第4話 病死者カノン
三日経ってもリヴィアがヘンナノと共に手がかりを探っていた。今日訪れたのは〇✕県の別荘地帯だった場所。
「昔は高級住宅地だったっぽいけど、〇✕大震災の後じゃあ見る影も無くなったわけか」
と瓦礫の山々を見てリヴィアがそれっぽく呟くと、ヘンナノは彼女に質問した。
「〇✕大震災って?」
「知らないの? ここがスラム街になったきっかけの震災だよ」
七十五年前。突如として〇✕県に大地震が襲った。津波は無かったが家々は倒壊し阿鼻叫喚となったようだ。
しかも地中から未知の蒸気が噴出するようになり、それらは身体に毒だったため人々は〇✕県から出ざるを得なくなった。警察なども入ることを許されず、蒸気が収まるまでの十五年間は実質的に日本は〇✕県を手放していたことになる。
しかしその間、警察が入ってこないことをいい事に犯罪グループがこの地に足を踏み入れ拠点とした。蒸気で身体をやられる者も多かったが、怖いもの知らずの彼らは警察に捕まる方を嫌がったのだ。次々とヤクザやら悪党やらが〇✕県に巣食い、勢力を拡大していき、蒸気が晴れた時には治安が最悪となり最早警察も介入できないスラム街としての〇✕県が誕生していた。
特筆すべき点は、この震災は研究の失敗によるものだということだった。
「研究の失敗?」
「そう。なんの研究かは分かってないんだけどとんでもない爆発が地下研究所で起こったらしい。地震と未知の蒸気はその爆発の余波だろうって言われてる。そしてその研究を主導で行っていたのがアルビナスっていう科学者だ」
「へぇ〜。知らなかったなぁ。アルビナスはどうなったの?」
「見つかってない。爆発に巻き込まれたんだろうね」
「ねえ、もしかしたらミスクイクがその事件に関わってるってことはない?」
「ないよ。震災当時ひいおばあちゃんは遠くの県にいたから。大震災の中継も立体ホログラムで見てたって。そもそもひいおばあちゃんは科学者じゃないしね」
「ふーん……。だったらそもそも、なんでミスクイクは〇✕県に記憶を思い出す何かがあるって言ったんだろ。話聞く限りめっちゃ無関係じゃん」
「それを調べてくんだよ。ここに住んでた友達が大震災で死んだって話かもしれないだろ?」
家の中を調べていくリヴィアとヘンナノだが、ついには見つからなかった。
──────
成果も無くクタクタのまま二人はミルミルのお店に向かっていく。
「ヘンナノ」
「ん?」
「おまえどうやって生きてきたんだ?」
「うわ、聞くなぁ」
「おまえの人生が気になる」
「何それ。変なの。人には話したくないこともあるもんだよ」
「……それならいいんだ。悪かった」
「嫌とは言ってないじゃん? だけど……」
ヘンナノは寂しそうに星を見上げた。
「よく覚えてないんだよねぇ〜……」
「……」
「何してたんだっけ。とにかく生きるのに必死だったな。おかーさんが死んだ後はずっと食べ物探してウロウロしてた気がする。覚えてないけどさ、野良犬みたいな生き方だったと思うな。いつの間にか名前も忘れちゃってねぇ……。そんで十歳の頃だったかな? たまたま見つけた家にAIナビゲーションがいて、そこで今の仕事をやるように勧められたんだ」
リヴィアは思い出す。ミルミルが言っていた初めてのヘンナノの来店が十歳で、ガラクタ集めをやりだした時と年齢が一致している。
「それで初めて得たお金で、ミルミルの店に行って親子丼食って泣いたわけか」
「あ、聞いてたんだ。そうなんだよ! 絶品でさ! あったかい食い物なんて久しぶりで、食べながら泣いちゃったんだよ〜」
「大変だったんだな」
「そっからはミルミルがお姉ちゃん代わりだったなぁ〜。でも、つまんない話だったろ? あんまり気にしなくていいよ、オレのことは」
「……いいじゃないか。気にすることくらい」
「だってやることが終わったらもうここに戻って来ないんでしょ? じゃあ気にしなくてもいいんじゃないかな、なんて」
そのヘンナノの何気ない言葉は一瞬のうちに深く深くリヴィアの心を裂いた。何故かはリヴィア自身もわからなかったが、ともかく彼女の呼吸は止まりかけた。
しかしそれを悟られないように返答する。
「いや……。報酬払うのに戻ってくるし……」
「そっか。それなら楽しみにするよ」
二人きりで夜道を歩く。二人ともてっきり他に誰も居ないと思っていたのだが、その会話に聞き耳を立てるものがいた。
その男は二人が過ぎ去ると普段つるんでいる三人の仲間の元へ向かう。彼らはこの街の十五歳程度のワルガキ共だった。
「どうした?」
「なあなあ。ヘンナノのやつ、最近女と一緒にいるじゃん?」
「そうだね」
「そうだね」
「ぼく聞いちゃったんだけど、ヘンナノ、報酬貰ってるんだって」
「報酬!?」
「報酬!?」
「報酬!?」
その単語に耳をピクリとさせるワルガキ共。彼らにとってヘンナノは金の持ってない変なやつという認識だったので相手にしてこなかったのだが今は違った。
「ガラクタ集めのヘンナノ、もしかしてお金持ってる?」
