第7話 幽閉者

 ジョスリンを乗せて走り出した車は来た道を戻ってまたさっきのマンションに向かっていた。

 運転席にセルカフ、助手席にリヴィア、後部座席にデライトとジョスリンという形で座っていた。ジョスリンは孫可愛さを包み隠さすデライトの腕にからみついてデライトに話しかけていた。

 その様子をバックミラー越しに見ていたリヴィアはセルカフに話しかけられる。


「なんで家に戻るんだ?」

「ひいおばあちゃんを連れていくためだよ」

「は? なんでそんな……。まさかお前、ひいおばあちゃんの記憶を思い出させるために走り回ってたってことか?」

「そうだよ。思い出させてあげられる所まで来てるんだ」

「また勝手なこと……。怒られるぞ? お兄ちゃん知らないからな」


 運転中、セルカフがチラリと横のリヴィアを見やると貧乏ゆすりしているのが分かった。それだけでなく表情もなんだか不服そうだ。そしてリヴィアの視線の先にはバックミラーがある。


「おいおい。おばあちゃんに嫉妬するのはやめておけよ」

「そんなんじゃない!」

「はいはい」


 妹の必死の否定を見てセルカフは勝ち誇ったようにニヤリと口元を歪ませた。


 ──────


 セルカフの車が地下駐車場に着くと、デライトとジョスリンはリヴィアに待つように言われ、車から降りたリヴィアとセルカフはマンションの内部へ繋がるエレベーターに乗り込んだ。

 車の待つこと三十分、デライトは車窓からこちらに向かってくる二人を見つけた。二人は一人のおばあちゃんを連れてきている。


「よし、誰も見られてないね」とリヴィア。

「これじゃ誘拐みたいなもんだな」とセルカフは返した。


 リヴィアは車の扉を開けて中に自分のひいおばあちゃんを誘導した。ミスクイクは明らかに状況を掴めていない様子だ。デライトはミスクイクを初めて見ることになったが、百歳ともなるとシワもすごいなと思った。


「リヴィア、セルカフ、どういうこと……?」とミスクイク。

「いいから乗って。ひいおばあちゃんの思い出したいことが思い出せるかもしれない」

「ほんとぉかい?」


 ミスクイクは後部座席のデライトの横に座ることになった。デライトは二人のおばあちゃんに挟まれることになる。どう話しかけるか悩むデライトだったが、先に話しかけたのはミスクイクだった。


「こんにちは。おにいさん。お名前は?」

「オレ? ヘン……デライトって言うんだ」

「デライトくん……! いい名前ねぇ……」


 と話してるうちに車は発進した。目的地は〇‪✕‬県だ。


 ──────


 〇‪✕‬県の中は瓦礫が道路中を占めていて車で移動できない───とデライトは思っていたのだが違った。〇‪✕県の前に着いたセルカフは車の中のあるボタンを押すと、車のタイヤが横向きになり、浮力を生み出す超技術で車自体が浮いたのだった。‬


「わぁ! すごい!」と子供のようにはしゃぐデライト。


 宙を走る車はリヴィアの案内でデライトの住処に到着した。そこに着陸した車からゾロゾロと五人が降りる。


「あ、オレの家だ。なんで?」

「ここに暮らしてたのかい?」と聞くジョスリン。

「そうなんだよ。中にあったAIナビゲーションにいつもお世話になってんだぁ〜」


 するとミスクイクが慌てふためくようにブツブツと何かを言い始めた。


「ここは……! ここは……! なにか、思い出せそう……! あぁ……!」


 と言いながら機械の身体をキュイィーンと動かしてデライトの家に入っていく。その変化に不思議そうにしながらみんなもミスクイクについて行った。

 その部屋に入っても機械音声の『オカエリナサイマセ』は発されなかった。「なんだここ……?」とセルカフが辺りを見渡してると、ミスクイクは液晶モニターの横のボタンに一直線に近づいて操作し始めた。

 いくつかのボタンを彼女の記憶する順番で迷いなく押していくと、液晶モニターが真ん中からパックリと横に開いた。そして現れたエレベーターにミスクイクは乗り込む。


「わ! なにそれ!」驚くデライト。

「……行くよ、デライト」


 リヴィアもエレベーターに乗り込むと、セルカフ、デライト、ジョスリンの順番で全員が乗っていき、ミスクイクの操作でエレベーターは五人を地下へと送り出した。


 ──────


 エレベーターが停止して開くと、ミスクイク以外の四人は中の光景に驚愕した。

 体育館より広い空間がそこにはあって、配管が壁一面に広がり、書類の入った棚や実験道具の置かれた机が配置されていて、固い白色のタイルで床が覆われている。天井にも同じ色のタイルが張られているがいくつか落っこちていて床に散乱していた。

