第32話 婚約破棄

 星乃にやり方を教えてもらい、俺は美玖のスマホにウィルスを仕込み、蓮とのやり取りを注視していた。まあ美玖自身もウィルスまみれとか、笑ってしまうしかないが。


【蓮】

《美玖すまねえ》

《今日はいけねえ》


              【美玖】

              《どうしたの》

              《なにかあった?》


《はめられた!》

《枕営業してたとか》

《オレはやってねえ》


              《えっ》


 美玖のスマホに送られてくるLINEのメッセージに笑ってしまう。はめられたんじゃなくて、はめてたんだろうが!


 なるほど、さすが蓮だ。


 自分の行いをまったく反省する様子がない。いつもそんな感じの口八丁、手八丁の嘘で女の子をたますように籠絡ろうらくして、泣かせてきたんだろう。


 だが俺は美玖を許すつもりなんてない。


 合体中やピロートーク……それだけじゃない、寝言でも蓮の名前を呼んでしまってたんだからなぁ。



 俺が仕事を終え帰るころになっても蓮たちは取り調べから解放されることなく、会社に留め置かれているようだった。


 暗くなっているにもかかわらず、明かりもつけずにダイニングの椅子に座って、ぼう然とスマホの画面を見つめる美玖がいる。


 帰宅するなり、俺はずーんと沈んだ表情の美玖に優しく声をかけていた。


「美玖、どうした? 元気ないな。なにかあったんなら俺に話してみてよ」

「う、ううん……大丈夫だから」


 美玖は蓮のことが気になるらしく、俺が声をかけても反応が鈍い。そりゃ俺よりも蓮にぞっこんだったんだから、心配にもなるよなぁ!


 俺は美玖の肩に手を置いたあと、美玖の隣に腰かける。すると美玖はさっとスマホを俺から隠した。


「そういってもやっぱり心配になるよ。だって美玖は俺の彼女……いや違う」

「えっ!? 麟太郎……?」


 美玖の前に青い布地で覆われた小箱を差し出していた。すると美玖は俺を見つめて、どぎまぎしていたが、俺は彼女に微笑みかけて小箱のふたを開ける。


 ふかふかとしたクッションの上に鎮座しているまばゆい光りを放つダイヤモンドのエンゲージリングを見て、美玖は驚いていた。


 俺は収益で得た金を握りしめ買取専門店であのエンゲージリングを買い戻しており、美玖の左手を取って薬指へとはめる。


「美玖、待たせてごめんな。俺、美玖と結婚したいんだ。だからおじさん、おばさんにあいさつに行こうと思うんだ」


 いまごろ美玖は蓮と俺を天秤てんびんにかけているところだろう。もしかしたら、社会的地位を奪われてしまうかもしれない蓮、かたや取り立てて取り柄こそないがクビにはならない真面目な俺。


 美玖を罠にはめるには、いまが絶好機。彼女が落ち込んで冷静な判断を欠いてるときでないと、と思ったのだ。


 そう振られた女の子に優しい言葉をかける男友だちポジション……ん? いや本来は俺が美玖の彼氏だったはずなんだが、この際どうでもいい。


 俺は美玖に一切の未練なんてものないんだから。


 

 俺は美玖を助手席に乗せ、実家へと帰省していた。


 美玖は少し元気を取り戻したのか、ハンドルを握る俺に昔話を俺に語りかけてくる。美玖は話に夢中だったが、高速道路でバックミラーを見ると後ろからサングラスをかけた女性が乗る車がつけていた。


 俺と美玖の実家は向こう三軒両隣って感じで親しくしている間柄で結納のため美玖の実家に寄らせてもらっている。


「ふう、やっとついた。半年ぶりだな」

「私はこの前来たばかりだけどね」


 よくもまあ、まだ口からそんな出任せがでるもんだ。ご両親に旅行券を渡してないくせに……。


 身体だけじゃなく、心まで蓮に汚染されてることに俺は閉口してしまった。


 俺たちは美玖たちのご両親に「よく来たね、あがってあがって」と温かく向かい入れられていた。あえて旅行券のことは口に出さずにいたが、これから起こることを考えるとおじさん、おばさんには心苦しいものがある。


 広いリビングに案内されると美玖の親戚が集まっており、俺たちを歓迎してくれていた。


 美玖の実家は壁にかけられた映画のスクリーンとまではいかなくても、大迫力で楽しめそうな大型テレビが備えつけられてあり、ネットやSDカードのデータも読みこめるお高いものだった。



