第6話 悔恨者ジョスリン
デライトが起きると、自分がよく見知ったベッドの上にいることに気づいた。
『オハヨウゴザイマス』
と無機質な機械音声が聞こえる。
「……今何時?」
『十三時半過ギデス』
「そっか……。リヴィアが運んでくれたのかな」
『ソノ通リデス。トコロデ、ドウサレマシタ?』
「今日だけで色んなことがあってさぁ。疲れちゃった」
『左様デスカ。机ノ上ノ紙ヲ見ルコトヲオ勧メシマス』
「えっ? 紙?」
とデライトが机の上を見ると、そこには手書きの文章が書かれた紙が置いてあった。
『デライト
私はいなくなるけどまた来る
二日後の朝九時、この家に居るように
リヴィア』
なんでなのか心当たりが無かったが、リヴィアが言うことなのでデライトは従うことにした。
──────
二日後、デライトは予定より早く、今日の朝から左腕の包帯を取れるようになっていた。
ミルミルに包帯を取ってもらって注文した朝食を食べるとすぐに帰り、彼は言われた通りに家で待機する。しばらくすると外でけたたましい音がした。
何事かとデライトが表へ出ると、そこにはヘルメットを被ったリヴィアが宙を浮くオートバイにまたがっていた。オートバイのエンジン音が辺りの廃墟に響く。
「うわぁ! もしかしてリヴィア!? すご、空飛ぶオートバイじゃん!」
「デライト。着いてきてもらいたい」
「どこに?」と困惑するデライト。
「外の世界だよ。といってもおまえの身なりは浮いてしまう。服を持ってきてやったから着替えろ」
リヴィアはオートバイにまたがりながら、一式の服が入った紙袋を渡した。デライトが中に入って着替える。
また表に出てきたデライトは新しい服に少し恥ずかしそうにしていた。
「こんな新しい服、着慣れないなぁ。なんかちょっと恥ずかしい」
「いいから。後ろに乗って、デライト」
と誘導されるままデライトはリヴィアの後ろの部分にまたがる。
「デライト、おまえのヘルメットだ」
「どーも」とデライトは不慣れそうに被る。
「私の腰に手を回してて。揺れるけど、自分が大事なら絶対離さないでよ」
「分かった」
リヴィアがエンジンをかけるとオートバイは爆速で空を切った。「うおあああああ!」というデライトの絶叫がエンジン音と共に〇✕県を駆けていった。
──────
〇✕県の外というのは、デライトにとって初めての出会いでいっぱいだった。瓦礫のないキレイな景色、あみだくじのように広がる道路、立ち並ぶでっかい建物、数多に行き交う車と楽しそうに道を歩く人々、オートバイのスピードに慣れたデライトは目を輝かせてそれらを見ていた。
二人は二時間半道路の上を走っていき、そしてリヴィアの家である高層マンションに到着した。マンションの地下駐車場にオートバイを停車させると、スマホを取り出して何者かに電話をかけた。
「お兄ちゃん。今駐車場に着いた」
と言って電話を切る。
「誰に電話したの?」
「私のお兄ちゃん。セルカフって名前。……そんなことより、いい加減離してくれない?」
デライトは停車した後もまだリヴィアの腰に手を回してしっかり抱えていた。言われて気付いた彼はゆっくり持って腰から離し、解放されたリヴィアがオートバイから降りてヘルメットを脱ぐ。
デライトも続けて降りてヘルメットを脱ぐと、その二人に近寄る男の人が現れた。
「おいリヴィア! いきなり居なくなって、何してたんだ!? あとその男は誰なんだよ!? 説明してくれ!」
「後でいい? ちゃんと話すから」
「くっ! 絶対だからな……!」
「そんで、こいつが前に話したデライト」と兄に言うと次にデライトに向く。「こいつが私のお兄ちゃんのセルカフ」
「どーも」
「お、おう」と少し戸惑うセルカフ。
「それでお兄ちゃん、ジョスリンの住所は掴んだんだよね?」
「ああ。ツテを当たって調べてもらった」
