第16話 VTuberデビュー

 壁にかかった時計を見ると正午近くだった。


 がっつり減っているというわけではないが、小腹が空いた程度に空腹感はある。そこへ姫野が手を後ろに組んで俺にお誘いしてきた。


「せ~んぱい、いっしょにお昼しましょ」

「俺と?」

「みんなに断られちゃって……」


 まさかモラハラタイプの職場いじめかと思って、課内を見回すとただの杞憂だったらしい。


 よく姫野と昼食をいっしょに取っている仲のよい女性社員の方を見ると、彼女に向かってガッツポーズをしたり、頑張れ~みたい声をあげて応援しているようだった。


 なにを頑張れというのだろう?


「ということなので、ぼっち飯はさびしいなぁ~」

「じゃあ、俺もそうしようかな」


 俺の肩に猫のように頭をすりすりとさせてくるかわいさに負けて、姫野と食べることに決めた。


 ふと見えた隣の空席が気になる。


 俺たちが午前の仕事を終えたのに蓮はまだ会社へ戻ってきていなかった。


「たくっ、加賀山の奴は!」


 課長はデスクに肘をついて、額に手をやりため息混じりに吐き捨ている。


 俺と姫野は二人で見合わせ課長の下へゆき、心痛な面持ちの彼女に訊ねた。


「課長、どうされました?」

「ああ。加賀山から、また直帰すると連絡があったんだよ。契約が取れたんだから多目に見ろってな。そうするんなら、事前に言っておいてもらいたいものだ」


 頭痛の種を抱えた課長に姫野は心配してるのか、してないのか月並みな言葉をかける。


「たいへんですね~じゃあ課長、わたしはこれからぁ、せんぱいといっしょにランチに行きますので」


 姫野は俺の腕を抱えたかと思うと身体をよせて、腕をたわわの間に入れてしまった。これじゃ、マジで恋人同士ってアピールしているようなもんだぞ。


「なにを言ってるんだ? 私もいまから昼食を取る予定だ。おまえのいいようにさせるわけがなかろう」


 課長は3秒でデスクの資料とノートパソコンをしまい、俺のもう片方の腕と腕組みしてしまう。


「えっ!? えっ!? 課長?」


 課長の大胆な行動に俺が驚いていると課長は真顔で言った。


「早くしなければ、昼休憩が終わってしまうぞ」

「そうですよ、早くいきましょ、せ~んぱい」

「姫野はいらないがな」

「わたしだって課長は置いていった方がいいと思います」


「俺、さきに屋上にいってていいですか?」

「ま、まて!」

「まってくださ~い!」



 まさかの両手に華状態で屋上に来てしまった……。


 会社の屋上は社員に開放され憩いの場となっているが、みんな社食へ行く者が多いのか、それほど多くはない。


「あそこがよさそうですね」


 俺が指差したベンチの周りには人気ひとけがなく静かだった。


 俺をまん中して、課長と姫野が左右に分かれて座る。それぞれお弁当を入れた袋を取り出していた。課長の袋は白黒灰の迷彩柄でやたらかっこいい。一方、姫野は暖色系の色彩の花柄でかわいいものだ。


 それに比べ俺はというとただのレジ袋。そこからおにぎりを取り出す。出勤途中にコンビニで買ったものだ。


 今朝、胃もたれするとかなんだかんだと理由をつけて、美玖にお弁当を作ってもらわなかったからだ。


 やっぱり美玖が俺を欺き裏切り続けている限り、彼女の食事は喉を通すのがつらく感じてしまう。バレないように甲斐甲斐しくしているのだろうが、やっぱり彼女の作ったお弁当を捨ててしまうのは忍びなかった。


「せんぱい……そんなちょっとじゃ、お腹空いてしまいますよ」

「うむ、結月は人の何倍も動いてくれるんだ。もっと食べた方がいい。私のおかずをやろう」


 課長は彼女のお弁当を俺に差し出すと家庭的なのか、ダシとしょうゆの香りを漂わせスゴくおいしそうな小芋の煮っころがしを俺に食べさそうしていた。


 だが俺はお箸を持っていない。


「おっと、結月はお箸を持ってないか。では口を開けてくれ。あ~んだ、あ~ん♪」


 それに気づいた課長は一個摘まんで、彼女の美しく口元に運ばれたであろうお箸を使い、俺の口へと運んでくれた。


 ぱくっ!


