、橋の真ん中に人が立っていた。

 それは、とても綺麗な顔をした漆黒の髪の少年だった。

 穏やかで優しそうな微笑みを浮かべていて、学級委員や生徒会長が似合いそうな雰囲気だ。

 しかし、雰囲気とは真逆の真っ赤な燕尾服えんびふくを着ているところが、とびきり風変わりだった。

 彼は、まるでアリスを待っていたみたいに丁寧ていねいなおじぎをした。

 アリスは慌てておじぎを返した。


(だ、だれ?)


 アリスよりも少し年上の様だったが、見覚えはなかった。

 少年は燕尾服の二股に分かれた後ろすそをひらめかせ、颯爽さっそうとした足取りでアリスに近づいてきた。


「お初にお目にかかります。俺は―――」


 アリスはハッと我に返って叫んだ。

 

「わ、私にそれ以上近づかないで!」


 少年が何者か知らないけれど、自分のせいで嫌な気持ちになったり、危ない目にあって欲しくなかった。 

 しかしアリスの願いもむなしく、アリスと少年の間の足下に、ピシッと大きなヒビが走った。


(あ!?)


 アリスは危険を察知さっちして、急いで少年を突き飛ばした。


「おっと……」


 めいっぱいの力で突き飛ばしたつもりだったが、少年は二、三歩後ろに下がっただけだった。

 ガコン!

 と、音を立てて少年がいた場所――今はアリスがいる場所の足下が、真っ二つに割れた。

 アリスの足下がグラリと傾く。


「きゃあ!」


 アリスは慌てて橋の断面にしがみついた。

 宙に投げ出された足が、ぶらんと重く揺れる。


「おお、さっそく凶星の力を見せてくださるのですね!? 素晴らしい!」

 

 少年が意味不明な事を言っていたが、アリスはそれどころじゃなかった。


(死――?)


 絶望的にそう思ったアリスの頭の中で、色々な思い出が駆け巡った。


―――親を貧乏にさせてしまったり、人に嫌な思いをさせてしまったり、避けられたり、大事故を起こしたり、ずっとひとりぼっちだったり……


(あれ? 普通、こういう時って良い思い出が次々と出てくるんじゃない? ええと……去年の夏休みに家族と川でキャンプをして……そしたら、上流のダムが決壊して流されそうになったんだっけ……うぅ……っ!)


 死ぬ間際の思い出すら、楽しくないなんて。


 ぷつん。


 アリスの心の中で、ずっと張り詰めていた糸が切れる音がした。


「なんで私ばかりこんな目にあうのよぅ!」


 生まれて初めて上げた不満に答えたのは、赤い燕尾服の少年だった。


「おや、ご存じないのですか?」


 橋にしがみついているアリスの前に、少年がしゃがみこんで言った。

 

「あなたは凶星の下に生まれたので、災いがつきものなのですよ」

「……キョウセイ……? 私、死ぬんですか?」

「お望みなら。しかし、せっかくお会いできたのに、そんな事言わないでください」


 少年はそう言って、アリスの腕を軽く引いた。 

 すると、軽々とアリスの身体が持ち上げられる。まるで体重がなくなったみたいだった。その証拠に、アリスの身体は浮いていた。少年が手を離したら風船みたいに飛んで行きそうだ。

 少年はアリスを、フワリと地面に下ろしてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。これほどの凶星の下に生まれて、人間の身ではさぞご苦労をなさったでしょう」


 そう言った少年は整った眉をゆがめ、なんとなく同情している様な表情をしていた。

 アリスは彼の言葉を聞いて、ふと思った。

 

 キョウセイ、とか、人間の身、とかはよく分からないけれど、確かに苦労の連続だった。

 私がいなくなれば、みんな平和に暮らせるんじゃないのかな。

 

 アリスがそんな事を考えた時、少年が人差し指をピンと立てて言った。


「しかし、もう大丈夫です。これからは俺があなたを守りますから」

「え……? 私を守る?」

「はい。手始めに、危険な足場を直しますね」


 彼がそう言って指をパチンと鳴らすと、たちまち歩道橋が元通りになった。

 アリスは信じられない気持ちで、元通りになった足下を見た。


「すごい……! か、神様ですか?」

「ふふ、いいえ。俺は悪魔です。メフィストとお呼びください」

「悪魔?」

「はい。あなたの頭上に輝く凶星にかれてやって来ました」


 どこかウットリとした微笑みを浮かべて、少年が言った。

 アリスは驚いたものの、少し納得もしていた。


(そ、そうか……不幸体質だから、悪魔まで寄って来ちゃうんだ……)

 

「どうぞおそばにいさせてください」

「で、でも、私といると悪い事が起こるんです」

「大丈夫。悪魔にとって、あなたの凶星エネルギーはやしです」


 少年はニッコリと笑って言うと、優雅ゆうがな動作で片手を差し出してきた。


「お手をおとりください。なにか願いはございますか?」 

「願い?」

「ええ。何かあれば、なんなりと」 


 アリスの胸が高鳴った。

 ずっとずっと、叶えたかった願いがあったからだ。

 アリスは彼の手に恐る恐る指先だけ乗せて、小さな声でお願いをした。


「あの……私と友達になってください」

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