 そして皆の目を奪ったのは空間の一番奥で座る人物だった。その人物は首元の挿入口に壁からのプラグを差し込んでいて、目を瞑って呼吸の気配すらしない風貌はまるで屍のようだった。

 さらにその人物の前方には百五十センチほど浮いた謎の光の球があり、セルカフとリヴィアは直感的に危険なものだと感じた。


「あなたが……アルビナス?」と聞くリヴィア。

『ソウダ』と天井のスピーカーから機械音声が響く。

「嘘っ……!」


 ジョスリンが顔をひきつらせて呟いた瞬間、ミスクイクはアルビナスの元へ走っていった。座ったアルビナスの近くに跪いて錆び付いた彼女の機械の手を握る。


「あ、アルビナス……! アルビナス……! あんた……!」

『思イ出シテシマッタノカイ?』

「思い出した……! 思い出したよぉ……!」


 ポロポロと泣き出すミスクイク。セルカフはアルビナスに向かって言う。


「ま、待ってよ! どうなってんの? あんたがアルビナスで、ひいおばあちゃんと……えっ? 意味が分からん!」

『ココマデ来タノナラ話ス他ナイナ』


 という前置きをして機械音声、もといアルビナスは話し始めた。


『私トミスクイクハ同僚ダッタ。科学者トシテノ。ココデ共ニ実験ヲシテイタンダ』

「そう……。あの頃の私たちは、世界を変えるつもりでいたの。胸が高鳴ったわ……」ミスクイクが呟く。

「実験……?」と聞くセルカフ。

『時間ノ超越ニ関スル実験ダヨ。極秘ニ行ワレテイテ、コノ実験施設モ普通ノ家ニカモフラージュシテアッタ。エレベーターガ液晶ナノハエレベーターノ存在ヲ隠スタメサ。ソレデ、実験モ目的ノアト一歩ノ所マデ近ヅイタ時ニトアル事故ガ発生シタ。……イヤ、事故トイウヨリ触レテハイケナイ領域ニ踏ミ込ンダ故ノ神様ノ罰カナ』

「〇‪✕‬大震災……」リヴィアは呟く。

『ソウ呼バレテイタノカ。実験ノ事故ノ影響デコノ場所ハ広範囲デ地震が発生シ、地中ニ染ミ込ンダ正体不明ノ気体ガ蒸気トシテ地上ニ噴出シタ。オマケニ、コノ謎ノ物体マデ生マレル始末サ』


 その謎の物体とはアルビナスの前にある光る物体を指していた。


「なんだそれは……。初めて見たぞ」とセルカフは言う。

『アノ日ニ爆発シテ大震災ヲ起コシタ爆弾ダヨ。ズット管理シテオカナケレバ、コイツハ勝手に膨レテマタ爆発シテシマウ。極秘ノ研究ダッタノデ上ノ者ニ手ヲマワサレテ救援モ呼ベナイ。私ハAIナビト意識ヲ融合サセテ施設ヲ動カシ管理シテイタ』

「まさか……。まさかアルビナス、七十五年間、ずっと、ここにいたのかい? この地の底で、ずっと……!」

『ソレガ責任トイウモノダヨ』


 地の底にいた幽閉者、アルビナスはしたたかにそう言い切った。


「なんで……、なんで私の記憶を消したのさ……!」しわがれた声で訴えるミスクイク。

『爆発ガ回避デキナイト知ッタ時、甚大ナ被害ガ出ルトシュミレートサレタ時、心優シイミスクイクニハ耐エ難イ程ノ罪ノ意識ニ苛マレルコトニナル。ダカラ君ノ記憶モ経歴モ改ザンシテ、最初カラ科学者ジャナイ人間ニ仕立テアゲタノサ。トイッテモ君ハ無意識デ記憶ノ改ザンヲ解コウトシタミタイダガネ』

「そうだったのか……」と呟くセルカフ。

「どういうこと……?」と呟くデライト。「お前、AIナビゲーションじゃないの? えっ?」

『ヘンナノ。私ハ十年間ズットAIナビノフリヲシテイタンダヨ。名演技ダッタロウ?』

「えっ? んっ!?」


 しんみりした雰囲気だったのだが、そこにか細い怒号が響いた。それはジョスリンのものだった。


「フザケないでよ……! アルビナス……!」

『ダレダ?』

「忘れたの? 無理もないねぇ! 私は、ジョスリンよ……! 二歳の時に勝手に居なくなったんだから、そりゃ、忘れるよねぇ……!」


 ジョスリンは相当無理をして声を張り詰めたので、ゼエゼエと肩で息をした。それをデライトは支えるように背中をさする。しばしの沈黙の後、アルビナスは言う。


『済マナイ。苦労ヲカケタナ、ジョスリン』

「あんたがどんな苦労をかけてきたか、分かってないでしょ! どこ行っても、何してても、アルビナスの子供って言われて、追いかけられる……! そのせいで、学校にも行けなかったのよ……っ!」

