第15話 ママ(3)
ベッドで裸のまま微かに寝息を立てて、すやすやと眠る姫野。彼女の寝顔を見ると美玖に裏切られた俺にとって天使のように思えてくる。
「おやすみ……みのり」
俺に気持ち良くさせられ眠る姫野の髪をなで、彼女のご両親にあいさつをしたあと帰路についた。
姫野にニセカレを演じてほしいと言われたときは驚いたが、一応なんとかなって胸をなで下ろしている。
居候として、姫野のお屋敷から会社へ通っても構わないとか、それを断るとリムジンみたいな高級車で毎日送迎するとか言われたが丁重にお断りしておいた。姫野がお嬢さまなのに庶民っぽく振る舞う理由がなんとなくわかった気がする。
ホントは姫野が起きている時間にお願いしておかなくちゃならなかったんだけど、メモを残しておいたので、起きたら見てほしいと思う。
美玖と蓮をきっちり追いつめるには、姫野の協力が不可欠なのだから。
終電で帰宅すると、すでに美玖は寝ていた。
ほんの数時間前まで美玖は蓮とこのベッドで抱き合っていたのだ。寝支度を済ませ、美玖と背中合わせに布団に潜りこむ。気持ち悪さこそあるが、姫野のおかげでまったく悔しさを感じなかった。
――――翌朝。
「麟太郎、頑張ってね!」
「ああ、行ってくる」
明るく俺を会社へ送り出す美玖。
美玖は俺が浮気に気づいているとは思ってなさそうだ。俺も浮気に気づいていない鈍感な彼氏を演じている。
だが美玖……キミが気づいたときには、もうまともに外を歩けないだろう。
出社して席につくなり、後ろから抱きつかれた。後頭部にとても柔らかい枕が当たる。
「せ~んぱい、おはようございます」
「姫野っ!?」
おっぱいの感触でなんとなく気づいたが、耳元で姫野の朗らかな声がして彼女だと確定した。昨日のことで姫野のスキンシップがマシマシになった気がするんだが気のせいか?
ちょっと俺の“おてて“が一線を越えないために姫野にいたずらしたことに後ろめたさを感じるが、彼女はなにごともなかったかのように明るい笑顔で接してくれていた。
それだけではなかった。
姫野は俺にメモを差し出し、伝えている。
「メモの件、OKですよ。てゆうかもう先生に依頼して超特急で仕上げてもらっています」
「ほんとに!?」
「はい!」
「ありがとう、姫野」
俺は姫野の手を取り、彼女と固い握手をしていた。姫野は身震いさせながら、いや~んと照れながらなにかぶつぶつ言っている。
俺がよろこんでいる間に課長が来て……。
「せんぱいとぉ、わたしはぁ、結婚するんですから、このくらいお安いご用ですぅ」
「姫野、朝からなに寝言を言っているんだ? 体調が悪いなら休んでもいいんだぞ、年単位で」
「課長こそ、ストレス溜まりに溜まってるんじゃないですか? せんぱいのお世話はわたしが務めますよ」
「いやまだ結月にマンツーマンで伝えたいことがあるから、姫野の出る幕はない」
二人とも朝からじゃれ合って、ホントかわいいな!
俺は姫野にVTuber用のアバターがほしいとキャラの仕様書とともにメモに残しておいた。
さすがに顔出しでRTubeに出る勇気はなくて、まずは2Dモデルのアバターを作ってほしかったのだ。
ミランのママはしぶみるい先生と言って、先生自身も自ら描いたキャラでVTuberをしており、先日先生のフィギュアが発売されてしまうほどの大人気神絵師。
金銭面は2Dモデルなら俺でも十分RTubeの収益でまかなえるくらいだが、多忙ゆえに予定を抑えるのが困難かつ知名度のない俺が依頼しても難しかった。
さすが超人気VTuberミランの中の人、姫野さまだ。ここまですんなり依頼を受けてもらえるとは思わなかった。
スパチャもらいっぱなしだし、そのお礼くらいは言わないと罰が当たりしうだし、美玖と蓮に突っ込みながら配信できたらと何度も思ってたから。蓮はいつも美玖に突っ込んでるんだけどな、なにとは言わないが!
それからすぐに俺のアバターが完成したとしぶみるい先生のアシスタントさんから連絡があった。
仕上がったデータを見ると超特急仕上げにも拘らず、俺みたいな個人勢にしては、やたらかわいく完成が高すぎる……。
その名は“
大根の妖精の男の娘という触れ込みで、名字は音読みしてはいけないのだ。
――――【蓮目線】
くっくっくっ、このちんけの会社には、数々のいい女ども落とし手中に収めて仕事もできて、家は金持ちな超イケメンがいるんだってなぁ、そうオレだっ!
