第3話 デバフ状態?

 僕らは現状の能力や姿を確かめるために海面まで浮上しようと動いてみたのだが、想像以上に身体が重かった。とても動きがゆっくりしている。


「あれ、全然進まないね」

「これは遅いですね」


 僕が動きの遅さに驚いてニノに話しかけると、ニノはガックリしながら返事をして、そのまま二人で顔を見合わせる。


 珍しくニノが困り顔をしている。今までほとんど見たことがない。

 とてもレアな困り顔のニノだが、やはり可愛い。美少女は困り顔でも美少女だ。これはこれで良いかもしれない……。


 僕は困り顔のニノをしばらく眺める。可愛いなぁ。


 ……いや、そんなことをしている場合ではない。

 さっさと浮上しなければ。


 ザバアアアアッ!


 僕らは海面から顔を出す。僕はすぐニノに話しかける。


「何か変わったかな?」

「どうでしょうね」


 そんな会話をする間もなく、僕らはすぐに変化に気がついた。


 うん、すっかり体色が変わっている。体表が白い。以前は濃い焦げ茶色だったのに、今はすっかり白くなっている。驚きの白さだ。

 白は白でも、ツヤツヤとした白ではなく、燃え尽きた灰のような白色だ。


「こ、これは?!」

「あれっ、なぜか白くなってしまいましたね」


 それにしても、まさかすっかり体色が変わってしまうとは。いつも落ち着いているニノまで動揺している。


「ま、まあ色が変わっただけだよね。他に変わったところはあるかな?」

「そ、そうですよね。確認してみましょう」


 身体の大きさは変わっていない感じがする。手足や尻尾の具合も変わっていないようだ。

 これなら以前と変わらずに体長100m以上はあるだろう。これについては一安心だ。


 見た目は分かった。続けて現状の運動能力を確認してみよう。


「ちょっと全力で泳いでみようか。浮上した時の感じでは全然ダメそうだけど」

「そうですね。ダメそうですけど、頑張ってみましょう」


 以前は海中を最高速度80ノット以上で泳ぐことができた。遊泳速度でも50ノット程度なら大丈夫だったが、さて今はどうだろうか。

 僕らは海中を全力で泳いでみた。


 ザババババッッ!


 なんとか千メートルぐらいは進んだだろう。全力なので、すぐに疲れた。


「ぜぇぜぇ、遅いし疲れるね」

「はぁはぁ、そうですね。ちっとも進みませんね……」


 やはり遅い。想像以上に遅かった。以前の20%程度のスピードしか出ていない。

 しかも思ったより凄く疲れる。これはダメだ。


「これはダメだね。困ったね」

「そうですね。たったこれだけなのに、とっても疲れますね」


 僕らは顔を見合わせて、ため息をつく。


「「ふぅ……」」


 僕らの運動能力は、相当に落ちてしまった。

 元々僕らは、陸上に比べて海中の方が運動能力は高かった。その海中ですら、この体たらく。陸上では、一体どのぐらいダメダメなのか。

 考えるだけでも恐ろしい。


 運動能力がないことはよくわかった。僕らは、その他に変わったところは無いかと考えて、一つ気になることを思いつく。


 僕らの得意技である尻尾の炎は健在だろうか。

 僕らは尻尾の先から炎を噴射することができるのだ。尻尾の炎は、色々と役立つ便利な僕らの能力だ。


 それでは、さっそく確認をしてみよう。僕らは尻尾の先をちょこんと海面から出してみる。


「ニノ、尻尾の炎をいってみようか!」

「はい!」


「最大火力!」

「いきます!」


 ポワワワワワッ……。


 海面に出した尻尾の先から、弱々しい炎が漏れ出てきた。これでは風が吹いただけでも消えてしまいそう。


 この弱々しい火力はどうしたものか? 貧弱過ぎる。


 数々の難敵を苦しめてきた尻尾の炎、最大火力。

 以前の最大火力は、数十メートル先まで届く、もの凄い業火を噴射できた。それなのに、今はその面影が全くない。


「こ、これは一体。全力なのに……」

「全然ダメですね」


 ニノもすっかり諦め顔だ。

 僕らは再び顔を見合わせて、ため息をつく。


「「はぁ……」」


 この貧弱な尻尾の炎では、敵を倒すことはできそうにない。武器としての使用は諦めよう。

 がっかりしながらも僕らは、凄く大事なことを思い出す。


 挨拶だ。


 挨拶は僕らにとって、対人類用の必殺技だ。これが出来ないと困ってしまう。


「そうだ、挨拶! 挨拶はできるのかな!?」

「そうですね。挨拶は大事ですね」


 以前と声帯が同じならば大丈夫だと思うのだが、どうだろうか。


『ゴガオオオン!』(こんにちは)

『ピヤァァァン!』(ありがとう)

『グルグガガアアン!』(やめなさい)

『キュルルウウウン!』(ごめんなさい)


 普通に言えた。発声に全く問題はない。

 どうやら以前と変わらずに挨拶をすることが出来る。これについては一安心だ。助かった。


 そうして思いつくまま能力の確認をしているうちに、辺りが薄暗くなってきた。

 空に星がうっすらと見え始める。もうすぐ夜がやってくる。


「暗くなってきたね。ツノを点灯させようか」

「そうですね。点けましょう」


 僕らの頭部には、とても頑丈な3本のツノが生えている。しかもそのうち真ん中の一本が光るのだ。


 さっそくツノ点灯。そう思ったのが、なぜか点かない。


「あれ、点かないね」

「おかしいですね」


 不思議に思っていると、しばらくしてから、ぼやーっとツノが光り出した。どうやらツノの性能まで落ちているようだ。


「点くまで時間がかかるし、なんだかあまり明るくないね」

「はい、前はすごく明るかったのに……」


 ニノがしょんぼりと返事をする。


 以前はすぐ点灯してとても明るく輝いたのに、今は点灯まで時間がかかる上に光量も少ない。

 すっかり残念な性能になってしまった。微妙な明るさに淋しくなる。


「真っ暗い海の底は怖いから、浮いて寝ようか」

「そうしましょう」


 僕らは海上まで浮上した。ラッコように仰向けにプカプカと浮いて、眠ることにした。


 綺麗な月夜だ。だけど今の僕らに月夜を楽しむ余裕はない。暗く吸い込まれそうな夜の海はとても怖い。


 怖い。


 僕らにとって、久しぶりの感覚だ。

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