「えっ、誰調べてんの?」とデライトが聞く。
「覚えてないの? おまえのお母さんの日記に名前出てたろ? 親として。ジョスリンとアデマを調べてもらってたんだよ」
「つまり……オレのおじーさんとおばーさんを調べたの? なんでまた」
デライトがよく分からず呟くとリヴィアは呆れた。
「察しが悪いな! 会わせてあげるんだよ。おまえのおばあちゃんに。住まわしてくれるかもしれないだろ?」
「えっ……!?」
「おまえ次第だけどな。会いたくないなら無理に会わなくていい。どうする?」
「そりゃあ……」デライトは考え込む。会ってどうするというわけじゃないが、おかーさんのおかーさんなら会わなきゃいけない気がした。「……会いたいよ」
「決まったね。ほら行くよ。お兄ちゃん車出して」
ズカズカと駐車場内を歩いていくリヴィアの背中を見てセルカフが呟く。
「相変わらず勝手だな……。なんだよ、俺の顔になんかついてるか?」
デライトはセルカフの顔をじっと見ていて、そして不思議そうに話す。
「テレビで見たことある気がするんだよね」
「あ、分かっちゃう? 最近テレビに映る機会があってさ」
「捕まったの?」
「違うわ! 俺は時間の超越技術を研究するプロジェクトのプロジェクトリーダーを任されたセルカフってんだ。そのニュースでちょっとだけ顔撮られてな」
「うわ、すごい人だったんだ!」
「別にそうでも無いぜ。研究なんて頓挫も頓挫だし、金もかかってるからプレッシャーも半端ねーのなんの。それにせっかくの休日もリヴィアにコキ使われちゃってなぁ。そうそう、〇✕県にいた時、あんたがリヴィアを見守ってくれてたんだって?」
「見守ってたってのは大袈裟だよ」
「でも大変だっただろ? リヴィアってあんなんだから」
「そうだね。とにかく無鉄砲なんだよねぇ〜。でも悪い人じゃないから」
「そうなんだけどな。昔からお兄ちゃん、振り回されっぱなしなのよ」
「あはは」
「でも今日のあいつは特に張り切ってるぞ。デライトって言ったか。お前、リヴィアから大事に思われてるぜ。じゃないとあんな風にならないから」
「マジ!? 良かった。オレもリヴィアのこと大事だからさ」
「すごいこと言い切ったな……。もしかしてもうリヴィアと付き合い始めてるのか?」
「付き合うって何と?」
「……」
セルカフが絶句していると駐車場の奥からリヴィアの声がした。
「何やってんのー!? 早く行くよー!」
──────
セルカフの調べでは祖母のジョスリンは今七十七歳で、祖父のアデマは既に他界している。調べ上げたジョスリンの住まう家に三人はセルカフの車に乗って向かっていた。ジョスリンの家までだいたい一時間かかる。運転席にセルカフ、後部座席にデライトとリヴィアが乗る形だ。
途中、いつになくソワソワするデライトに左にいるリヴィアは声をかけた。
「どうした? ……怖いか? おばあちゃんに会うの」
「怖いってか不安だよ〜……。もちろん、おばーちゃんが居てくれてるって分かった時は嬉しかった。オレに家族がいるんだって思えてさ。でも……もしもだよ。おばーちゃんに『誰?』って言われて、他人みたいに扱われて、冷たくされたらって思うと……。もしかしたらそうなるんじゃないかって考えちゃってねぇ」
リヴィアはデライトの生身の手を彼女の機械の右手で握って言った。
「大丈夫。デライトを見たらきっと喜ぶよ」
「……そのデライトっての、やめない? 慣れないよ」
「ダメ。おまえのお母さんが名付けた名前なんだ。デライトは背負わなくちゃいけない。それとも捨てたいの?」
「おかーさんのつけた名前か、確かに……。オレはデライトなんだなぁ」
バックミラー越しにこのやり取りを見ていたセルカフは、妹の普段の図々しさからは想像できない気の遣いように目を丸くしていた。
──────
