第3話 忘失者ミスクイク

 歩くこと四十分。リヴィアが連れてこられたのは小さな港の跡地だった。その場所には工業廃棄物と思しき様々な機械の残骸が流れついていた。

 その機械の山を漁っていくつか回収していたヘンナノがミルミルとリヴィアに気づく。


「あらお揃いで。どーしたの?」

「リヴィアちゃんがヘンちゃんを気になってるみたいだったから」

「言ってない! ただ時間短縮になるからってだけだ」

「あぁ、このまますぐ行けるからってこと? でもコレを家に持って帰ってからだからすぐじゃないよ」


 とヘンナノは使い古された背中に背負う大きなカゴに半分くらい入った機械の山を見せた。普段はカゴいっぱいまでやるのだろうとリヴィアは予想する。


「大丈夫よヘンちゃん。私が家の前に置いておくね」

「マジ!? 助かるよぉ〜ミルミル!」

「お得意様は大事にしないとね」


 とヘンナノからカゴを受け取ったミルミルの腕と脚はキュイィーンと音が鳴る。機械が駆動する音だった。そのまま軽々とカゴを持ち上げる。


「それじゃーね。デート、楽しんできてね!」

「デートじゃない!」とリヴィアは強く否定した。「行くぞヘンナノ」

「へいへ〜い」


 港に残り、遠ざかる二人の背中を見てミルミルは呟いた。


「歳が近い女の子と仲良くなる機会なんてそうそうないわ。滅多にないチャンスだからね。頑張るのよヘンちゃん……!」


 ──────


 街を歩きながらリヴィアは聞く。


「あれがおまえの仕事か?」

「うん。中にはまだ売れるものがあるからね。それ売って生活してんの」

「分かんのか? 何が売れて何が売れないとか」

「いや全然?」

「じゃあどうしてるのよ」

「うちのAIナビゲーションちゃんがやってくれてるんだよね。しかもどんくらいが相場なのかも教えてくれるんだ。相場を知らないとカモられちゃうからね。すんごい助かってる」

「なに? AIナビ?」

「うん。たまたま居着いた空き家にあってさ。多分ここら辺がスラムになる前の家だったんだろうな〜。家に入ったら『オカエリナサイ』とか何とか言ってさぁ」

「なるほどな。でもナビが本当にガラクタの相場の測定なんかやってくれるのか?」

「うん。しかもしっかり合ってるんだよ。あとこの仕事やればって提案したのもAIなんだよな。そんで生きてってるんだから、人類文明サマサマだな〜」

「え? 何言ってんだよ。AIナビがそこまでするわけないだろ」

「でしょ? オレも最初ビックリしたんだけど、でもやってくれてんだよね。いや〜、すごいなぁ〜っていつも思ってる。ああいうの、どうなってんだろうなぁ」


 目をキラキラさせながら話すヘンナノにリヴィアは何か言うのを止めた。おかしさを説明しても多分理解されないだろうと思ったからだ。


「そんでさリヴィア。どこに行くの?」

「知らん」

「えぇ……」

「とりあえず、私のひいおばあちゃんの名前っぽいのを探してく」

「名前ってどんな?」

「ミスクイク」

「ミスクイクぅ……? オレは聞いたことないな」

「知り合いがいるとしても年寄りだろうな。百歳だから。歳近い人間は知ってるか?」

「知ってるけど気軽に話せる人じゃないよ。派閥の長とか、そんな感じ。一方的に知ってるだけで関係も無いし、それに……」

「それに?」

「聞くけどさ、どうなの? ミスクイクはここに来たことあるの? もし来たことあるならそれがスラムになる前か後かなのも大事だね。んで、来たこと無いか来たのがスラムになる前だとしたら、この街に知り合いはいないと思うよ」

「なるほどな。来たことは無いって言ってる。若い頃の記憶を失ったんじゃなくて別の場所に住んでたっていうれっきとした記憶がある。とすれば確かに知り合いがいる可能性は低い、か……。記憶のカギは人じゃなく、この街の何かかこの街自体なのかも……」