ちょっと綺麗だからってお高くとまって、がみがみうるせえ上司や乳がデカくてかわいいくせに俺にやたら塩対応の後輩とか、うちの課にはろくな女がいねえ。
オレの魅力を理解できねえとかあり得ねえぜ。
まあ美玖に飽きたら、次のターゲットはおまえらだ。所詮二人はツンデレってやつで、ちっとでもデレたらオレの夜のベッドテクニックでヒィヒィ喘がしてやんよ。
――――ジュルルル……。
いけねえ、課長と姫野の身体を舐めまわすように見てるとオレがいちばんウゼえと思ってる男が話しかけてきた。
「蓮、営業で忙しいかもしれないが、たまには課内会議にも顔を出しておいた方がいいぞ。課長は蓮のスタンドプレーも大目に見てくれてることだし」
「そっすね。だけどオレが営業あげねえと先輩たちじゃ、大した契約なんて取ってこれねえでしょ」
壁に張り出された営業成績を見たオレ。隣に座ってる先輩面した結月はオレが1位になって以来、万年2位にも拘らず、偉っそうに説教してきやがる。
「そうだな、だがヤバい営業にだけは手を出すなよ」
「わーってますよ、んなこと。ガキじゃあるまし。もしかして先輩、オレに負けて悔しいんすか?」
悔しいよな!
悔しいです、って言ってみろよ。先輩のくせして俺より営業あげられてねえことをよぉ。
「まあ、無理はするな。俺もせいぜい頑張るから」
くそっ!
まただ。こいつはいつもそうだ。オレの方が結月より何倍もすべてにおいて
だがおまえの愛する美玖はすでにオレの
マジで結月は馬鹿で鈍感だぜ!!!
オレは話してくる結月を無視して、スマホを見てやった。見たか、先輩を無視するオレの強キャラ感を!
【麻耶】
《蓮くん》
《さびしい》
《今日、来てくれるよね》
【蓮】
《いいけど》
《オレと契約して》
《上客になってよ》
《うん》
《夫に内緒で》
《契約してあげる》
《ん?》
《違くね?》
《ごめんなさい》
《契約させてくだい》
《よくできたな》
《ありがとうございます》
カモ客のBBAからLINEが入り、座席にかけたスーツを掴んで
「んじゃ先輩。オレはあんたと違って暇じゃねえし」
「蓮! まだ話が終わってないぞ」
「明日にでも聞くって」
まだつまらねえお説教を垂れようとしていた結月を振り切り、BBAのところに来ると玄関を開けるなり抱きついてくる。
濃い化粧に強い香水の匂いで誤魔化すアラフォーぼっちゃり気味の女。普段は地味なんだから、恐れ入る。化粧してもこいつは美玖や課長、姫野と比べると最早女とは言えないレベルだ。
「蓮……会いたかった」
「麻耶、まずは契約したあとだ」
「う、うん……」
麻耶とその旦那が寝るベッドの周りには俺たちが脱ぎ散らかした衣服が散らばる。契約書に実印を押させたあと、いつもの流れだった。
ローブに身を包み、家を去ろうとする俺を麻耶が見送る。玄関で名残惜しそうにする麻耶とキスしたあと、別れた。
――――ガーーーーーッ、ペッ!
麻耶の姿が見えなくなったあと、唾を吐き出す。
はい旦那の生命保険ゲットォォ!!!
旦那が死んだら、俺と保険金で海外旅行に行こうって誘ったら一発だったぜ!
マジ結月の奴は馬鹿だよなぁ!
レスで旦那に相手されてねえBBAに優しい言葉をかけて抱いてやりゃ、すぐにオレのいいなりさ。
このご時世、誰もただで保険なんて入んねえよ。
主婦相手にママ活営業すりゃ、営業成績1位なんざイージーモードすぎんぜ。
そのときだった。
グキッ!
い、イッテェェェーーーー!!!
あんのクソBBAァァァ! 重いくせにオレに駅弁を頼みやがって……こ、腰が……。
へこへこする腰で営業車になんとか乗りこむとLINEが入る。
【美玖】
《蓮……》
《今日もしよ♡》
【蓮】
《今日は……》
《ちょっと》
《無理なら》
《もう来なくていいよ》
《二度と!》
《わかった》
こんなときに限って、美玖から求められるとかついてねえーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
―――――――――――――――――――――――
マダムをカモにして契約を取るマジクソのレンべえ……。美玖に種付けして、麟太郎に
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