一人で暮らすジョスリンの家のインターホンが鳴った。『お客様です』という流暢な機械音声が耳に入ると、彼女は四肢の機械をフル稼働させて歩き出し玄関に向かっていった。
ジョスリンは近所の老人仲間が訪ねたのだと予想していたが、玄関を開けると見知らぬ三人が居た。
そしてその中でやけにソワソワしている男を見ると、ジョスリンは思わず呟いた。
「……カノン?」
「えっ?」とデライトは驚く。
「あ、ごめんなさいね。娘となんか……似てる感じだったから……。それで、どちら様?」とジョスリンが聞くと
「私はリヴィア。こっちがセルカフ。こっちがデライトって言います。それと、デライトはあなたの孫です」
「はぇ……?」
驚いて目を丸くするジョスリン。デライトは照れるように言った。
「そういうことみたい。オレのおかーさん、カノンって名前なんだ」
「ほんとかえ……? あぁ……。でも、た、たしかに……カノンの面影があるのぅ」
ジョスリンは困惑したまま表に出てデライトの元まで行くと、デライトの額を震える手で撫で始め、そして前髪を後ろにかきあげると言った。
「カノンじゃ……! カノンじゃ……!」
ジョスリンはそう呟きながら涙を流し、そしてデライトに抱きつくと、デライトはジョスリンを抱きしめ返した。
デライトはジョスリンとの出会いにまだ戸惑いを隠せなかったのだが、心底嬉しそうに微笑んでいた。
──────
家に招かれた三人は居間でジョスリンの話を聞くことになった。ジョスリンが機械の身体でテーブルを囲うように椅子を四つ置いて座るように促した。
ただジョスリンとデライトの椅子の距離は近い、どころかほぼくっついていた。
その椅子に座ったデライトはニコニコとしたジョスリンにベタベタとくっつかれる形となる。
「デライト〜。デライト〜。お腹空いてないかい?」
「だ、大丈夫だよ。おばーちゃん」
デライトもまた満更でもなさそうだった。
「それで、ジョスリンさん」
「はい?」
「あなたの娘さんの、カノンさんの日記を持ってきました」とリュックからカノンの日記を取り出す。
「カノン……」ジョスリンの笑顔がフッと消えた。「あの子には……悪いことしたわ……。ちゃんと育ててあげられなかった。それで、カノンはどこだい?」
「……死んじゃったよ、おばーちゃん」と静かに言うデライト。
「そうかい、そうか……」
ジョスリンは静かに泣き始めた。目頭を押さえて涙を拭うと、つらつらと話し始める。
「私は……親としての愛し方が分からなかった……。カノンに厳しくしすぎたの……。とにかく叱って、それが育て方だって、愛情だって思い込んでた……。嫌だったのね。カノンが十七歳の時、出ていったのよ……」
「……」
「私、お母さんが大っ嫌いだったの。お母さんは、私が二歳の時にいなくなって、お母さんのせいで、ずっと苦労してきた……。お母さんに育てられなくて、どうやって育てていいか、分からなかったの……。言い訳でしかない、けどね……」
「その、おばーちゃんのお母さんって誰なの?」
「……有名人だよ。アルビナスっていう、科学者の面汚しで有名な人さ……。昔からますこみに追われて、大変だったわ……」
その情報に一番驚いたのはリヴィアだった。
「そっ、それ、本当ですか!?」
「え、ええそうよ」と驚きように困惑するジョスリン。
「だとしたら……。うん。これから行くところにジョスリンさんもついてきてください。あなたに深い関係がある場所です」
「ふえぇ? どうして……?」
当然不思議がるジョスリン。リアクションはとっても嫌そうだった。そこにデライトが助け舟を出す。
「あのさ……オレと一緒に行かない?」
「行くぅ〜!」ジョスリンは一瞬のうちに笑顔になった。
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