 みんなでお寿司やオードブルなどを囲んで談笑を重ねる俺の両親と美玖の親戚一堂。


 お酒の入ったおじさんは「美玖、例のものはできてるか?」と呼びかけ、美玖は「できてるよ」と満面の笑みを浮かべて、おじさんにSDカードを渡していた。


 俺と美玖は子どもの頃からの二人の写真や映像を選んで入れておいたものだ……。


 おじさんがにこにこしながら、【二人の思い出】と書かれたSDカードを挿入して、動画ファイルをリモコンで選んで流し始めていた。


 クリックされてゆく過去を写した写真にほっこりする一堂。


 だが終わりを告げるときがやってきた。おじさんは画像を見るのをやめて映像のファイルを選んだ。



 それは【運動会】と表記されたファイル……。



 たしかに運動会だった。


 映像の中の美玖は喘いで、激しく動いて……。その美玖といっしょに映っているのは俺ではなく、ご両親のまったく知らないであろう男が美玖と交わっていた。


 1ランウンドを終えて、蓮は美玖を腕に抱いて、美玖は蓮の胸元に身を寄せピロートークを繰り広げていた。



 ――――美玖、結月と別れてオレと結婚しようぜ! オレの方が金持ちだし、セックスもうめえしな!


 ――――そうだね、麟太郎はいい人だけど、空気みたいっていうか、ドキドキしないんだよね。まあ結婚は麟太郎として、えっちは蓮くんとかなぁ~。


 ――――ははっ、とんだビッチだなぁ、美玖は!


 ――――あんっ! そんな強く揉まないでよぉ。



 生々しすぎる映像が和気あいあいとした中に垂れ流される。おじさんはリモコンを持ち、立ったまま無言。おばさんは意識が遠のき、倒れそうになったところを俺の両親が身体を支えていた。


「ちっ、違うのっ!!! 見ないでっ!!! 間違いだから!!! 私が好きなのは麟太郎だけだからぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!」


 俺の両親はあきれ果て、美玖の親戚一堂は完全に石化していたり、泡を吹いたり、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図と化しており、慌てた美玖はテレビモニターの前に立って、浮気相手との組んず解れつのベッドシーンを必死で隠そうとしていた。


 おばさんを寝室へ送った俺の両親がリビングに戻ってくるなり、美玖を問いつめる。


「美玖さん……どういうことなのか、教えてくれないか? うちの麟太郎はキミに誠実に尽くしてきたと思うのだが……」

「ち、ちがうんです。彼とはほんの出来心で……さ、寂しかったんです……麟太郎は仕事ばかりで」


「じゃあ、なぜもっと麟太郎を支えてくれなかったの? これじゃうちの麟太郎は美玖ちゃんに裏切られたようなものじゃない……」


 俺の両親が俺を裏切った美玖を責めており、いたたまれなくなった美玖は、あろうことか責任を転嫁てんかし始める。


「私は蓮くんにレイプされたのよっ! 彼がぜんぶ悪いんだから! 私は無実なのよ!!!」


 言い逃れもはなはだしい。


 俺はみんなの注目が美玖に集まっている隙にリモコンを操作して、とある動画を再生していた。


 【赤ちゃんの記録】と銘打たれたファイルを開く。本来は誕生日の近かった俺と美玖の赤ん坊だった頃の微笑ましい光景を映したものだったが……。


 そこには赤ちゃんというには大きすぎる男が映っている。


 美玖の痴態ちたいを目の当たりにしたおじさんはわなわなと震えだして、ギロッと怒りの形相ぎょうそうで美玖を見た。


「なんだ……これは……レイプされた男にこんなことするのか、おまえは?」


 美玖が蓮に嬉々ききとして授乳プレイする様に美玖が蓮にレイプされたなどという嘘が成り立つはずもなく、美玖の親戚一堂は俺たち家族にただただ恥じ入るといった感じでずっとうつむいていた。


 美玖は顔面蒼白で、いまにも口から泡を吹き出してしまいそうなくらい、画面を見つめて口をパクパクさせている。


「結月さん……たいへん申し訳ない。うちの娘が……ご迷惑をおかけして」

「おとうさん、ちがうの! こんなのにせものだから!」


「美玖……今日限りでうちの娘でもなんでもない。今後、うちの敷居しきいまたぐことを禁ずる。いますぐ間男とやらにでも面倒を見てもらえ」

「おとうさん! 話を聞いて!」


「うるさいっ、荷物をまとめてさっさと出ていけ!!!」


 まとめた美玖の荷物を玄関先に投げつけ、おじさんは美玖を家から叩きだしてしまう。


「おとうさん! おとうさん! 許して! 蓮くんと別れるから、麟太郎、もう浮気なんてしないからぁぁぁーーーーーっ!」


 泣いてすがる美玖だったが、おじさんは唇を強く噛んで玄関のドアの鍵を閉めたのだった。


―――――――――――――――――――――――

美玖たん、感動の思い出映像が勘当かんどうの引き金になるなんてねwww

まだだ! まだ終わらんよ!

コメントにいただいた蓮の逆襲を麟太郎はどう防ぎ、フルボッコにするのかご期待くださいw

しっかりと美玖と蓮が落ちぶれる姿を見たい読者さまは是非フォロー、ご評価をお願いいたします。

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