第2話 来訪者リヴィア

 女は再度目を覚ました。


「ここはっ……!」


 と上半身を起こしたが、そこで脚が動かせなくなってることに気づく。そして驚いた様子の男女を見つけると怒鳴った。


「何が目的だ!」

「別に……なぁ」とヘンナノが言う。

「あなたが倒れてたから運んできたのよ。大丈夫だった?」

「……」女は身体を特にいじられた形跡がないことが分かると少しだけ警戒を解いた。「信用してやる」

「コレでも食べる?」


 ミルミルが手渡した親子丼を、女は最初は警戒するようだったがついに空腹に押されて食べ始めた。そこからは早く、わずか数分でどんぶりの中が空になった。


「……感謝する」

「あぁ食べちゃった? フフフ、実はね……」としたり顔で言うヘンナノ。

「なんだとっ! 何を入れた!?」

「何も入れてないわよ! ヘンちゃんも笑えない冗談はやめなさい」

「はぁ〜い」

「この野郎……」

「それで、あなたは誰なの? この街の人じゃないよね。出口の道が分かんないなら案内しよっか?」


 女は名を名乗るか逡巡したが、ひとつ深呼吸をすると共に決心した。


「私はリヴィア。まだ街を出るつもりは無い」

「またどうして? なんもないよここは」とヘンナノが重ねて聞く。

「ひいおばあちゃんの記憶を取り戻してあげたいんだ!」


 リヴィアの声には強い決意があった。


「記憶? 取り戻す何かが街にあんの?」

「そうだ。ひいおばあちゃんは今百歳なんだ。死ぬ前に思い出させてあげたい」

「へぇ〜。頑張ってね」

「言われなくても」


 リヴィアが落ち着いたのを見たミルミルは脚の拘束を解いた。


「それでおまえ、私の荷物はどこだ?」

「ナイフならそこだよ」とヘンナノは小さな机の上を指さす。

「ナイフだけじゃない。リュックがあったはずだ」

「そんなのあったの?」

「……おまえ、拾ってきてないのか?」

「待ってよ。責めないでくれよ? リュックがあることなんかあんたの名前と同じで知ってるはず無いんだから」

「ちっ。後で案内しろ。私が倒れたところに」

「めちゃめちゃ上からじゃん。苦手だわぁ〜」

「まあまあヘンちゃん、リヴィアちゃんも多分街のことに詳しくないし、ついて行ってあげて?」


 とミルミルに言われてしまってはヘンナノは断れなかった。


「おまえ名前は?」

「ヘンナノ」

「ヘンナノ? 変な名前だな」

「みんなにそう呼ばれてんだよね」

「そんであんたは?」と今度はミルミルを見る。

「私はミルミル。このお店の店主なの」

「ミルミル。……あんたに折り入って頼みたいことがある」

「何かしら?」


 少し嫌な予感がしてきたミルミル。リヴィアは頭を下げて言った。


「当分でいい、ここに住まわせてくれ! 寝るとこが無いんだ!」

「え〜っ!?」


 ──────


「良かったな、住まわしてもらえて」


 リヴィアの押しに負けてミルミルは自分の部屋の隣である使わなくなった部屋を貸すことになった。家具など何も無く物置状態だったが、リヴィアはそれでも構わないと言った。

 ヘンナノとリヴィアがスラム街の荒れた街を横並びで歩く。電気の明かりはほんのわずかしかなく、その分星や月明かりがいかんなく輝きを増し、リヴィアは思わずうっとりした。


「ほんとにさ、こんなとこにひいおばあちゃんだっけ?の思い出せるものがあんの?」

「ひいおばあちゃんが言うにはな」

「それで単身で来たわけだ。危ないことしたね〜」

「大事な記憶だ、って言ってたからさ。ひいおばあちゃんが。最近急に騒ぎ出したんだよ。『思い出した! でも思い出せない!』って。何かを忘れてたのは思い出したけど、それがなんなのか分からないみたいだった」

「そんなんでよく来たな」

「死ぬ前に思い出させてあげたいんだ。忘れてることが……なんというかすごくショックだったみたいで。いつもいつも泣きそうな声で騒いでる。家族はもうみんな呆れちゃって相手にするの止めたけどさ」

