第22話 まさかのコラボ
指定の第6会議室にたどり着くとすでに課長は着席していて、両肘を長机の上について指を交互に組んで前髪をダラリと垂らしながら暗い顔をしていた。
間違いない!
課長は蓮の枕営業のしっぽを掴んだものの、その責任を取らざるを得ないことを気に病んでるはずだ。
「ああ……結月。突然こんな席を設けてしまって、申し訳ない。どうしても結月に聞いておかないといけないことがあって、二人きりの会議ということにさせてもらった。立ってないで、遠慮なく座ってくれ」
「はい、失礼します」
明らかに課長の声のトーンからして、いつもの覇気がない。
課長と対面する席に座ると彼女はすっと俺にスマホの画面を見せてきていた。
うっ!?
俺は課長から提示されたスマホの動画に凍りついてしまう。
「結月……昨日、偶然見てしまったんだがこのチャンネルの動画に映っているのはうちの課の加賀山と結月の彼女だよな?」
目元にモザイクをかけても美玖の顔を知る課長にはバレてしまっていたようだ。
課長は数度しか顔を合わせたことない美玖の顔を覚えていたらしく、いつもは清楚な服装の美玖がキャバ嬢のように、けばけばしい格好をしていてもまったくカモフラージュにすらなっていない。
おまけに裏通りに入ったところで、蓮は美玖に抱きついて舌で首筋を舐めながら、胸元が大きく開いたオフショルダーのワンピースの中へ手を突っ込んで肌に触れている。
誰がどう見ても浮気しているのは明らかだろう。
俺が課長のスマホを掴んでふるふると震えていると彼女は重たい口を開いた。
「まさかうちの加賀山が結月の彼女がそんな関係だったとはな……部下の不始末に加え、結月が悩んでいたというのにまったく思いやってやれなかった私の至らなさを許してほしい……」
もちろん俺が震えていたのは蓮と美玖が浮気していたからじゃない。課長に俺のVTuber活動の一端が知られてしまったことからだ。
課長は目に大粒の涙をこぼして、俺に深々と謝罪し始める。
「課長! 頭を上げてください! 課長が謝ることなんて、ひとつもないですよ。こんなのただの蓮と俺の彼女の不貞にすぎません」
かわいい……。
俺は不謹慎にも、俺を心配して涙を流してくれる課長を見て、そんなことを思ってしまった。課長の席の隣まで寄り添うと彼女は顔をあげてくれたので、俺は潤んだ綺麗な瞳からあふれる彼女の宝石のように輝きを放つ涙をハンカチで拭う。
「わらひが泣いらひこょころで、ゆじゅきの傷はいえにゃいらろう……うっ、うっ、でも恋人とゆう大事な人に裏切られりゃ、ゆじゅきのために泣くことぐらいしか、れきない……」
いつもキリッと澄ました誰もが憧れるような大人の女性である課長……。そんな彼女が小さな女の子のように泣いてしまい、普段のギャップから愛おしくて仕方がなくなって、部屋には二人だけなことをいいことに抱きしめてしまいそうになっていた。
彼女の涙で濡れたこめかみから垂れる前髪を梳いて、柔らかな頬をなでる。俺の手が課長の肩に触れると、彼女は顎をあげて瞳を閉じる。ゆっくりと夏美の唇へとキスしようとしてしまっていた。
――――ゴンッ!
「あ痛っ!!! ――――んんっ!」
だが端に置かれた演台からなにかを打ちつけたような大きな物音と一瞬だけ人の声が響いてきていた。
俺は慌てて課長のそばから離れると、課長はあっと行かないで、みたいに伸ばしていた手を力なく下ろしていた。
未遂に終わったとはいえ、誰かに見られていたというのであれば問題だ。
課長と顔を見合わせ、二人でそーっと演台の裏を見に行くと、
「「姫野!?」」
その中に姫野が隠れていて、俺と課長の会議のことを盗み聞きしていたらしい。
「あははは……見つかっちゃいました?」
「あり得ない! 人の恋路を邪魔するなんて、なんて奴だ!」
課長は姫野のデリカシーに欠ける行動に激怒したのだが、姫野は姫野で持論を展開してしていた。
「それはこっちのセリフですぅ! 二人きりで会議だなんてやっぱりおかしいと思ったんですよ。案の定、課長がせんぱいを誘惑して、会社でえっちなことしようとしてたんですからね」
ぷんぷんと頬を膨らませ姫野は腕組みしながら、課長の職権濫用を非難し始めていた。だが課長はあくまで俺のことを心配して、この場を設けてくれたに過ぎない。
憤る姫野に対して、俺は首を左右に振って課長を擁護する。
「姫野、課長はなにも悪くない。俺が課長に……キスしようとしただけだから」
「せんぱいは甘いんです……だから課長もせんぱいの前じゃ、ただの女の子になっちゃう……」
俺が課長を庇ったことに姫野は悲しそう訴え、俺の肩に手を触れるとうなだれて唇を噛んでいた。
「私が職権濫用して、結月を誘惑したと言いたければ、部長なり、人事なりに告げ口すればいい。会議室を押さえたときから、それくらいの覚悟はできている。それよりも姫野も聞いていたんだろ、結月の彼女がうちの加賀山と浮気しているということを」
