第27話 温泉旅行

 俺がすっかり眠ったと思った二人は女子トークで俺の好きなところを挙げていくことになったようなのだが、まるで美しい乙女しかいないエルフの住まう秘密の花園に迷いこんだ気分だ。


「せんぱい、だいすきです! ぜんぶぜんぶ、だいすきです!!!」


 なっ!?


 頬に耳、肩からお腹に太ももに柔らかい感触と温かみが伝わる。


 バレないよう、薄目で見ると姫野は生まれたばかりの一糸まとわぬ姿のまま、俺を大きなぬいぐるみに抱きつくように身体を密着させてきていた。


 姫野の大きな乳房は俺の腕に触れるだけで、母性愛に包まれているような気分になる。こんなにも純粋に好意を寄せられたのは初めてで、思わず姫野を抱きしめ返したくなっていた。


 課長も姫野に負けじと俺に身体を密着させる。


「そうか、私も同じだ。結月のためなら、すべてを投げ打ってもいい。そう……この命すらな!」


 相変わらず、課長は格好いい。


 ん!?


 んん!?


 狸寝入りを続けていると唇に温かみと柔らかさが伝わり、薄目で確認すると髪をかきあげ、目を閉じて課長が俺に口づけしていた。


「んはぁ~! 起きてると結月はかたいことばかり言うからな。かたいのはここだけでいいのに……」


 ううっ、膝で俺を撫でてくるなんて……。


 課長の抜け駆けに姫野はすかさず、反応する。


「あっ、課長ずるいっ! わたしも」


 課長にキスされた余韻よいんひたることも許さずにキスの上書きをしてきていた。


 ん!?


 んん!?


 姫野は軽く唇を重ねたかと思うと、またキスを落として俺の唇を舌で味わうように舐めていた。姫野にキスされながら、課長にマッサージよりも優しく身体をまさぐられてしまう。


 いいのか!? うちの社員のほぼすべてが憧れる課長と姫野にキスされたり、撫でられたり……いやそれ以前に大好きだとか、死ぬほど好きとか、最大級の好意を寄せられていたなんて。


 課長と姫野に癒されたあと、二人はある程度満足したのか、馴れ初めのように俺を好きになった理由を語り始めていた。


「私が課長に昇進する前の話になるが、部長や他課の者も集まる大事なプレゼンでうっかり持ってきてはいけない物を持ってきてしまったんだ。そのまましまっておけばいいものを私は焦って、落としてしまった」


「それって、わたしが入社間もないころの話ですか?」


「ああ……落としたのは跳弾ちょうだんでポケットに偶然入り込んでしまったBB弾だった。悪いことに部長に拾われてしまい、私は槍玉にあげられそうになっているところを『すみません、それ俺のです』って、かばってくれたんだ」


「しってます、それ! あのことがあって、せんぱいは、ただサバゲが好きなだけなのに銃持ってるとか野蛮、軍国主義者とか、戦争に行けよとか、しばらく誹謗中傷ひぼうちゅうしょうが止まなかったんですよね。せんぱいはまったく意にも介さなかったですけど」


「そうだ。あれさえなければ、結月は今ごろ係長、課長補佐になっていてもおかしくはない。私の不手際をかぶっただけでなく、レイヤーとして身バレしていたかもしれない窮地きゅうちから救ってくれたんだ」


「わたしのお父さんも鉄砲が好きでそのことで寂しそうな顔をしてるときがあるので、なんとなくせんぱいの気持ち分かります」

「そうか、姫野社長も銃器が好きなんだな」

「はい……わたしはくわしくないですけど……」


 ぜんぜん、知らなかった……。別に特別なことをした覚えはないんだけどな。


「『秘密をバラされたくなければ、抱かせろ!』とか加賀山は平気で言ってきそうだが、結月はなにひとつ求めないばかりか、いつも私を支えてくれる。むしろ、そんな結月に想いを寄せ、抱いてほしいと思うのは当然だろう」


