第31話 先手

 いずれはバレると思っていたが、まさかこんなにも早く発覚してしまうとは……。


 バタンとドアが開いて課長がうちの課へと戻ってくるが、その表情は下唇を噛んでおり優れないでいた。


 俺と姫野と他の課内の者はすぐに駆け寄り、事情を訊ねた。


「課長、どうなりましたか?」

「ああ、うちのカスタマーセンターがご夫妻から詳細な聞き取りを、加賀山と黒木沢課長は審査部で取り調べを受けている」


 あのあと一旦、興奮冷めやらぬ旦那さんと蓮は説得の末、引き離されていた。


「課長は責任を問われたりしませんよね?」


 俺の問いかけに、課の者全員の注目が課長に集まる。


「いまのところ、どちらとも言えない。ただ、加賀山の枕営業については知らないとありのままを伝えている」

「おかしいですよ! 課長が責任を問われるなんて……あの人が勝手にやっただけなんだもん……」


 姫野はよく課長と競ったり、言い争ったりするが実は課長のことが嫌いではないらしく、喧嘩するほど仲がいい、といった感じでいまにも泣き出しそうなくらい本気で課長を心配しているようだった。


「大丈夫だ、姫野。私には結月、姫野、そして課の者全員が味方してくれている。それよりも来週の会議の資料、週末までに仕上げてくれ」

「は、はい……がんばりますぅ……」


 ぽろぽろと涙をこぼしてしまった姫野は課長が抱きしめて、頭をぽんぽんされ慰められている。


 課の者たちはそんな尊い二人の姿と課長の動じない姿に安心を覚えており、それぞれの席に戻り仕事を再開し始めていた。



 だが……。


「結月、少しいいか?」

「はい、かまいませんが……」


 あと15分もすれば昼休みというころに課長から肩を叩かれ、会社の屋上へと誘われていた。


 二人で風に吹かれながら、給湯室で汲んだコーヒーをすすっていると課長とは同僚という枠を越えて友だちのように感じる。


 課長は欄干に両肘をついて、遠くを見ていた。


「結月……私は会社を去らねばならないかもしれない」

「えっ!? どういうことなんですか!」


 俺が訊ねると課長はカップをベンチに置くと俺の胸に頭を傾けてきていた。


「私は怖い……みんなが思ってるほど、強くなんてないんだ。いつも結月が支えてくれたから、頑張れた。加賀山の件もそうだ。あのまま加賀山がうちの課にいたら、いま糾弾されているのは私だっただろう……」


 芯の強いと思われた課長の見せる弱さに守ってあげたくなり、彼女の頭を腕で抱えながら髪を撫でてあやしていた。


「課長が辞めることになったら、俺も辞めます」

「結月は私につき合う必要はない……結月はここに残り、みんなを支えてやってくれ」

「それはあなたの役目ですよ。それにまだ決まったわけじゃない」


「私がクビになったら、結月が拾ってくれるか?」


 課長は瞳を潤ませ上目づかいで訊ねてきていた。


 拾うって、いっしょに動画配信をやろうって意味だよな? いっしょに暮らそうって意味じゃないよな?


 いまの貯金があれば、課長といっしょに動画配信者としてやっていくのは苦ではないだろう。だから俺は胸を張って、彼女に返事した。


「もちろんです。ぜひうちにきてください。俺といっしょに歩んでいきましょう!」

「ありがとう、結月。いや麟太郎……」


 課長は初めて、俺の下の名前を言って、ポーッと顔を赤く染めて恥ずかしそうにした。普段見せないそんなかわいらしい課長の姿に俺もうれしいような恥ずかしいような感じがして、身体が熱い……。


 落ち着きを取り戻した課長と俺はベンチに座り、課長は蓮の枕営業が発覚した理由を教えてくれていた。


「どうやら病気が旦那さんにうつっていた……らしい。旦那さんは心当たりがなく、やましいことがひとつもなかったので、奥さんを問いつめると浮気が発覚したというわけだ」


 性病が感染していたとなると言い逃れなんてまったくできないだろう。蓮から奥さんに、奥さんから旦那さんに……。三人が保菌してるDNAを調べるまでもないだろうな。


 蓮の女癖の悪さを見れば、性病をもらっていてもなんら不思議に思わない。だったら、美玖もなにかしらもらってる可能性があるんだなぁ、


 蓮があんな状態だ、これからRTubeで蓮と美玖から搾り取るのは難しくなるだろう。もう少しで10億円に達しようとしていたのだが、まったく残念でならない。


 まあ美玖と別れられるのは良いことか……。


 俺はまず目の前にいる課長へ伝えた。俺を支えてくれた彼女には一番に伝えたかったから。


「課長! 俺、彼女と婚約してこようと思います」

「なっ!? 私はどうなる?」


 課長は俺の言葉に驚いたのか目を見開いて、かなりの勢いで俺のスーツを掴んでいたので、彼女の手の甲のうえに手を置いて、真意を伝えた。


「あ、いえ別れるために結納しに行こうと思うんです」

「……は? 別れるのに結納? 麟太郎はなにをしにいくんだ?」


 俺のスーツを掴んだ手は離れ、彼女の声には戸惑いの色が見られた。


「俺を裏切った代償はきっちり支払ってもらういますよ、美玖には……」


―――――――――――――――――――――――

麟太郎、無自覚プロポーズか?

美玖の滅びが刻々と迫ってまいりました。果たして、麟太郎は10億円を稼げるのかどうか……いい意味でタイトルを裏切る予定ですw


美玖の断罪にご期待の読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。

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