第3話

 鮎沢とはよく二人で、MELTY HEARTの曲をカバーしていた。


 カバーとは言っても、誰に聞かせるわけでもなく、バンド練習の休憩時間に、教室の隅で軽く音を合わせる程度だ。


 鮎沢は、ギターは下手だったが歌は抜群に上手かった。溌剌に歌う時のよく伸びる声も、囁くように歌う時の繊細な声も、もっと聴いていたいと思わせるものだった。


 夏のツアーが終わって暫くした頃、MELTY HEARTのアルバムが新しくJOY SOUNDに追加され、鮎沢と二人で学校の近くのカラオケに行った。


 鮎沢はMELTY HEARTのダンスを何曲か完コピしていて、ここぞとばかりに歌いながら踊った。


 なんか鮎沢って、どこかのアイドルグループに居そうだな。


 そう思った俺は、何とは無しに言ってしまったのだった。


「鮎沢も、ワンチャンアイドルなれるんじゃね」


 鮎沢は一瞬驚いた顔をした後、手を頬に当ててあざとく笑った。


「そんなに可愛いですか」


「いや、歌上手いから。それに踊れるし」


 鮎沢はマイクを置き、席に深く腰掛けた。


「アイドルになりたいと思ったこと、全く無いわけじゃないですけど……メルハーみたいなグループって他に無いからなぁ」


「メルハーになりたいの?」


「そりゃ、なれたら最高ですよ。メルハーの曲、大好きだし、あんな熱いライブをやれたら死んでも良いし……何より、優陽ちゃんと一緒にステージに立てたらヤバくないですか?」


 興奮して声が高くなる鮎沢を、俺は白い目で見る。


「繋がり目的じゃん。元オタがステージに上がると反感買うからやめとけ」


「えぇー。繋がり目的じゃなくて、憧れですよ。それに、元オタなのバレなきゃよくないですか。オタク友達なんて先輩くらいしかいないし、大丈夫ですよ」


「俺が言いふらすから」


 そう冗談を言うと、鮎沢は「先輩ひどっ!」と言って、デンモク振り上げた。本当に殴ってくるわけはないと分かりながら、「暴力反対」と言って、俺は鮎沢の手からデンモクを奪った。


 まさか本当にそうなるなんて、その時は考えもしなかった。

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