「あー、間違いなく言ってきますね、あの男は。普段はイケメンのくせにこっちが見てないとみるや、ホントいやらしい目つきで見てることがあるんですから!」


 蓮はずいぶんと二人から嫌われてるなぁ……。まあ当然か。膝を突き合わせて話すといった感じの姫野と課長だったが、本当に俺のズボンの上でもぞもぞさせるのでヤバい。


 そんな中でも姫野はすっかり打ち解けた課長に話を続ける。


「抱かせろ! で思いだしたんですけど、わたしもせんぱいに守ってもらってばかりです。ミランの中の人だと危ない人に身バレして、ストーカー被害にあったときにせんぱいは身をていして、わたしを助けてくれました。ナイフで脅してきたストーカーをばーんとやっつけてくれたんです」


「もしかして、手を怪我して、包帯を巻いてたときか!? しかしあれは滑って転んだと……」


「はい……せんぱいはそういう人なんです。激高したストーカーがわたしを刺そうとしたナイフを手で掴んだから……。それでもせんぱいはしっかり押さえこんで、自分の怪我を気にもせず、わたしのことを笑顔で心配してくれました。『姫野、怖くなかったか?』って」


「だめだ……そんなことを聞いたら、ますます結月のことが好きになってしまう。あーどうしてくれよう。添い寝では満足できそうにないな」

「はい、もっといっぱい愛してあげたいです」


 このあと、俺は意識がある内は一線こそ越えなかったが二人からいっぱい愛されてしまっていた……。



――――翌日。


 深夜のうちに置き手紙して、姫野のお屋敷を出た俺。すっかり眠っていた二人はほぼ全裸でなんか百合の間に俺が挟まってしまったような気分におちいる。


 姫野の家の執事さんから、送迎しますとの申し出があったが断り、タクシーで帰宅した。


 残業しても会社かネカフェで朝まで過ごしたこともある俺にとっては、考えられないくらいのぜいたくだった。


 それもこれも蓮と美玖のおかげだ!


 せっせと俺のために腰を振る美玖に感謝するため、、早く仕事を切り上げ戻ってきていた。


 久々にダイニングテーブルに座り、美玖と対面し話している。彼女は蓮と浮気しているにも拘らず、まったく悪びれることはない。


 そうだ、それでいい。そうじゃないと復讐のしがいがないもんな。


 俺は顔を引き締め、美玖に告白したときのように緊張感をただよわせて彼女に告げる。


「美玖……あのな俺そろそろ、美玖のご両親に婚約のごあいさつに伺おうかと思ってるんだ。それでというわけじゃないんだが、おじさん、おばさんにこれを渡してほしい」


 すっとカバンから取り出し、花柄の装飾が施された封筒を美玖の目の前に差し出した。


 ちょっとびっくりしたような美玖だったが、落ち着きを取り戻すと封筒に触れながら、俺に訊ねる。


「麟太郎……これって?」

「旅行券だよ。おじさんとおばさんが行きたいって言ってたんだろ? ちょっと高かった上に、予約もとりづらかったたんだけど、偶然キャンセルが出てね」


「ありがとう、麟太郎! 二人ともすごくよろこぶと思うの!」


 くっくっくっ……。


 美玖のご両親がよろこぶだって?


 ちげーだろ。


 配信中に温泉に行きたいって、おまえらがポロッと漏らしていたのを俺は聞き逃していないぞ。


 まだ美玖が親孝行をしたいという気持ちが残っているなら、ご両親に旅行券をそのまま渡すだろうが、蓮に狂ってしまった美玖が到底ご両親に渡すとは考えられなかった。


 蓮……おまえは欲をかいて、温泉に行けば、きっと地獄を見ることになるだろう、くっくっくっ。


―――――――――――――――――――――――

湯けむり浮気旅情はいったいなにが起こるんでしょう? 蓮と美玖のことなので普通には終わりませんよw 二人がざまぁされるのにご期待の読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。

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