「うーん……。よく分かんないし、とりあえず色んなとこ連れてくよ。手がかりがあるといいね」

「他人事だな」

「頑張るのはリヴィアだから」

「わかってる。でもちょっとは手伝ってくれ」

「へいへ〜い」


 ──────


 夜九時。結局手がかりらしい手がかりは無かった。無駄骨を折った二人は今日のところはやめようと決めて帰路につくのだった。


「リヴィアはここに何で来てるの? 歩いてきた?」

「無理だろ。オートバイだよ。乗ってきてないのは目立つから。治安悪いとこで目立ちたくなくてね」

「空飛ぶやつ?」

「そう」

「すっげぇ〜っ! どこにあんの!?」とウキウキで聞くヘンナノ。

「見つかんないところ。でも運が悪けりゃ見つかってパクられるかもね」

「ふーん。そういえば、最初会った時すごいヘロヘロだったよね。あれどうしたのよ」

「二日くらい歩いてたらお腹空いてきてさ。頼れる人も居ないしどうしようかと思ってた。だからおまえには一応だけど感謝してる。それと……左腕、ごめんな」


 ヘンナノの左腕はリヴィアに殴打されたことにより包帯が巻かれていた。ミルミルの見立てではあと一週間で取れるようになるらしい。

 ヘンナノは「いいよいいよ」と笑って返事をした。


 ──────


 ミルミルの店の前に来た頃、店は既に閉店していたが、戸を叩くとミルミルは現れた。


「おかえりなさい」

「ただいま」とリヴィアは言う。

「どうだったの? 進捗は」

「全然。絶望的」

「そうなの。でも諦めないでね。それでヘンちゃん、進捗は?」

「えっ、なんで二回聞くの?」とヘンナノは尋ねる。

「あっいや、なんでもないわ! 二人ともお疲れ様。何か食べてく?」

「食べるよ。今オレ持ち合わせ無いからツケだけど」

「いや、ヘンナノ。ここは私が奢るよ」

「マジ!? ほんと!?」パアァッと笑顔になるヘンナノ。

「喜びすぎだろ。ただの気持ちだよ。明日も頼むぞ?」

「もちろんだよ!」


 その光景にミルミルは思わず微笑んでしまった。


 ──────


「美味しかったよ! ありがとー!」


 と言ってヘンナノは店から出ていった。ミルミルが食器を洗っている時、不意にリヴィアが呟いた。


「ヘンナノ、あいつなんなんだ?」

「あら、気になっちゃう?」

「少しはな。アレは子供すぎる。一応大人なわけだろ? そうでなくても、この街でずっと過ごしてきてあんな性格になるものか……?」

「それに関しては私も驚きよ。でも、彼なりに色々考えてるのよ」

「……七歳の頃に親を亡くしたんだったな。どうやって生きてきたんだよ」


 リヴィアは自分が七歳の頃を思い出す。小学一年生か二年生の時だ。あんな時期に親が死んで、この街に一人残されていたら、無事に過ごせているのだろうか。


「本人に聞くのが一番じゃないかしら」

「いや……、はばかられるだろ。聞きづらい。ミルミル、何か知らないか?」

「私がヘンちゃんと出会ったのは私がまだ二十一歳でこのお店の見習いをしてた時ね。ヘンちゃんはまだ十歳だったわ。小さい子供がお金を握りしめて親子丼を頼んで、泣きながら食べてた。ビックリしたわ。『そんなに美味しい?』って聞いたら何度も頷いたのよ。それくらいね。ヘンちゃんの一番古い話」

「……。ミルミルは元は見習いだったのか」

「そうよ。でも当時の店主が別件の仕事で死んじゃったから私が引き継いだの」

「いやヤバい話だな。別件の仕事?」

「あまり知らない方がいいわよ」

「……分かった。そうするよ」


 急に現れた殺意の気配に萎縮したリヴィア。この件はあまり深入りしないことにした。

 ミルミルには『少し』と言ったがリヴィアはものすごくヘンナノのことが気になっていた。どうやって生きていたのか、なぜあんな性格なのか、親は誰なのか、本当の名前はなんなのか……。


 ──────


「ただいま」

『オカエリナサイマセ』


 と無機質な機械音声が響いた。


「今日の収穫物。見てくれない?」

『今日ハ少ナイデスヨ。ドウサレマシタカ』

「ん? ちょっとやる事があってね。あ! そうだ! お前ってすごいヤツなんだな!」

『何ガデショウカ』

「お前の話したら驚かれたんだよ。『AIがそこまでするのか?』っていう感じでさ。有り得ないみたいな反応だったよ」

『ソウデスカ』

「お前って性能良かったんだな。いつもありがとね」

『カマイマセン』

「そんで今オレって人探ししてるんだよね。いや、その人は見つかってるんだけど。ずっと探しても手がかりが見つかんないんだよ」

『言ッテル意味ガ分カリマセン』

「つまり人の手がかりを探してるんだよね。この街にあるらしくて。ミスクイクって人、なんか知らない?」

『存ジ上ゲマセン』その表示は少し遅かった。

「そっか残念。ミスクイクって人の情報を探してる人がいるんだ。なんか知ってないかなぁって思ったんだけど」

『ソノ方ニハ、コノ建物ニ近付ケナイコトヲオ勧メシマス』


 その提案に首を傾げるヘンナノ。


「なんで?」

『ドウシテモデス』


 ちょっとおかしいと思ったヘンナノだが、いつもお世話になってるナビゲーションの言うことなのであまり深く考えずに、ガラクタの鑑定を開始した。

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