「はい……聞いていました……」
いつもの毅然とした態度を取る課長に戻ると姫野は気圧され、絞りだすように言葉を返すのがやっとだった。
「姫野の言う通り、情動に任せて行動したことは非難されてもなんの申し開きもできない。その件は素直に謝ろう。だが部下を思いやるのが上司の役目だ。それと同時に同僚が仲間を思いやるのも大事だとは思わないか?」
「その通りです……」
課長は決して姫野に対して、語気を荒げることはないが姫野を諭すように語っていき、姫野はさっきまでの課長への憤りは完全に鎮火している。
「争いはなにも生まない。いま私たちがすべきは結月を支えてやることじゃないか? 姫野も結月のことを大切に思っているんだろう。なにをすればいいの自ずと分かっているはず」
「おっしゃる通りです。私は課長にせんぱいを盗られるとばかり思ってました……」
「それは私も姫野と同じだ。いまは結月の危機、我々が悠長に仲違いしているときではあるまい」
課長の言葉に姫野は深く頷いて、今度は三人で対策会議が行われる運びとなってしまう。さっきのスマホの画面を俺と姫野に見せた課長は疑問を俺にぶつけた。
「ところで結月、これは結月が運営しているチャンネルなのか?」
「あ……るいちゃんの絵柄だ……」
課長の提示するスマホに映った“地獄さたん“を見た姫野は即座に反応していた。長年しぶみ先生の絵柄を見てきていた姫野なら一目瞭然だったのだろう。
もう言い逃れはできなかった。
俺も課長とおなじく覚悟を決め、二人にすべてを打ち明けていた。おそらく俺が二人に頼み込めば、黙って見過ごしてくれると思ったから……。
だが俺の目論見は脆くも崩れ去る。
「せ~んぱい、わたしとぉコラボしましょ!」
「姫野……とうとう頭がおかしくなったか? 一般人とコラボしても意味がないぞ」
「へ~、なんだか課長は一般人じゃなさそうな口ぶりですけどぉ、なにかせんぱいのお役に立てそうなんですかぁ?」
「じ……実は黙っていたが、私はなつみんだ」
もじもじと少し恥じらいながら答える課長。
「「えっ!?」」
課長は姫野の煽り口調に乗せられたってわけでもなさそうだったが、プライベートの正体を簡単に明かしてしまっていた。そんな課長に俺は戸惑い、姫野も驚いている様子。
「なつみんって、あのアイドル顔負けの神ってるレイヤーさんですよね? 課長こそ、お仕事のし過ぎで頭おかしくなってないですよね、ね?」
姫野は信じられないといった感じで課長の両のほっぺたを摘まんで引っ張って真偽を確かめようとしていた。
「ひゃめろ……うしょをついれ、にゃんににゃる」
「姫野、課長の言ってることは本当だよ」
愕然として姫野はようやくことの次第を理解して、課長の頬から手を離した。かと思うと、彼女はすぐさま課長と張り合う。
「わ、わたしだって、負けてませんから! 何を隠そう、わたしはVTuberの幻鏡院ミランの中の人なんですよっ」
「ば、ばかな!? 私の部下があのミランの中の人だと……」
課長は事実に驚くが、課長と姫野は二人して俺をじっと見てきていた。
「あ、いや……俺は二人がスゴいって知ってから……」
プライバシーの観点からいくら二人が凄くても明かせないでいたのだが、今日にきて、課長と姫野はお互いを認識したようだった。
「じゃあ、せんぱいと課長とコラボしましょ!」
「姫野にしては名案だな!」
は?
いや迷案の間違いだろ。
「そんなことしたら、二人の看板に傷がついてしまうって!」
俺は二人の今後を心配して、声をかけたのだが……。
「ん? 部下が困っているときに手を差し伸べるのが、上司というものだ」
「せんぱいが困ってるのに助けない後輩がいますか?」
もう二人の決意は固くなにを言っても無駄なようだった。二人がコラボの協議をし始めてる間にスマホを覗いていた。
すると星乃から連絡があり、送られてきた画像データに俺は吹き出しそうになってしまう。
仲睦まじく大人のおもちゃ屋に入り、あれやこれやと品定めする二人が写っており、蓮が手に持ったアイテムに俺は驚いていた。
蓮よ、おまえはいったい何者なんだよ!
まさか、そんな高度なプレイができるのか!?
それに画像で蓮と美玖はまったく気づいていなさそうだったんだが、後ろのいる人たちからめちゃくちゃ指を差されていた……。そういう場所だから目立ったんだろうけど、あの二人が街を歩けなくなる日もそう遠くない未来だろう、くっくっくっ。
―――――――――――――――――――――――
コラボは蓮と美玖の変態プレイに決定かも。どんなプレイなんでしょ? 次回のRTubeにご期待くださいw
あと残り10話少々……うまくまとめきれるかな? 無理だったら普通に延びます。とりあえず、蓮と美玖には特大ざまぁのフルコースをご用意しておりますので、またご覧いただけるとありがたいです。
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