「で、そのひいおばあちゃんの記憶に関することがここにあるって言うわけだ。その様子だと手がかりもないっしょ」

「来てから探すつもりだった」

「無鉄砲だなぁ〜」


 会話をしながら歩いていると、道端に死体が落ちているのをリヴィアが発見した。しかもよく見ると四肢が、機械があったであろう部分がもがれている。


「うわっ!」と思わず声をあげてヘンナノの服を掴んだリヴィア。

「ん? あぁ、アレか。よくあるよ」

「街に死体って……! それに、腕とか脚が……!」

「なんかの抗争で死んじゃって、機械の部分は死体を見つけた誰かに剥ぎ取られたんだろうね。多分」

「……こういう街なのか?」

「治安の悪さも知らなかったの?」

「いや、そういうわけじゃない。ただイメージができなかった」

「ふーん。まあ、あんまり気にしなくていいよ」

「そうは言ってもだな……」

「つっても、明日は我が身って思いながら過ごさなきゃいけないね」


 そしてついにリヴィアが倒れた地点にやってきた。「ここだよ」とヘンナノが言うとリヴィアは辺りを見渡し、彼女のものであるリュックを見つけた。


「取られなくて良かったね」

「あぁ。……ところでヘンナノ。おまえにとある仕事を頼みたい」

「いや待て待て待て! すごいヤな予感がする! 絶対図々しいこと頼んでくるつもりじゃん!」

「おまえがこの街に精通していることを見込んで、私の案内役を任せたい」

「ほらやっぱり! ほらやっぱり!」

「もし終わった暁には十万円やる」

「……やります」


 途端に素直になったヘンナノ。(結局は金か。こんな場所でも金は強いんだな。いや、こんな場所だからこそか……)とリヴィアは思った。


 ──────


 翌朝、目を覚ましたリヴィアは用意してあったミルミルの服を着ると店の方に向かった。二階から降りてきた形だ。そこには既にヘンナノが客人として、ミルミルが店主としてカウンターを挟んで共に居た。

 リヴィアはカウンターの奥から現れる。


「おはようリヴィアちゃん。しっかり寝れた?」

「それなりに」

「わ、寝癖すごいな」

「……そうなのか?」

「まあ……見てきた方がいいと思うわね」

「後でいい。ミルミル、私にも親子丼をくれ」

「お代はあるの?」

「ああ。ここに来る時いくらか持ってきてある」


 リヴィアは手に持っていた一万円札をカウンターに置いた。そしてカウンターのヘンナノの隣に座る。その時に彼女は気づいたのだがヘンナノは既にどんぶりの中を空にしていてすぐに出るところだった。


「じゃ、オレ仕事いくわ」


 とヘンナノは親子丼に料金と同じになる小銭数枚をカウンターに置いて立ち上がった。


「おい、私の案内役はどうした」

「オレにだってやることあんの! まあ、リヴィアが居る間は三時に切り上げておくよ」

「案内役って?」ミルミルは聞いた。

「街のことよく知らないから案内しろって言われてて」とヘンナノ。

「そういうことだ。ちゃんと報酬も払う」

「じゃあまたね〜」


 と言ってヘンナノは店を後にした。

 数分してミルミルが注文の親子丼を持ってくる。リヴィアはそのタイミングで聞いた。


「ヘンナノはなんでヘンナノって呼ばれてるんだ?」

「ヘンちゃんのこと?」

「ああ。何者だ? あいつは」

「ヘンちゃんがヘンナノって呼ばれるのはそのままの意味よ。ってみんなが呼ぶうちにヘンナノになったの。それを自分で名乗っちゃうんだから、ヘンちゃんはやっぱり変ね」と可愛がるように言う。

「呼ぶうちに、って。本当の名前は?」

「誰も知らないわ。本人すらも」

「捨て子だったのか……?」

「いや、親は居たらしいわよ。七歳までね。病気で死んだらしいけど。名前は忘れたんだって」

「……そうか」


 重くなってきた話につい食欲が失せ、リヴィアは親子丼に手を付けるのを忘れてしまった。


「冷めちゃうわよ」

「あぁ、すまん」と気づいて食べ始めるリヴィア。

「ちゃんと栄養摂ってもらわないとね! 体力が無いと昼のランチタイムは乗り切れないわよ」

「……えっ? 何が?」

「だってここに住むってことは手伝うんでしょ? うちの店を」

「むむ……。分かった。図々しいことは言わん。手伝うよ。ただ手がかり探しの時は勘弁してもらいたい」

「ありがとー! それでも助かるわ!」


 ──────


「ゼェ……! ゼェ……!」


 リヴィアは疲れのあまり激しい呼吸をしながらカウンターに顔を寝かせていた。

 現在昼の二時。ようやく荒くれ共の昼食タイムが終わり一旦の閉店、解放されたのだ。最後の客が出ていく瞬間、リヴィアはヘナヘナと椅子に座り込んだ。


「お疲れ様」

「ミルミル、すごっ……。全然疲れてない」

「むしろリヴィアちゃんのおかげでラクできちゃったからね。はい、お水」


 リヴィアはコップの水をゴクッと飲む。その冷たさに爽快感を覚えた。ふとリヴィアはミルミルについて考える。


「ミルミル。おまえ相当改造してるな……」

「あは、分かっちゃう?」

「一応技術者の端くれだから」

「この街の女の子は身体を機械まみれにしないと生きていけないのよ。まあ、男もそうだけどね」


 リヴィアは店に来たこの街の住人を思い出す。彼らは総じて身体を機械でいじくりまわしていた。それほどまでしないとこの街では生きていけないのだろう。


「……そういやヘンナノは生身が多かったな。左腕も生身だった。アレで街を生きていけるのか?」

「ヘンちゃんは敵がいないからね。街のどの派閥にも属してないし、危ないこともしないからあんまり誰かと戦わないのよ」

「そうなのか。てっきり仕事って危ないことだと思ってた」

「……。この街でヘンちゃんくらい危なくない人は居ないわ。あの子を案内役にしたのは良い判断よ。送ってあげようか? ヘンちゃんの仕事場に」

「えっ?」

「ヘンちゃんがわざわざ店に戻ってくるより、そのまま手がかり探しになるから時間短縮になるでしょ?」


 そういう事ならとリヴィアは承諾すると、ミルミルはさっそくリヴィアを連れて外に出た。

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