「課長のおかずにしては美味しいですね」


 だが小芋は俺の口へ入ることなく、姫野がもぐもぐとおいしそうに食べてしまう。


「姫野! 貴様はなにをしている!」

「毒見ですよ、ど・く・み! 課長がせんぱいに変なもの入れなてないかチェックしないと」

「それは私が結月のために夜なべして……あ、いや気にしないでくれ」


 課長が俺のために忙しい中作ってくれたなんて……。


 思わず涙がでそうになる。


 つか姫野が毒見してどうするんだよ、お嬢さまなのに。


 課長のおかずが食べたくなって厚かましくもお願いしていた。


「ありがとうございます、ぜひいただきます」

「ではまた姫野に奪われてはたまらん。こんどは口移しで食べさせてやろう」

「えっ?」


「いやか……いやなら止めておく……ただの冗談だ」

「ですよねー、それこそ毒ですよ。課長の淫靡いんびなだ液が付着したものなんて!」


「馬鹿を言え。姫野のだ液に比べればピュアピュアの聖水だ」

「じゃあ、わたしのだ液はもっとピュアピュアピュアですぅ」


 ああ、うちの課は本当に風通しがいいなぁ~、上司部下が仲よく言い合えるなんて!


 姫野に課長のおかずを食べたいと伝えたので、姫野はごはんを前に、待てを言い渡されたわんこのように眉根をさげて切なげにしている。


 課長はきれいな箸使いで俺の口へ小芋を運んでくれた。


 口に入れた途端芳醇な煮物の香りが伝わり、お箸で摘まんだときは、ちゃんと形を保っていたはずなのに舌で軽く圧すとペーストになって、うまさの余韻を残しつつ、すっと溶けて喉を通っていった。


「課長! ヤバいっす。うまいです!!! 小料理屋とか開けそうなレベルですよ、これ」


 いろんなうまい料理を食べてきたであろう姫野がほめるのも納得だ。


「ああん、せんぱい。わたしも食べてください!」


 姫野自身を食べてほしいみたいに聞こえたが屋上は少し風があるので空耳だろう。彼女のおかずはタコさんウィンナーとこれまた愛らしいものだった。


「うんまいっ!!!」


 見た目はただのタコさんウィンナーだが、素材に調理に手間ひまがかかっているのは明らかでパリッと噛んだときに弾ける肉汁のうまさは国産牛のステーキを凌駕していた。


「そんな子どもじみたおかずが……」


 姫野のお弁当の凄さを知らない課長は俺が姫野にお世辞を言っているように思ったらしく、ちゃんちゃらおかしいみたいに鼻で笑っていた。


 だが……。


 姫野は俺を挟んで、ぐいと課長の目の前にかわいらしいお弁当箱を差し出していた。


「お、おう。この私が化けの皮を剥いでやる。うんま~い!」


 結局このあとお互いに料理の腕前をほめ合い、さらなる進化を誓った二人から俺は食べさしてもらっていた。


 美玖の食事が喉を通らなくなってしまった俺は課長と姫野のおいしいお弁当をご馳走になり、心の傷は癒えようとしている。


 2人にはもう感謝しかなかった。



 みんなで楽しく昼食を終えたあと、蓮のいない職場は和気あいあいとした雰囲気でスムーズに仕事を終えていた。


「結月、このあと空いているか?」

「わたしの家へ来ませんか?」


 課長と姫野の双方からお誘いを受けていたころ、またまた蓮が性懲りもなく俺の家へ上がった通知が届いたので、


「ごめんなさい、2人とも……ちょっと急用ができてしまって……」


 残念がる2人に埋め合わせることを伝え、俺はセットアップ済みのノートPC片手に会社近辺のまんが喫茶へと駆け込む。アバター“抜根ネトラ“を組みこみ、初のVTuber寝取られ生配信を敢行しようとしていた。


 サムネは抜根ネトラのキャラを押し出し、一般公開を選択。


 なっ!? 20万人だと?


 まだ配信始まってないのに!?


 通知なんてしてないゲリラライブだってのにローディング画面中にもかかわらず、みんな全裸待機でもしてたのか? ってくらいリスナーが集まってきてくれていた。


 単純に比較できないが世界規模のビッグアーティスト並みのライブ動員数じゃないか……。


 だがカメラに映る蓮を見て、俺は狭い個室で吹き出してしまう。


 蓮、おまえがマグロになってどうすんだよ!!!


―――――――――――――――――――――――

明日から美玖主演の新連載“魔法少女ま○はマダカ“が始まります。セクシー女優顔負けで蓮との激しい絡みが見られますので妄想をムクムク膨らませてご期待ください(嘘)


ネトラレVTuber活動でさらなるざまぁが本格始動にご期待の読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。課長と姫野とのコラボはあるのか、ないのか!?

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