「かもしれない」
「かもしれない」
「盗まない?」
「盗もう!」
「奪おう!」
「家知ってる?」
「知らない」
「知らない」
「あたし知ってる」
「じゃあヘンナノが寝たら忍び込もう!」
「でも上手くいくのかな」
「不安」
「大丈夫。ヘンナノってみんなにお金ないって思われてるから泥棒入らないんだって。だから警戒とかしてないよ」
「こっそり入ってこっそりお金盗ろう!」
「おー!」
「おー!」
「おー!」
──────
翌朝、いつもならヘンナノが店に来て朝食を食べている時間なのだが店に現れなかった。
「あいつどうしたんだ? 風邪か?」と心配するリヴィア。
「ヘンちゃんは人に言われて初めて風邪に気付く子よ? 少なくともお店には来るわ」
と会話している時にドアが空いた。二人は入ってきたヘンナノの様子に驚く。
いつもの明るい雰囲気は消え失せ、目が真っ赤に充血していて小刻みに荒い呼吸をしていたのだ。カウンターから飛び出したミルミルがヘンナノに駆け寄る。
「ヘンちゃん!? どうしたの!?」
「ね、ねぇ、ミルミル。オレのお金知らない?」
「知らないけど、それがどうかしたの?」
「朝起きたら無くなってて、その、ミルミルなら、なんか知らないかなって、来てみたんだけど……」と目を真っ赤にさせて言うヘンナノ。
「お、おい。男が泣くなよ……?」と一応慰めのつもりでリヴィアは言う。
「わ、悪いけど何も知らないわ。なんで私に聞くのかしら」
「だ、だって、オレが頼れるの、ミルミルしかいないから……! うあぁ……! うあぁぁあ!」
ついに弱々しいうめき声で泣き出したヘンナノ。ミルミルは自分の胸元にヘンナノの頭を抱き寄せて慰めるように頭を撫でる。
リヴィアは自分がつい言ってしまった『男が泣くなよ……?』という発言に罪悪感を覚えて勝手に苦しむことになった。
──────
泣き腫らした目で親子丼を完食したヘンナノ。彼は泣きやんでいたが、それでも店内の三人には重い空気が漂っていた。
ヘンナノの隣に座るリヴィアは若干の勇気を込めて話しかける。
「その……大事なお金だったのか?」
「うん。貯めてた七十万円が取られた」
「大金じゃないか。そんなに貯めて、やりたいことがあったのか?」
「気になる……?」とヘンナノはリヴィアに目を合わせる。
「あ、いや、質問攻めで悪かったな。無理に話す必要は無い」
「いいよ。気になるなら……おかーさんに会わせてあげようか?」
「えっ? おかーさん? ミルミル、知ってるか?」とリヴィアはミルミルに聞く。
「……死んでることしか知らないわ」
「おかーさんのことは誰にも話してないし見せてないんだ。気になるなら見せてもいいよ」
ヘンナノの誘いにリヴィアは恐ろしさを感じた。触れてはいけない大事な部分に触れてしまう気がしたからだ。返答に困っているとミルミルが言う。
「リヴィアちゃん。私にも言ってないことを言うのはきっと、リヴィアちゃんがとっても安心できる人だって分かったからなのよ。ね? ヘンちゃん」
「……」ヘンナノは黙ったまま照れくさそうに少し頷いた。
ヘンナノが私に心を開いている。そう思えたリヴィアはとうとう決意した。
「見せてよ。ヘンナノのおかーさん」
──────
街を歩く二人は無言だった。黙って前を歩くヘンナノと後ろをついて歩くリヴィア。そしてヘンナノはとある家の前で立ち止まった。
その家は街の家々の中でも特に荒れていて、窓が割れているのはもちろん、外壁は風の侵入を許してしまっている。
ヘンナノがドアを開けるのでリヴィアも後を追って家の中に入ると、そこで床に寝かせられている人間のミイラのような朽ち果てた死体を見つけた。
思わず腰を抜かすリヴィア。
「な、なにこれ……?」
「おかーさん。カノンって言う名前。病気で死んでからずっとここで寝てる」
リヴィアは怖い気持ちを抑えて死体を観察する。右腕は無いが左腕が機械仕掛けだった。そこで気付く。カノンの死体の左腕とヘンナノの右腕は同じ機械だった。
「おまえ、まさか……。その右腕、元々は……」
「そう。おかーさんのものだった。お金貯めて右腕におかーさんの腕を着けたんだ。それで左腕もおかーさんのにしようと思って五年くらいお金を貯めてたんだけど……盗られちゃった。リヴィアからの十万でようやく手術できるぞって思ってたんだ……。あ〜あ。遠のいちゃったな」
「だからおまえ、私が殴った時に生身の左腕で防いだのか。機械を傷つけないように……」
呆然と母親の死体を見つめて悲しみに暮れるヘンナノ。
リヴィアの腹の中に泥棒に対する怒りがふつふつと込み上げてきて、それが腕に伝わって機械の手をグググッと握り締めてしまう。
するとリヴィアは、ふと家の中のあるものが目に入った。高い棚の上にある分厚い本だ。そこに歩み寄って手を伸ばし本を手に取ると、その表紙に書かれた文字を口にする。
「日記……?」
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