④悪魔への代償

 美少女悪魔は、アリスがお風呂に入っている時にドロンと現れた。

 お風呂は紳士なメフィストが絶対に入れない場所だ。それを知っていて、アリスのお風呂タイムを狙ったのだろう。

 美少女悪魔はピンク色のツインテールを揺らして、色っぽく笑って言った。


「始めましてアリスちゃん。私はジランドラ。ジラと呼んでね」

「ななななんですか、一体!?」

 

 あわてふためくアリスに、ジラは甘えた子猫のような声を出した。

 

「私もメフィストみたいに、アリスちゃんとお友達になりたくってぇ~……魔界から来ちゃった♡」

「え!?」

「ダメ?」


 ジラはそう言って、綺麗な目をトロンとさせて小首を傾げた。

 

(はわわ……かわいい……)


 アリスは、ジラの可愛さについうなずいてしまった。


「い、いいよ。よろしくね」


 ジラはニコッと笑い、湯船の端に頬杖をついて言った。


「じゃ、アリス。友達のお願いを聞いてくれる?」

「えへへ……なあに?」


 アリスはデレデレして聞き返した。

 どんな可愛らしいお願いだろうかと思っていると、ジラがアリスの耳に唇を近づけて、小さな声でこう言った。


「メフィストから離れてほしいの」

「……え?」


 意外なお願いに、アリスは凍り付いた。

 一瞬にしてデレデレな雰囲気を消したアリスに、ジラは両手を祈るように組んで上目遣いをする。


「そんな可愛い顔されても……どうしてメフィストと離れて欲しいの?」

「それはね、アリスちゃんのためなの。アイツは人の願いを叶えてその代償だいしょうを奪う悪魔なのよ!」

「代償!?」

 

 アリスは驚いた。

 メフィストはそんな事、言っていなかった。 


「アアン、悪い悪魔にだまされて可哀相かわいそう。今なら代償も軽いわ。さっさとお別れしちゃいなさい! じゃ、またね!」 

 

 ドロン! 

 と、来た時のようにジラが消えてしまったあと、アリスは呆然と湯船に浸かっていた。


✾ ✾ ✾


湯加減ゆかげんはいかがでしたか? さあ、髪をかわかしましょう」

 

 お風呂から上がって部屋へ戻ると、メフィストが髪を乾かす準備をしていそいそと待っていた。


「きょ、今日は自分でやる」


 アリスは彼の申し出を断った。

 メフィストがキリリとした眉を、少しだけハの字にする。

 彼は、アリスのフワフワした髪に触れるのが好きなのだ。


「自分でやるのですか?」

「うん……自分の事は自分でするから!」

遠慮えんりょなさらず、なんでもお申し付けください」


 アリスは勢いよく首を振って、「もうなにもしないで!」と声を荒げた。

 そして、驚いた顔のメフィストを部屋から追い出してしまった。


✾ ✾ ✾ ✾


 大変な事になってしまった、と、アリスはベッドの中で頭を抱えた。

 

「まさか、代償だいしょうが必要だったなんて。貧乏だから何も払えないよ……ハッ、このお布団、いくらするんだろう? ベッドも、机も……どうしよう。ああもう、凶星め。なんか幸せだと思ってたら、こういう事かぁ!」


 代償を請求されるのは、いつだろう?

 アリスはその時の事を考えると、気が気じゃなかった。


「パパとママに、また迷惑をかけちゃう。代償を払えなかったら、メフィストは怒るのかな……」


 メフィストが優しかったのは全部代償のためだったのだと思うと、さびしくて胸が痛い。でもそれよりも、もう一緒にいられないという事の方がアリスには辛かった。

 彼と一緒にいる為には、どうしたらいいのだろう。

 その晩、アリスは眠らずに考え続けた。

 そして、名案を考えついた。


✾ ✾ ✾


 一方、アリスに追い出されたメフィストは、ボロアパートの屋根の上で落ち込んでいた。

 

「なにか気に入らない事をしてしまったのだろうか」

「ハアイ、メフィスト。ご機嫌いかが?」


 思い悩んでいる彼の側に、ジラが飛んできた。

 メフィストは迷惑そうに彼女を見た。


「告げ口悪魔のジラか。あなたの話を聞くと、トラブルに巻き込まれると有名ですよ。俺は今機嫌が悪いので、消えていただけますか」

「うふふ、消えるのはアナタよメフィスト。アリスに追い出されたんでしょ?」


 メフィストが目をキッと吊り上げるのを見て、ジラがキャッキャッと笑った。


「私、アリスに告げ口したの。アナタが代償を要求ようきゅうする悪魔だって」

「そ、それは!」

「アリス、騙されたって怒ってたわよ~。怖がってもうアナタに近づかないと思うわ! これで凶星エネルギーを一人占めするのは私よ♪」 

「この……!」


 メフィストはジラを捕まえようとした。しかし、ジラは夜空へ舞い上がり、高笑いをしてどこかへ飛んで行ってしまった。

 メフィストは黒髪を乱して「クソッ!」と毒づくと、その場にヘナヘナと座り込む。


「それで俺を拒絶きょぜつしたのですね」


 メフィストは赤い瞳を夜空へ向けた。

 人間がたくさん住んでいる場所は、星が薄くて少ない。

 けれど、悪魔の瞳には、ひときわ大きく輝く星が見える。

 それは、いつもアリスの頭上で輝いている星だ。

 遠くからでも良く見えるから、離れたら見える分だけ辛いだろう。

 

「しかし、アリスがお怒りなら……辛いが遠くから見守ろう」


 メフィストは、そう決心をして苦く微笑んだ。

 アリスを幸せにするつもりが、自分の方が幸せだったな。

 そんな風に思いながら。

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