『済マナイ。親トシテ失格ダナ』

「全くよ……! そのくせ、自己犠牲のヒーロー気取り! 信じられない……! ぜ、絶対に許すつもり無いよ!」

「お、落ち着いてよ、ねっ?」とデライトがなだめる。

「でも、ひとつだけ、たったひとつだけ感謝してることがあるのよ……! あんたみたいな、クズでも、ひとつだけね」

『ナンダ』

「デライトを、うちの孫を無事に育ててくれたこと……!」


 数秒の沈黙のあと、機械音声が鳴る。無機質だったがどこか困惑の色があった。


『ナニ?』

「デライトが言ったのよ。AIなびにお世話になってるって。そしてあんたも、十年間、AIなびのフリをしてたって言った。そうよね、デライト。あんたはAIなびにお世話になったって言ったよね」

「う、うん。言ったよ。いつもお世話になってて……」

「分かるかい? アルビナス……。この子は私の孫で、あんたは私の母親」

『マサカ……。本当ニ……。マサカ……』


 驚くアルビナスとは対照的にデライトは未だ状況を掴めていない。考え込むように呟く。


「えっと……? オレのおばーちゃんの親がAIナビで、つまりオレのひいおばーちゃんがAIナビだから……オレもAIナビゲーション?」

「ふふっ」

『フフッ』


 ジョスリンとアルビナスの機械音声は同時に吹き出した。


「デライト、あんた、本当に私の孫かい? あっはっは!」

「だ、だってよく分からないんだよぉ! どうなってんの?」

『ツマリ……君ガコノ家ニ転ガリ込ンデキタ時ヲ覚エテイルカイ? 雨ニ打タレテボロボロダッタ君を手助ケシタカッタケド、正体ヲ明カスワケニイカナカッタ。ダカラAIナビゲーションノフリヲシテ君ニ生キル知恵ヲ与エタンダ』

「てことは……嘘だったってこと!?」

『ソノ通リ。ダケドマサカ、ヒ孫ダッタナンテ』

「……ひいおばあちゃん……?」

『ソウダヨ。イツモ会ッテルカラ、感動ノ再開ッテ気ハシナイナ』

「あははっ。オレもだよ。でもオレ、すっごい感謝してる。オレが今生きてるの、ひいおばあちゃんのおかげだよ」

『ソレハ良カッタ、ヘンナノ。イヤ、違ウ名前デ呼バレテイタネ』

「オレの本当の名前はデライトって言うんだって。オレのおかーさんが名付けたんだ」

『ソノオ母サンモ私ノ孫ニアタルワケカ。デライト、良イ名前ダ』

「えへへ……」

『ズット一人デココニ居タンダ。包ミ隠サズ言ウト、苦シカッタヨ。ダケド君ガ来テカラノ十年間ハ賑ヤカデ楽シカッタ。感謝スルノハ私ノ方サ』

「いや、そんな……。あはは」


 デライトが照れくさそうに笑う。そのやり取りを見ていたリヴィアは思わず涙が溢れそうになっていた。セルカフが声をかける。


「泣くほどか?」

「うっさい! 悪い!?」

「何も言ってないだろ? ひとまずリヴィアはひいおばあちゃんの記憶を取り戻して、デライトは真実を知ったわけだな。ここからは俺のターンだ」

「何するつもりよ」


 セルカフは目立つように研究所の真ん中くらいに立ってアルビナスに言った。


「アルビナス、話はだいたい分かった。その光の球がヤバい代物なのもな。お前一人には任せてられない」

『ドウスルツモリダ?』

「お前のやっていた管理は俺のセルカス研究チームが引き継ぐ。一応科学者の端くれなんでな。世代交代の時間だぜ!」

『ナルホド。シカシオ前ニ出来ルノカ?』

「アルビナス」とミスクイクは言う。「セルカフはいい子よ……。上手くやるわ……」

「そうだぜ。なんたって、もっと制御不能な妹を今まで相手にしてきたんだ。任せなって」

「どういう意味だよ!」

『ミスクイクノオ墨付キナラ、キット大丈夫ダロウ。頼ンダヨ』

「ひいおばーちゃん」とデライト。「ずっとここにいて疲れたでしょ。もう休んで」

『アァ。ソウサセテモラウヨ』


 無機質な音声だったが、そこには心からの安堵と感謝が込められていた。

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